第1話
『喫茶”Ton sourire”』は、元々両親が開業したお店である。
祖父がかなりの資産家らしく、二人の為にと色々と投資してくれて、今から25年前に開いたお店だ。
開店直後は、それなりに人気も出て順調だったのだが、開業5周年の折に俺が産まれた時から少しずつ傾き始めた。
決定的に危うくなったのは、10年前だ。
母さんが倒れ、そのまま危篤状態になり、息を、引き取った、、、。
今でも憶えている。
それまで、当たり前のようにあった温かさが無くなり、どんどん冷えていき、冗談のように冷たくなっていた。
医者やナース達の声は、だんだん遠くなり、目の前が真っ暗になるよう感覚だった。
父さんも、今でに、見たこともないような表情をしていた。
瞳に涙を溜め、僕を不安がらせないように、一生懸命耐えていた。
でも、僕は知っている。
父さんが、あの後、一人ずっと泣いていたのを。
僕は、昔から周りの人に達観しているとよく言われていた。
だからだろう、僕なんかたった10年しか一緒に生きていない。父さんはそれよりも長く、母さんと一緒にいた。
僕なんかより、すごく悲しい筈だのに、僕に心配を掛けないように、涙を見せず、弱音を吐く事もないようにしていた。
そんな生活が6年経ち、父さんも、、、他界した。
祖父は、僕を哀れんでいた。
16歳にして、両親を失った事に対して。祖父もかなり辛い筈なのに、僕をずっと気にかけてくれた。
それから1週間後、決意した。
『喫茶“Ton sourire”』は、母さんが亡くなっても、父さんが6年守りに抜いたお店だ。
僕は、これを失いたくなく、祖父に無理を言って、高校を中退し、一人海外で3年修行を行った。
両親には及ばないが、何とか製菓とバリスタの資格を得て帰国した。
祖父には、親よりも考え甘いと叱咤されたが、めげずに何度も何度も諦めずに交渉し、それから半年後に『喫茶“Ton sourire”』を再開に漕ぎ付けた。
周りからの反対も大きかった。
何故なら、資金源は祖父であったからだ。
向こう見ずだ、無策だ、金をドブに捨てるよう物だと何度も言われたが、「1年間だけ猶予を与え、もし実績を上げる事が出来なければ、『喫茶“Ton sourire”』の土地を返却し、退去する」と言う契約で納得して貰った。
まあ、1ヶ月に1度必ず定時報告をしたり、経営状態の抜き打ちテスト等の条件も付けられましたけどね。
僕もまだ、今年で19歳な訳だから、当然と言えば当然だ。
周りの大人達も、僕が嫌いでお店を潰したい訳じゃない。
むしろ僕が心配で、もっと安全な道を示してくれているだけなのだ。お店だって、もっと他に良い物件もあるとまで言ってくれているのだ。
それでも、両親が始めたこのお店を潰したくない。
これは、僕の単なる我儘だし、自己満足である。
両親にも、喜んで貰えないかも知れない。
それでも、僕はやり遂げたい。
その一心で、ここまで来たのだ。
だから、必ず成功させよう。
ーーそして、現在ーー
はあ、今月もギリギリ黒字だ。
叔母に広告を手伝ってもらい、このザマだ。
後半年で、結果を出さなければ、閉店の危機である。
因みに、反対はされているが、妙に手伝ってくれるのが叔母達だ。
広告の件然り、材料や食器も叔母達の斡旋で仕入れいる。
まあ、経営方針は、自分で決めろと言われているけどね。
なんでも、成功しても失敗しても、お店をやらせてもらえるからだ。
叔母達は、今の土地だと交通面や客層が悪く立地面が悪いらしい。
20年前は良かったが、今ではあまりよろしく無いとかで、他の土地が良いんじゃないかと勧められた。
それでも、ここが良いと言ったら、それなりの資金、卸業者の斡旋、広告をやってくれた。
そんな経緯で、今のお店がある。
だと言うのに、、、はあ。
前回の大雨の日、正気を失った少女を見て絆され、サービスしてしまった。
僕は、本当に凄く甘々でお人好しだと思う。
