喫茶“Ton sourire”
日ノ本 ナカ
プロローグ
ある、雨の強い初夏の事だった。
僕の営む小さなカフェに、雨に濡れた少女が入って来た。
服装は、近くの高校のブレザータイプの制服だった。
目には、正気が失われ深い悲しみのようものを感じる。
放って置いたら、消えて仕舞うような。
そんな、悲しい感じがする。
突然の事に、呆気に取られていたが、直ぐにこのお店の名前を思い出した。
「いらっしゃいませ。お嬢さん。美味しいココアをお出しするよ」
彼女をカウンター席に座らせ、僕は牛乳を手鍋で沸かせ、カップをケトルのお湯で温め、ココアの粉末と砂糖を少し入れ、ココアをカップに注いでソーサに乗せて彼女に渡した。
「、、、、」
彼女は、しばらくカップを見つめていた。
次第に瞳に、涙が溜まって、、、
「あっ、ごめん!もしかして、ココア嫌いだった!?」
最近の常連のお客さんは、全て「お任せ」にされているから、その癖でやってしまった。
初見のお客さんの好みを的中した事ってあんまりないから、失敗したと思っていたら、彼女は小さく、首を左右に振った。
「、、、違うです。お、お母さんと最後に話した時、私の機嫌を直そうって淹れてくれたのがココアだったので」
“最後”と言う、彼女の言葉に重みを感じた。
多分、お亡くなりになったのだろう。
「それは、悲しい事を思い出させてしまったね。無理に、飲まなくても大丈夫だよ。違うもの淹れようか?それとも、甘いものでも作ろうか?」
「、、、大丈夫です。ココア、すごく良い香りがします。お母さんも、、、お父さんも、、、大好きでしたから」
今の内容だと、母だでなく、父まで亡くなったと言うニュアンスに聞こえた。
もしかして、両親とも、、、
そう思ったら、僕は、キッチンに向かっていた。
まず、ボウルを二つ用意し、卵を卵黄と卵白に分けた。
グランニュー糖を先ず卵黄の入ってるいる方に入れすり合わせた。
牛乳を入れしっかりと乳化させ、そこに、薄力粉とベーキングパウダーを入れ少し粉っぽさが残る程度で一度止めた。
もう一つのボウルにも、グランニュー糖を入れ、今度はしっかりと泡立てた。こちらは、しっかりとツノが立つくらい。
これを、さっきの卵黄で作ったペーストに、さっくりと合わせていく。
最後はフライパンで焼くだけ。
あとは、冷蔵庫で冷やしてある木苺のソースをかけて完成。
「はい。これもサービス。木苺のパンケーキだよ。フワフワで美味しいから、食べてみて?」
彼女は、少し躊躇って見せたが、思い出したかのように彼女のお腹から可愛いらしい音が鳴った。
それから、恥ずかしそうに一口食べると、その後は無言だった。
口に合わなかったかな?っと思ったけど、その後は一気に食べていたから、お気に召したのだろう。
「、、、ありがとうございます。見ず知らずの私に、こんなにも優しくしてくれて」
「ううん。『喫茶“Ton sourire”』は、フランス語で、“あなたの笑顔”って意味なんだ。だからさ、悲しい気持ちになったら、またおいでよ。僕が精一杯、笑顔にしてあげるから」
その後、元気を取り戻した彼女は、顔を真っ赤にしていた。
まぁ、かなり恥ずかしいだろう。
だって、初対面の男性に泣き顔や泣き言を晒す程に精神的に来ていたのだろうから。
それを、笑顔に出来たのがすごく嬉しかった。
彼女は、その後、何度もお代をと言っていたが、今回のは全てサービスでやった事だ。
だから、お代は一切受け取らなかった。
それなら、変わりにと、連絡先を交換させられたら。
今時の若い子って、コミ力?っと言うの高いみたいだな。
僕なんて、仕事関係の連絡先しか持ってないのに。
親はーーー
彼女は、何回も会釈して、去っていった。
さっきまでの雨が、嘘だったかのように晴れ渡っていた。
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