第8話
さて、これからどうするか、とエス博士は考えを巡らせる。
「日時の経過にヨリ、ワタシたちの存在が
「わかってる。今、考えてるところだ」
不機嫌極まるといった表情でエス博士は応じる。
今回の事件で、エス博士が
「ワタシを廃棄されますカ?」
「廃棄した方がいいのか?」
エム子は答えない。エス博士の質問を受けて、何かの計算を始めたようだ。
世間ではもうすでに、ちょっとした混乱が起きているのだろう。エス博士が観ていた動画のコメント欄には、次々とコメントが書き込まれていた。
『これって、まさか宇宙人? マジか』
『絶対ヤベーやつじゃん!』
『この動画って特撮か何かか? もしそうならCG技術スゴすぎなんだが』
「エム子、
それまで静かに行っていた演算を中断したエム子は、新たに演算を開始することもなく即答した。
「極メテ困難です」
エス博士はまた考え始める。
このままでは、もう自分一人の問題ではなくなる。おそらく世界はこれから次第に、
どうすればいい?
そうなればもう、エム子がいればどうにかなる、という問題ではなくなる。ロボットは本来、単に便利な機械であり、とどのつまりは道具にすぎない。今後の状況下では、いてもいなくても、どちらでもいい存在。むしろ
そこでふと、何の脈絡もなくエス博士はあることを思いだし、顔をエム子の方へ向ける。
「ところでエム子、お前が残していったレポート、どうして手書きだったんだ?」
「小型ロボットの操作中にハカセから連絡が来た場合、ノイズになってしまうコトと、計画が失敗した場合のリスクを計算スルと、電子データとして残る通信手段は適切ではナイと判断しマした」
「仕事中は邪魔だから電話してくるなって感じだな。ははっ。あと一つ、確認しておきたいことがあるんだが」
エス博士は少し笑ったかと思うと、今度は少しこわばった表情で人指し指を立てる。
「何でしょうカ?」
「私に迫る危険を回避するために、私に危害を加えるのは許容されることなのか?」
「どういうコトでしょうカ?」
「クレジットカードの無断使用のことだよ。無断使用による損害は、三原則の第一条違反だ。私を危険から守ることも第一条だが、そのためにクレジットカードを無断で使用することで発生する損害も、第一条の範囲の問題だろう? つまりその二つのことは同列の問題で、そこに優先順位はないはずだ。本来ならば論理エラーが起きるはずなんだが?」
「損害が発生しマしたカ?」
「いや、必要経費として処理はしたけども、それは事後の話であって、もし経費として処理することを私が却下していたら……」
却下しただろうか? その可能性はあっただろうか? エス博士は自分に問い掛ける。
エス博士の思考を遮るように、突然エム子はしゃがみ始めた。椅子に座るエス博士の顔を見上げられるように高さを調節する。そしてさっきと同じ質問を繰り返す。
「損害が発生しマしたカ?」
またも上目遣いである。
「……そこまで計算ずくだったってことか。やはり女とは恐ろしいものだな」
だがエス博士よ。エム子はロボットだ。
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