016 事前に準備しています。
注:時系列順に掲載しましたが、
その日、公彦は異常なまでに緊張していた。
クロと名乗った男から紹介された連絡先、そこからさらに紹介された女性と、これから会うことになったからだ。
その日は週末ということもあり、放課後になれば後に控えているのは休日といえど、公彦の心情は休まることがない。それだけ、今まで意識してなかったことに取り組むのだ。
そう……
(俺は今日……童貞を捨てる)
計画に必要というだけでなく、ちょっとした発破掛けの意味もある行為だ。
しかし、だからと言って相手が誰でもいいわけじゃない。公彦的には未晴に童貞を捧げたいとも思っていたが、それでは本末転倒になりそうなので断念。特に気にしていないとはいえ、萌佳を脅して手に掛けるのも正直、気が進まない。
そうなってくると、残された選択肢は一つしかなかった。
「たしか、この辺りだよな……」
紹介された女性から指定されたのは、以前未晴と来たこともあるホテルの近くだった。しかし今回はかなりランクを落とした安宿のような、下品なイメージがこびりついてくる外観の場所だった。
その近くでスマホを弄りながら相手を待つ公彦。一応制服から着替えてきていたとはいえ、未成年が一人でいると、どうにも居心地が悪く感じる気がしてきた。
少しすると、ようやく目的の相手がやってきた。
「……あんたが公彦?」
「ああ、はい。そうです」
「見るからに
そういった彼女は、擦り切れた制服姿で公彦の手を取り、そのままホテルへと連れ込んでいく。
「……で、私でいいわけ?」
「あ、うん……よろしく」
「そりゃ、貰えるもん貰えれば
ベッドと手狭なシャワー室があるだけの小さな部屋に入るが、最初にベッドの縁に並んで腰かけただけで、特に何かを始めるような気配はなかった。仕方なしに、相手の方から話が切り出された。
「……あんた、私みたいな
とん、と公彦の身体がベッドの上に投げ出される。押し倒した援交少女はそのまま馬乗りになり、服の上から徐々に上へと、指先を滑らせていく。
「
「えっと……」
実際、援交少女の見た目はそれほどいいわけじゃない。
髪は染めていないが手入れが行き届いていないのか若干ボサついているし、制服にも自分で手洗いした後のような擦過傷が、光の反射で目立っている。
別に慈善事業をしているわけでもないだろうに、懐具合に余裕でもあるのか、柄にもなくお説教してしまう少女。
しかし、公彦の答えは変わらなかった。
「……うん、今すぐ経験が欲しいから」
そう言って、懐から厚めの封筒を取り出し、そのまま目の前の援交少女に差し出した。彼女はそれを受け取り、中身が事前に話を聞いていた通りの金額だと確認してから、校章が
「たしかに、
「特に何も」
それだけ聞くと、援交少女はスクバを持ってシャワー室に入っていった。
「じゃあ準備するから、ちょっと待ってて」
援交少女が一度視界から消えると、公彦は一度大きく息を吐いてから、上半身だけを起こした。
「もうちょっとロマンチックな展開が良かったけど……」
しかし、それを決めたのは公彦自身だ。いまさら覆すわけにもいかない。
事前に打ち合わせした通り、援交少女が制服から着替えて出てきたのを確認してから、今度はベッドから起き上がった。
「おまたせ……こんなものでいい」
「うん、大丈夫。ばっちり」
Tシャツの上に上着を羽織り、ジーンズ姿のいでたち。完全に
「じゃあ始めよっか」
「分かった。じゃあ入り口から近づくから……よろしく」
「はいはい」
緊張で動きがぎこちなくなっている公彦とは違い、援交少女の方は手慣れた調子でベッドの傍に立ち、腰に手を当てた。
「じゃあ……初めての『
公彦が選んだ選択肢は、文字通り
可能であれば
そもそも、その
「はい、逃げられました~」
「ゴホッ、ゴホッ……」
経験豊富かつ
『
最初に電話して、ある人からの紹介だと伝えた途端、そう返されたのだ。
どうもクロと名乗った男に紹介されたのは彼女と同じ援交少女だったらしいが、今は手を引いているのか、自分じゃなくてかつての仲間に相手を紹介して回っているように思える。とはいえ、今の公彦には関係がないので、再び同じ状況から
「うらぁっ!」
「だから掛け声はいらない、っての」
ベッドの上に突き飛ばされ、そのまま手首を掴まれるものの、片手しか塞がれていないので、もう片方の手で簡単に押し返せた。
「両手使ってもいいから、最初の一撃で手を塞ぐ。喧嘩慣れしてなきゃ足に意識が回るのは後になるから、手と口、それから足の順に手早く拘束するの。テープは渡したでしょう?」
しかし、事前に公彦が持っていた養生テープは、部屋の入口にまで転がってしまっていた。計画ではより粘着性の高いビニールテープを用いるところだが、練習であることと
しかし、公彦はそのテープすら、まともに伸ばすことができていなかった。
「軽くなら膝でお腹蹴ってもいい、って言ってるでしょう。まずは相手の動きを止める。
再び構える援交少女に公彦は、今度は黙ったまま飛びかかった。しかも今度は身を低く近づき、タックルの要領で相手の腹に肩を叩きつけている。
「ごっ!?」
一瞬、呼吸が途絶える。その隙を逃さず、公彦は養生テープで相手の手首をぐるぐる巻きにして固定。続いて口を塞いでから、彼女の足を持ち上げて抵抗できないようにした。
「ん、ん~!?」
「はあ、はあ……」
なんとなく、相手が反撃するかもしれないと感覚で理解できた。取り押さえていない方の足が飛びそうな時は、掴んだ足を引けばいい。そうすれば体勢が崩れて、まともに繰り出せなくなる。
その感覚を脳内で
「そうそんな感じ、後は何があってもテープは
抵抗できない状態だが、これも仕事だと援交少女は先を促した。
「じゃあ……犯してみて」
**********
仕事も終わり、援交少女はホテルを後にして、公彦とも別れた。
懐に入った現金もそのままに、彼女は古びたガラケーを取り出し、ある番号にかける。
『はいは~い?』
「あんたさ、何考えてるわけ?」
挨拶もなく、彼女は電話越しの相手に用件を切り出した。
「てっきり
『いやぁ……ちょっとその辺り微妙なんだよねぇ~』
電話越しの相手は、たどたどしく言葉を続けた。
『今ちょっと働ける状況じゃないから休業中なんだけど、そのまま廃業するかどうか悩んでるんだよね』
「あっそ……ミサ辺りがブチ切れる前に、さっさと決めなさいよ」
『はいは~い』
援交少女は通話を切ると、公彦が返っていった方を少し見つめてから、帰路に着いた。
(……ま、今後に期待ってことで)
本番はまだ先、後は公彦の時間と資金次第だ。
それが続く限り、援交少女はこれからも、練習に付き合うことになる。
なんとなく弟子の面倒を見る師匠のような気分を味わいながら、援交少女は社会の裏側へと溶け込んでいった。
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