第4話

【観察記録】

 某月某日

 ロボット工学三原則をプログラム済みの人工知能を搭載した人型ロボットが動き出した。しかし何が功を奏したのか不明。

 翌日、テストも兼ねて、動けるようになった理由についてロボットに問い掛ける。しかし答えを黙秘するため、明確な解答を得られず。

 データだけでも取り出そうとするも、人工知能自らロックをかけているようで、解析困難。

 分解によってその原因解明に果たして至れるのか、元通りに戻せるのか不明ゆえ、今すぐの分解はためらわれる。

 問題解決に至った原因、及びそのプロセスの解明のため、しばらくロボットの観察記録をつけることにした。

 

 某月7日

 研究室に到着すると、私の来る時間を見越して、ロボットが私のためにコーヒーの用意をしようとお湯を沸かしていた。

 指先からケトルに向かって熱光線を放っている。

 そんな機能をつけた覚えはない。それは何かと問い質したところ、悪びれもせず「ビームです」と答えを返してきた。どうやら私の帰宅後に研究室にある、余った部品などを利用して勝手に自己改造を行ったようだ。

 確かに、組み込まれている三原則には自己を改造、改良してはいけないという記述はないが……。


 * * *

 

 とある大学構内の一角にある研究室。

「ハカセ、おはようございマす」

 エス博士が研究室に入ってくると、エム子は朝の挨拶をした。

 キッチンとして使っている洗い場で、何か作業をしている。


「今、コーヒーをお持ちしマすので、もう少しお待ちくだサい」

「あ、ああ。うん」

 頼りない返事をしつつエス博士はエム子の手もとを見る。


「その、指先から何か出てるんだが。何だ、それは」

「ただの熱光線です」

「ビームじゃねーか! そんな機能取りつけた覚えねーぞ!?」

「昨日、ハカセがお帰りになった後、することもなかったので改造しちゃいマした」


 研究室というものは一見片付いているように見えて、要るのか要らないのかよくわからないものが部屋の片隅に積み上げられているものである。エス博士の研究室もその例に漏れることはなかった。その要るのか要らないのかよくわからないものが今組み上げられて、ますます要るのか要らないのかよくわからないビームになってしまった。

 

 キッチンに立つエム子の姿は可憐であった。ママゾンで購入した赤いワンピースが、その可憐さを際立たせていた。指先からビームが出てさえいなければ。エス博士はエム子を眺めつつ、そう思わないではいられなかった。


「ロボットに劣情を催すなんて、ハカセはヘンタイさんですカ」

 エス博士の方へ顔を向けエム子が言う。

「そ、そんなんちゃうわっ!」

 エス博士は夢から覚めた気分だった。

 

 * * *


【観察記録】

 某月12日

 購入した覚えのない品々が研究室に届いた。どうやらロボットの衣服をママゾンで購入した際、ロボットにクレジットカード番号等、購入に必要な情報をすべて盗み見されてしまったようだ。迂闊だったと言わざるを得ない。女性用の衣服が欲しいというのは口実で、本当の目的はこちらの方だったのかもしれない。


 金額的には研究開発にかかる必要経費として誤魔化せる範囲なので、そのように計上する。誤魔化せなくなった時には仕方がない。その場合、最悪、廃棄処分も視野に入れなくてはならないかもしれない。

 

 * * *

 

「すみませーん。配達でーす」

 研究室の扉を少し開けて、配達員とおぼしき人物がエス博士に向けて声を掛けてくる。

 とりあえず荷物を受け取り、

「んー? 何か買ったっけか」

 と記憶を探るようにエス博士は頭をひねる。


「それは私が買った荷物ですネ」

 エム子が近づいて来て言う。

「は?」

 しばしの沈黙が研究室に流れる。

「はあ~~~~!?」

 研究室に満ちていた静寂が、エス博士の怒気混じりの疑問によって破られる。


「ど、どうやって買った? 金は? 何を買った?」

「インターネットで買いまシた」

 パソコンに指を向けエム子が答える。

「お金はハカセのクレジットカードを使わせていただきまシた。買ったモノは……いろいろです」


 クレジットカードを研究室に置き忘れたなんてことはない。今も財布に入っている。エス博士がそう言うと、

「先日、ママゾンで服を買っていただいた時に、いろいろ番号とか見て、覚えていまシたから大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ! お、おま、勝手に人の金を」

 どこで覚えたしぐさなのか、エム子は上目遣いでエス博士を見つめる。おそらくインターネットで何かを獲得したのだろう。

「ダメ、でシたカ?」

 言葉に詰まるエス博士。まさか「メスの顔しやがって!」とは間違っても言えない。

「ロボットの研究や開発にカかる費用ということで何とカならないでしょうカ」

 今回だけだぞ。そう言ってエス博士は渋々といった様子で、報告書を書くためにデスクに向かった。

 

 * * *


【観察記録】

 某月15日

 ロボットは携帯型Wi-Fiを機体内に搭載できるように自己改造したようだ。これでいつでもどこでもインターネットでの情報検索が可能だとロボットから報告を受ける。


 しかし、いつでもどこでもと言ったところで、バッテリーのみの駆動となれば、稼働時間はせいぜい六十分程度と思われる。いったいどこへ出掛けようというのか。いや……出掛けるつもりなのか?

