012 幼馴染と出掛けています。

 その日は、いつもと何かが違っていた。

「……あ、公彦君」

「よう、萌佳」

 駅前の広場、そこには制服じゃない萌佳が、公彦が来るのを待っていた。

 公彦が適当に手を振ると、萌佳はトテトテと近寄ってくる。

「待ったか? 別に、家の前で待ち合わせても良かったんじゃないのか……」

 後ろ頭を掻いてぼやく公彦に、萌佳は首を振って否定してきた。

「ううん、ちょっと出掛ける用の服も見たかったし……公彦君、長々と待たされるの嫌でしょう?」

「お気遣いどうも」

 同じく私服姿の公彦は、萌佳を連れて改札を抜け、電車に乗り込んだ。

「座れよ。……楽しそうだな、萌佳」

「うん。公彦君と遊びに行くの、久しぶりだから」

「まあ、たしかにな……」

 別の疎遠となっているわけではないのだが、二人で遊ぶということが、ほとんどなくなっていた。いつも美術部の時間に一緒にいると言っても、基本的には話すだけで、時折一緒に帰るくらいしかしていない。

 昔は互いの家とか近所の公園で遊ぶことの方が多かったはずだが、何が起きてこうなったのかは、公彦はあまり覚えていない。

 いや、忘れようとしていた、が正しいのか。

「と言っても、映画観に行くくらいだけどな」

「でも良かったの? 私で」

「ああ、それは大丈夫だ」

 座席に座る萌佳を見下ろしながら、公彦は吊革に掴まっていた。

「今は……一人にした方がいいからな」

 元々、公彦が今日、一緒に映画を観に行く相手は……未晴だった。




 最初、萌佳を誘う前に未晴にも声を掛けていた。

 旦那が携帯を解約していた件もあり、そっとしておいた方がいいのかもしれない。それでも気晴らしになるかと思い誘ったのだが、あっさりと振られてしまった。

『ごめん。バイト入っちゃったから今度ね。他の娘誘ってみたら?』

 メッセージアプリに返ってきた未晴からの返事に促されたわけではないが、それでも事前に取っていた座席予約がもったいないからと、萌佳に声を掛けたのだ。

 未晴の時みたいに都合よくナンパできるとも限らないし、かといって身近に声を掛けてすぐにOKを出せる相手は、萌佳しかいなかった。

 だから公彦は、今日は萌佳と映画鑑賞デートをすることに決めていた。

「何もなければいいけれど……」

「何か言った?」

「いや、別に……」

 返信はいつも通りだったが、それは公彦を気にしてのものだったかもしれない。

(萌佳と別れたら、一回様子を見に行こうかな?)

 未晴の旦那についての調査報告も、都合がつくようであれば電話して聞いてみてもいいかもしれない。ただなんにしても、今日は萌佳と楽しむことだけを考えよう。

 公彦がそう考えていると、いつの間にか、電車は目的地に着いていた。




 おそらくは、これが普通のデートなのかもしれない。

 二人で電車に乗り、映画を見てから高層デパートの見晴らしのいい喫茶店に入り、ケーキセットを注文する。ごく一般的なデートだろう。

 公彦も、普段は同じことを未晴にしていたが、相手は年上の人妻。健全なお付き合いとは無縁だ。

 コーヒーを口にしながら景色を眺めていた公彦だが、ふと萌佳の視線を感じて、アイスティーのストローを咥えている彼女の方を向いた。

「どうした?」

「ううん。……普通だな、と思って」

「普通?」

 意味が分からずに首を傾げる公彦に、萌佳はアイスティーの入ったグラスを置いてから答えた。

「未晴さん、だっけ? 公彦君、人妻のお姉さんとよくデートしていたでしょう? もっと大人っぽい感じになるかと思っていたんだけど……」

「……ああ、そういうことか」

 ようやく納得できたのか、公彦は自身を指差した。

「俺はまだ未成年だからな。クラブやホテルとかは行ったことあるけど、あれだって未晴さんに連れてって貰っていたし、そもそもまだ未経験童貞だしなぁ……」

「ふぅん……楽しそうだね」

「ちょっと危ない目に遭ったりもしたけどな」

 そこで公彦は、クラブへ行った時に遭遇したタトゥーギャングの話を萌佳に聞かせた。普通に生きている分にはまず関わることがないだろう、麻薬マリファナの話にはさすがに震えたみたいだが。

