015 今後のことを相談しています。

 まず公彦は、『知る』ことから始めた。

「前に話していた、『似たような事例ケース』について、教えていただけませんか?」

「そこからか……よく覚えていたね」

 ある平日の放課後、公彦はクロと名乗った男と共に再び、ひと気のない喫茶店のテーブル席で向かい合って座っていた。

「まあ話すと言っても、大したことじゃないよ。たまたま頭を打って記憶が飛んだだけだから。他に精神的要因もあったかもしれないけど、直接的な原因はそれだけだからね」

「ということは……記憶を取り戻したのは、同様にショックを受けたからですか?」

「いや、聞いている限りは違うよ」

(銃弾すら、余裕で避けてたらしいし……)

 実際にその場面を見ていたわけではないが、後でその話を聞いて、内心呆れたものだった。もっとも、そのおかげで記憶を取り戻したのは事実だが。

「昔の経験、いや精神的外傷トラウマを追体験したからだと俺は考えてる。少なくとも脳に衝撃ショックを受けた結果、記憶に影響したのは間違いないから」

「脳に衝撃ショックを……物理、精神を問わず、それさえできれば記憶が戻る、ということですか?」

「あくまで可能性の問題だよ。それに……記憶を戻させたいの?」

 クロと名乗った男の問いかけに、公彦は迷いながらもコクリと、首を縦に振った。

「あれから考えたんですけれど、俺は……未晴さんを元に戻したいです」

 二十年も生きてはいないが、それでも公彦は、未晴が記憶を取り戻すべき多と考えていた。さすがに方法がなければ諦めるつもりだったが、手段を『知る』ことができた以上、迷う理由はない。

 そう、二十年も生きていないのだ。

 もし記憶を戻さないまま生きてみればどうなるのか、想像ですらわずか十年にも満たない段階で、何かが壊れる予感がまなかった。それがこの先何年も続くことを考えれば……早いうちに止めるべきだ。

「それは、誰かに頼まれたの? それとも自分で正しいと考えたから?」

「どちらも違います。俺は……」

 公彦は一度首を横に振ってから、しっかりと答えた。

「……いえ、ただの独り善がりエゴです」

「そう……」

 それ以上は、クロと名乗った男も問いただすことはしなかった。

 おそらくはゴロウと関わっていくうちに、曲がりなりにも理解しているのかもしれない。人は正しいからだけじゃなく、正しいと思う・・・ことを・・・たしかめながら・・・・・・・動かなければならない時もあることを。

 それを社会にも出ていない高校生相手に、まともに社会に出てこなかった自分が説教できるわけがない。むしろ自分自身が、犯罪者寄りの思考を持ち合わせているという自覚もあるほどなのだ。

 少なくとも、余計な手間・・はかからずに済む。そう思うだけで、クロと名乗った男は内心、気が楽になっていた。

「……なら俺は、何も言わない。それで?」

「はい。それで、クロさんに相談に乗ってもらいたいことなんですが……」

 そして公彦は、本題に入った。




「……未晴さんの脳に衝撃ショック与えるために、あることを考えています。その計画を練るのを手伝ってくれませんか?」




 その計画自体は、比較的簡単にできあがった。

 場所はすでに決めていた上に、未晴を調べていた時の情報が十全に活かされている。後は機会と、公彦自身の問題だろう。

 公彦はすでに店を後にしていた。ある連絡先を紹介したので、さっそく行動に移ったのかもしれない。

「しかし、高校生ながらとんでもないことを考えるな……」

「お前も似たようなもんだろう」

 そう言って、公彦が腰掛けていた席に着いたのは、その彼に運び屋のバイトを斡旋しているゴロウだった。

「というかお前、あいつと同じ年ぐらいの頃に何やってた?」

「いや、その時はたしか、まだ鉄砲玉的なことしかしてませんでしたよ。不意討ち、騙し討ちはしましたけど」

「つまり容赦ないことを考えてた、ってことだろうが」

 末恐ろしい話に、ゴロウは気を紛らわせようと比較的高い豆を用いたコーヒーを選んで注文した。

「それにしても……ゴロウさん、どうして彼を気にかけているんですか?」

「ただの気まぐれだ」

 ゴロウはその問いかけに答えず、ただコーヒーをすすった。

 実際、話せることはほとんどなかった。

 たまたま目の前で独り立ちしようと足掻あがいている奴を見かけた。親をはじめ、他に助けの手を伸ばそうと考える輩はいないから自分が名乗り出た。本当に、それだけにぎないのだ。