 

 * * *


「ハカセ。ここでもしっかりつながっていマす」 

 パソコンの前に座るエス博士のところまで、研究室の隅の方からエム子の声が届く。

 いつのまにか、また勝手にエス博士の名義で契約したであろうポケットWi-Fiを、これまた勝手に自己改造で体内に搭載したらしい。


「これならいつでもどこでもインターネットを通ジて、いろいろ調べることガできそうです」

 エス博士のいるところまで戻って来て、エム子は告げる。

「いつでもどこでもと言ったって、お前、アダプター無しでバッテリーだけだと」

 そこでピーッとアラーム音が鳴り、エム子の両胸の先端にあたる部位が光っているのが服の様子からわかる。


 エム子のバッテリー残量が四十パーセント以下になると、アラーム音とアラームランプでそれがわかる仕様である。なお、そのまま三十パーセント以下になると自動で予備バッテリーに切り替わる。

 朝からWi-Fiの性能テストで研究室のあちらこちら、くまなく歩き回っている。アダプターは移動の邪魔になるので、今はバッテリーだけで動いていた。

 

 アラームランプの位置について、エス博士は特に深く考えていなかった。設計の段階で、なにかあった時に見やすく、すぐに手を加えられる位置ということで、人間であればたまたま乳首にあたる部位となった。

 エス博士にやましい気持ちなどはなかった。ただほんの少し遊び心が暴走したにすぎない。


「ロボットに劣情を抱くなんて、ハカセはやっぱりヘンタイさんですネ?」

 エム子の胸を見ていたエス博士に言う。

「違う!」

 エス博士の口からそれ以上の言葉は出なかった。


 * * *


【観察記録】

 某月20日

 大量のアルカリ単三電池が研究室に届いた。またロボットの仕業だ。

 問い質したところ、アルカリ乾電池の方が調子がいいらしい。

 ロボットに体調などあってたまるものか。

 そもそもニッケル水素電池の使用を前提に組み上げてあるのだ。アルカリ乾電池ではまともに動けまい。そう話したところ、アルカリ乾電池でも十分動けるようにすでに最適化を済ませたらしい。私のいない間に。

 

 * * *

 

「何だ、この大量の電池は」

「長持ち、ハイパワーです」

「いや、そうじゃなくてだ。これはアルカリ乾電池だ。お前のバッテリーはニッケル水素電池。こんなものどうするつもりだ」

「こちらの方が具合がいいノです」

 そう言うとエム子はワンピースを腹部までたくしあげた。思わず「はしたない!」とエス博士は言いそうになる。


 エム子はといえば、ぱかっと腹部を開いてアルカリ乾電池の詰まったバッテリーボックスをエス博士に見せ、

「大丈夫です。もう最適化は済ませてありマす」

 と告げた。

 

 * * *

 

 その夜、そろそろ寝ようかという時になって、エス博士は気づいた。エム子は研究室の外に行くつもりだと。それもかなりの距離を想定しているのかもしれなかった。アルカリ乾電池で動けるのならば、バッテリー残量をもはや気にすることはない。移動途中のコンビニなどで常に余裕をもって買い足していけば、ほぼ際限なく活動できるのだ。


 またエム子にはすでにポケットWi-Fiが内蔵されている。すなわち、たとえ外出中であってもその場ですぐに必要な情報をインターネットから引き出せる、ということである。


 これからはクレジットカードを厳重に保管せねばならないだろう。いや、もしかするとすでに手遅れの可能性も十分にある。あのロボットならクレジットカードの複製など朝飯前。電子的セキュリティなども、ほとんど意味をなさないはずだ。

 今や性能的にも、その気になれば国のスーパーコンピューターをハッキングすることだって可能かもしれない。エス博士はベッドで横になったまま天井を見上げ、考えを巡らせた。

 

 嫌な胸騒ぎというのだろうか。エス博士は頭や体のどこかが、ざわざわとするのを感じた。これまでのことを論理的に振り返ってみる。自己改造が可能なのであれば、改良と称してロボット三原則の自己改変も可能なのではないか? もしそうであれば……。

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