 それでも非日常的な話には興味津々なのか、萌佳の眼が逸れることはない。

麻薬マリファナはいいんだけどさ……酒や煙草に手を出せないんだから、未成年ガキって嫌になるよな」

「公彦君は……やっぱり大人のお姉さんの方がいいの?」

「どうかな? いいな、って思った相手が大人のお姉さんってだけだし……案外、そこまでこだわってないのかもしれない」

 考えてはみるものの、公彦自身、明確な答えが出せるわけではない。

 相手を異性として見ているのか、それとも性欲の対象として見ているのかは分からないが、少なくとも……最低でも、友人として見ているのはたしかだとは分かる。

「未晴さんの旦那な、未晴さんに黙って携帯を解約していたみたいなんだよ。今はバイト先の人に頼んで調べてもらっているけれど……男女の仲って、簡単に裂けちまうのかな?」

 どう思う、と視線を向ける公彦。ただ、萌佳には、別の意味に捉えてしまったみたいだが。

「あ、あの、公彦君……」

 公彦は萌佳の方を向いた。

 彼女が何を言おうとしているのか、なんとなく察してはいたので、心の準備はできている。

ごめんなさい・・・・・・……」

 公彦は、萌佳からの言葉を、全て受け止めた。




「公彦君の両親が別居中なのは……私のせいです」




 公彦の両親は共働きだが、あの家には一切近付いてこなかった。

「別に気にしなくていいぞ。切っ掛けが萌佳だった、それだけの話だろう?」

 なまじ成功している者同士が安直に結婚した結果、夫婦の仲が冷めきって破局する例は腐るほどある。大方、どちらかが浮気をしてたのがばれたとか、そんな話だろうとは思っていた。

 もしかしたら、知らない間に両親が離婚しているのかもしれない。息子を取り合ったのか、はたまた押し付け合ったのかは知らないが、結果、公彦は一人で一軒家に過ごす羽目になっていた。

 それでも公彦は気にすることなく、萌佳がしたことを大して恨んでないとばかりに手を振った。

「悪いな。もっと早く言ってやればよかったよ」

「ううん。私が公彦君のお母さんに、お父さんと一緒にいた人のことを話したのが悪いんだし……」

「だから気にしなくていいって、ほっといてもどうせ同じ結果になっていたよ」

 きりがないと見たのか、もう出よう、と公彦は伝票に手を伸ばした。




 二人はそのまま駅へと向かい、電車に乗って、自宅の最寄り駅まで移動した。

「薄々勘付いてはいたんだけどな……それ気にして遊ばなくなっていったのか?」

「うん。なんか、申し訳なくて……」

「もう気にしなくて……あ、あの家追い出されたらしばらく厄介になっていいか? 金は貯めているが、多分すぐには部屋、見つからないだろうし」

 無言で何度も頷く萌佳を見て、公彦は多分果たされないだろう約束をしたことを後悔していた。

 さすがに未成年である以上、一人で部屋を借りるのは難しい。

 ゴロウの伝手を頼ろうにも、真っ当な手段とは限らないので、必然的に萌佳から距離を置かなくてはならなくなる。

 案外、このままあの家で成人を迎えることができるかもしれないが、そんな保証が何処にもないことは、今のバイトを経験して、嫌でも思い知らされていた。

「ねえ、他にも何かできることない?」

「別に気にしなくてもいいってのに。後は未晴さんの旦那が見つかればいいんだけどな……」

「見つからないの?」

 公彦は萌佳に、今の未晴のことを伝えた。

 今まで連絡の取れなかった旦那が、実は携帯を解約していたこととかを。

「そんなことがあったんだ……本当は何かに巻き込まれていたりしてないよね? この前も殺人事件があったし」

「……殺人事件?」

「うん、ニュースでやってたよ。酷い状態で見つかったんだって」

「ふぅん……」

 公彦はおもむろにスマホを取り出すと、萌佳の話していた殺人事件のニュースを検索し始めた。すると一件のニュースが出てきたので、画面を向けて確認を取る。

「これか?」

「うん、それ。公彦君、ニュースとかって見ないの?」

「世間にあまり興味が持てなくてな。ええと何々、殺されたのは……」

 その記事に目を通し、誰が死んだのかを確認した途端だった。

「……公彦君?」

 突然足を止めた公彦に振り返る萌佳。

 しかし公彦は、萌佳に構う余裕がなかった。

「うそ、だろ……?」

 最初は偶然だと、公彦は思った。




 その被害者の名前が、『柄澤誠人まこと』だと記されていても、公彦は何度も脳内で否定し続けた。

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