第3話

 先に結論を言っておくと、コーヒーのおかわりがエス博士の前に運ばれて来ることはなかった。電源アダプターのコードが短すぎたのだ。

 

 キッチンに向かう途中で、ロボットに差し込まれていた電源アダプターが抜け、そこでロボットは動きを止めてしまった。

 一応バッテリーでも駆動できるように設計はしてあったが、すぐに必要になるとは思っていなかったので、バッテリーは外されていた。

「さて、どうしたものだろうか」

 動きを止めたロボットに近づいたエス博士は、極力冷静に行動することを自分に言い聞かせた。そして、自分が着ていた研究用の白衣を、一糸まとわぬ女性型ロボットの肩にそっと掛けたのである。

 

 翌日。

「内緒です」

 ロボットは動けるようになった理由について、かたくなに話さない。

 

 何の理由も原因もなく、動かなかったものが突然動くようになるなんてことはありえない。何かあるはずだ。

 そう考え、質問したエス博士だったが、ロボットは解答を拒否する始末だった。

 これでは学会に発表することはおろか、論文を書くこともできない。

「一度分解して調べてみるか……」

 しかし、それでもわからなかったら? 組み立て直した時に、また元通りに動いてくれるのか? そのリスクを考慮すると安易に分解はできなかった。

 

「これがいいです」

 パソコン画面に映る大手通販サイト、ママゾンの商品ページをロボットは指差して指定する。指定されたのは女性服である。

 ロボットは今、エス博士がマンションから持参した男性用のシャツとスラックスを身につけている。

「今着ている服でいいだろ。何か問題か?」

「かわいくありません」

 こいつ、何かおかしい。質疑応答もまともにできず、あまつさえ「かわいくない」という理由で買い物をねだるロボットがいていいものなのだろうか。自分の趣味を反映した外見でなければ、今ごろ分解どころか破壊していたかもしれない。そう思いつつエス博士は、「カートに入れる」をクリックし購入手続きを済ませた。

 

 質疑応答での原因解明が難しいこと、分解もしかねることから、ひとまずエス博士は記録データの採取だけしておくことにした。膨大に出てくるであろう情報量を、人間の能力で捌ききって解明に至れるものかどうかはともかくとして。

 

 ロボの出力端子にコードをつなぎ、送り出されてくるデータをモニターで監視する。次々にモニターに流れ出てくる文字を眺めるエス博士は息を飲み、背中にうすら寒いものを感じた。

 

「内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内諸です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。肉緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です。内緒です」

 

「違う意味でやっぱり何かヤバイだろ、こいつ」

 さすがはエス博士であった。一箇所「内緒」が「肉緒」になっている点は見逃していなかった。

「それに『肉緒』って何だよ……」

 しかし、エス博士は別にもう一箇所「内緒」の「緒」が「諸」になっていたことには気づけていなかった。

 

「ハカセ、ワタシの名前はナンですか?」

 唐突にロボットが言い出した。

「名前なんて、とりあえず『ロボ』でいいだろ」

「……」

 ロボットは無言で、おもむろにパソコンのUSBポートと自身の入出力端子をつなぐ。

「ほかのロボットはみんな名前をもらっているじゃないですカ」

 インターネット経由でどうでもいい情報を獲得したらしい。

「じゃあ『エム子』で」

「『エム子』ですか。わかりました。……ナンだか、いかがわしい感じの名前ですネ」

「そうか? ただの気のせいだろ。気にするな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る