こないだも、叔母や叔父達に、「お前は親切過ぎる」、「お前みたいな奴がいつも損をするのだぞ」、「もっと、上手く立ち回りなさい」とお小言を頂いてしまった。
でも、仕方ないだろう。
それが、今までの僕なんだから、今更変えようが無い。
カラン、コロン。
入り口の鐘が鳴った。
顔を上げると、従姉妹の未来がいた。
彼女は、近くの私立高校に通う現役JKである。
まあ、少し有名で、お嬢様な学校なんだけどね。
「メイ兄、こんにちは」
「やあ、未来ちゃん、こんにちは」
いつものカウンター席に腰掛けた。
その所作の一つ一つに、洗練さ感じ、お嬢様なんだなって思わされる。
「どうしたの、メイ兄?辛気臭い顔して。そんなんじゃ、お客さん来ないよー?」
「悪かったね。未来ちゃんの笑顔見たら、元気が出てきた。いつもの紅茶でいい?」
「っえ⁉︎う、うん!お願い!」
未来ちゃんは、頬を少し朱に染めて少し照れたようにしていた。
こんな表情を見ると、勘違いしてしまうほど魅力的だ。
彼女はお淑やかで、学園外でもかなりの人気だ。
容姿やスタイルだけでなく、人となりも好評で、彼女が来店しくれるだけで、その日の集客数も変動するまである。
今も、お店の外には、少し人集りができている。
今日も、人気だなあ。
彼女は、いつもスリランカ産のキャンディを好んで飲んでいた。
キャンディは、飲みやすく慕われやすい味だ。
これに、角砂糖を3つ入れるのが彼女の飲み方だ。
「はあ、美味しい。いつも、これを飲むと凄く落ち着く」
彼女が、こうやって笑顔でいる姿がいつもとても嬉しい。
心から、喜んでくれているってしっかりと感じ取れるから。
両親が、喫茶店をやってた理由がこういう所にあるんだなって毎回実感できる。そんな笑顔だ。
「喜んで貰えると、僕も嬉しいよ」
だから、心からそう言ったら、また恥ずかしいそうな表情をしていた。
本当に、勘違いしてしまいそうだ。
しかし、僕は知っている。
彼女には、長年片思いの異性がいるって事を。
前月、彼女に相談され、その意中の異性に渡すプレゼント選びに同行させられ、色々と見て回ったりもした。
男性の意見を参考にしたいって言われ、僕の好きな物とかを根掘り葉掘り言わされた。
確か、その時は何も買わずに帰る事にしたけど、後日無事買えたって話を聞かされた。
その時の、表情は恋する乙女って感じで可愛かったな。
だから、勘違いせずに僕はいられるけど、普通ならコロっていきそうだな。
我が従姉妹ながら、恐ろしい子だよ。
「そうだ、今日はマカロンあるけど、食べる?」
「マカロンあるんですか⁉︎お願いします!メイ兄のマカロン凄く美味しいから大好き!」
凄く癒される。この笑顔の為なら、毎日マカロン作ったっていいと思えるほど可愛い。
「わかったよ。すぐ用意するね」
キッチンに、冷蔵庫で冷やしていたマカロンを取りに向かった。
味は、ミルティーユ、フランボワ、プレーンの三種類を用意してある。赤紫色、ピンク色、黄色の三色だ。
外のサクサク感と、中の軽いバタークリームとの相性が良く楽しめるように作ってみたものだ。
海外で教わったものを、日本人が好みやすいようにレシピを試行錯誤し、出来上がったのが今のマカロンである。
おかげ様で、外のボードに今日のお品書きに「マカロン」って載せると、女子高校生や主婦の方々で直ぐに完売するほど大人気である。
だから、未来ちゃんが来店する日は必ず取り置きする様にしている。本日も既に完売だしね。
本当に嬉しい限りだよ。
材料代が、馬鹿にならないから頻繁に販売できないけどね。
お皿を持って、お店のに向かうと、この間来店した娘が来ていた。
「おや、いらっしゃい。今日も来てくれたんだね。高校生なんだから、あんまり頻繁に来るとお小遣い無くなっちゃうよ?」
「あははは、、、そうなんですよねー、、、」
僕にそう言われると、彼女はどこか遠く見ていたかと思うと、少し顔を赤らめて、とても言いにくいそうにしていた。