「だから……今回の件であいつとは手を切ろうと思う」

「その方がいいでしょうね。実際、彼がやろうとしていることは……犯罪だ」

 別に犯罪を止めるつもりはない。

 法を守るのが正義であり、それを破るのが悪だとしても、善悪ではなく自己を優先させて生きる人間もまた存在する。それらは総じて、『正しさ』を求めて生きているわけではないのだ。彼らがたまたまそうだった、それだけだ。

 だからこそ、彼らが公彦を止めることはない。『法律』ではなく、『思想』を持って判断した彼を止める資格等、最初からないのだから。

「だが、その犯罪でしか救えないこともある」

「実際に救えるかはまだ分かりませんが……難しいですよね」

 何かを選ぶ、ということは何かを捨てる、ということだ。

 今回、公彦は選んでしまったのだ。

『未晴を救えるかもしれない』という選択肢のために、今まで貯めた資金やバイト先、そして……これまで築いてきた関係すらも。

「あいつがこの計画を実行に移せば、遅かれ早かれ俺にも捜査の手が及ぶ。今の拠点を捨てて、しばらく身を潜めればどうにかなるだろうがな」

「あてはあるんですか?」

「帰省するだけだ。丁度仕入れにもいかなきゃならなかったしな……っと」

 ゴロウは懐からガラケーを取り出し、通話状態にした。

「どうした……それがどういう意味か、分かってて言ってるんだよな?」

 クロと名乗った男は、じっとコーヒーに口をつけた。この件に口出しするべきではないからだ。

「……分かった、用意する。その代わりお前はクビだ。次のバイトで余分に渡すから、そこから持っていけ。それで最後だ」

 また電話する、と言ってゴロウはガラケーを閉じた。

 軽く溜息を吐いてから腕を組み、そのまま天井を見上げている。

「本当に用意するんですか?」

「するしかないだろう……俺が口を出すべきじゃないからな」

 腕をほどき、豆以外の理由で普段より苦く感じるコーヒーを飲み干してから、ゴロウは立ち上がった。

「というわけだから、今回の一件が片付いたら俺はしばらく消える。あいつ・・・にも言っておいてくれ。……今のところ、別に用事はないよな?」

「ないと思いますよ。最近は病院以外で、外に出ようとはしていませんし」

 公彦に伝えた一件で、家から出なくなった者がいる。

 記憶を取り戻したから外へ出るのが怖くなったのではなく、記憶を取り戻した代償として身体機能に影響を及ぼしてしまったのだ。

 注:厳密には少し違います。詳細は拙作『援交少女、ホームレスを飼う』をご一読下さい。以上宣伝でした。

「一応、護身用には持っていても、特に使うこともないみたいですし」

「ならいいが……」

 他に用事もないので、クロと名乗った男も店を出ることにした。

「ところで、お前の方は大丈夫なのか? 堅気カタギに就職するために資金を貯めていたんだろう?」

「もうだいぶ貯まりましたのでご心配なく。せっかくなので、このままスーツでも買いに行きます」

「……いや、あいつも誘ってやれよ。多分ねるぞ?」

 少し悩んだ様子を見せていたが、納得したのか店を出た後、ゴロウに背を向けて去っていった。方角は彼の住むボロアパートなので、特に何かを言い足すことはなかった。

「一回、古巣・・に帰るか……」

 しばらくの間周囲が騒がしくなる上に、自分は遠出してしまうのだ。話を通しておかなければ後々面倒なことになりかねない。

「ただでさえ『ガキ共』をシメた後なのに……」

 面倒事が重なる時は、いやおうでも重なってしまう。

 偶然と割り切るしかない不条理に、ゴロウは歩きながらもまた、息を吐くのであった。

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