それでも、何かを決心したような、表情をした。
「その、メイさんのお店で、は、働かせて頂けたらなって、思うですけど、ど、どうですかね?」
ああ、顔を赤らめてるなって思ってたけど、恥ずかしかったのか。
確かに、バイトさせて欲しいっていうのは恥ずかしいよね。
でもなー。
「でも、僕の所って、あまり繁盛してる訳でもないから、他のお店でバイトした方が良いと思うけど」
経営状況の情けない所を、女子高校生に言うのは、凄く恥ずかしいな。
僕も、これでも試行錯誤してるんだけどね。
近くに大型のアウトレットモールが開業してから、そっちにお客が移ってしまったからな。
中々、集客し辛いだよね。
そんな、心境の吐露だったんだけど、、、
「いえ!ここで、働きたいんです!ここじゃないとやる意味が無いので!」
「ちょっと⁉︎貴女何口走ってるの⁉︎」
彼女ーー沙彩さんが勢い良く告げると、未来ちゃんが食い気味で噛み付いた。
未来ちゃんと沙彩さんは、2歳差だ。高3と高1である。
少し大人気無い。
「未来ちゃん?彼女は、年下なんだよ?そんな言い方はあまり良くないよ」
「そ、それは、、、でも、彼女は年下だとしても、立派な女性です!貴女も貴女です!淑女たる者、軽率に異性にアプローチをかけるなんて、はしたないです!」
ええ、そんな怒られる事なの?ただのバイトの話しなのに?
少し大袈裟じゃないかな?
あと、怖い。美人が怒ると凄く怖い。
沙彩さんもビクッとしていたけど、未来ちゃんの表情を見るや、背筋をビシッと伸ばした。
「淑女って何ですか?私は、普通の女子高校生ですよ。そんな古い考えに、私は縛られません!」
「そんな、そんなの、はしたないです!同じ、女性なら、もっとお淑やかに出来ないのですか?」
「お淑やかさなんて、今時の高校では習いません!今必要なのは、勇気です!」
うーん、二人とも凄く熱くなっているな。
アイスティーでも淹れてくるか。
どうせ、二人の話にはついていけないし。
ーー未来視点ーー
前月、メイ兄とのお買い物で(私の中ではデート)、彼への誕生日プレゼントの下選びをし、先日やっとの思いでプレゼントを選び終えたのだ。
お父様には、凄く呆れられてしまってけど、彼の為ならどうってことは無い。
彼の今までの、辛い出来事は、全て知っている。
16歳の時に、一人で海外留学し、そこでも辛い体験をした事も後から知った。
だから、私と幸せの家庭(願望)を築こうと思っていたのに、、、。
思いは、届かず、、、。
そして、初めての恋敵。
とても、正気ではいられない。
それに、同じ職場で働きたいだなんて!
そんなの、私だってやりたい!
でも、お父様には既に反対されました。
何でも、「家の者が、バイトしている所を見られるのは、世間体が悪い」とのことだった。
「お二人共、アイスティー淹れたからどう?」
いつの間にか、彼がお盆にアイスティーを2つ用意して、待ってくれた。
多分、話しがひと段落着くまで、待っていてくれたのだろう。
それは、彼女にも伝わったようでした。
「「あっ、ありがとうございます」」
私達は、取り敢えず一時休戦しようとアイコンタクトを交わし、ストローに口をつけた。
シロップが少し入っていて、それでいて、シトラスの香りが後を引く。
そんな、優しい味がした。
二人揃って、一旦冷静になれたのだ、、、
「それと、未来ちゃんにはさっき言ってたマカロンね」
この人は、こういうところが憎めない。
特別扱いをさりげなくしてくれる所が、たまにキャンっと来るのだ。
まあ、その一言で、また一悶着ありましたけどね、、、
はー、今日も、思いが届きませんでした。
どうやったら、彼は、気づいてくれるのでしょうか?誰か教えて下さい。お願いします。本当に。切実に。
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