最終話3 エンディング

「おれだぁ!ㅤときと、ただいま!」

「うん。おかえり」


ㅤ一人部屋の病室のベッドにときとがいる。こっちを向いて笑っている。わかってはいたけど、生きている。


「あん?ㅤふうはいねぇんだな」

「ふうはコンビニに帰ったよ。まだ仕事の時間だったんだって」

「あんだ、そうか……。後で礼を言いに行くよ」

「うん」


ㅤそう言ってコクリとうなずくときと。かわいい。しゅーとさんと一緒に入ったけど、兄弟水入らずの方がよかったかな。でもぼくも、話したいことがある。


「ときと、手術お疲れさま。それに時を止めるなんて、ほんと助かったよ」


「あれもふうのおかげ。おれが倒れたころ、意識のなかに色々な声がきこえてきて、そのなかに『手術が上手くいって時が止まりますように』ってきこえたんだ。あれはたぶん、ふうの声だったと思う」


ㅤそんなことが。ふうさんって何者。RPG!の影響をあまり受けていないどころか、めちゃくちゃ関わって助けてくれている。それすら仕組まれたものなのか、それともふうさんの気持ちが生んだものなのか。どちらにせよ助かった。


「ところでときとに聞きたいことがあるんだけど。ときとってさ、すごい自由で特別じゃん?」


「ああ、うん。そうらしいね」


「もしかしてこれまでの時間を振り返れたりするのかな。ぼく、今回の冒険を書にまとめたいんだ。勇のためにも」


「ああ、それはさすがに……できそうな気がする!」


ㅤときとはいたずらっぽく笑った。



✴︎



ㅤ学校の職員室にまだ先生はいた。


「先生。無事、あきひめちゃんに会えました」

「おお、そうか」


ㅤ先生は机に向かったまま、興味あるのかないのかよくわからない素振り。


「大事なことは確かに、このカラダの中にあったかもしれません」


ㅤそう言うと先生はイスを引き、横に立てかけてあったバットケースを抱え、こちらを向く。


「大事なものはこの中にも入っとる。お主は当然中身を知っておるが、人によって中身は違う。世の当たり前に囚われずにな」



✴︎



「すみません、腰を痛めたお巡りさんいますか」


ㅤ別のお巡りさんに交番の中へ案内してもらうと、畳が敷かれた和室の布団に横たわるお巡りさんがいた。近くには受話器。


「おや、いさむ殿としゅーと殿。こんな体勢で失礼します」


「いや、いいんです。それより度々たびたび、電話でヒントをありがとうございました。無事リアルプレイングゲーム、クリアできました!」


「おお。それはとてもコングラッチュレーションズ。色々聞きたいこともありますが、今日は英気を養ってください。私もこの有様で」


ㅤこんなふうに和やかに会話していたところ、なぜか静かに下を向いていたしゅーとさんが、お巡りさんの元へ一歩踏み出し、両手を差し出し、しゃべり始めた。


「さあ、おれを逮捕してくれ。弟はもう助かった。思い残すことは正直あるから脱獄するかもしれねぇが、とりあえず逮捕してくれ!」


「なんと!ㅤどこまでいさぎよいのか。しかしあなたがたとえ強盗未遂をしたのが事実としても、調べなくてはならない点が多々ありそうです。それに私も正直を言わせてもらえば、RPG!をクリアした勇者一行ゆうしゃいっこうを裁く正義は持ち合わせておりません。もしも私のこの感情が警察という組織に逆らうものであれば、私も軍師として、戦う他ありません」


「つまりどういうことだよ。あん?」


「私の腰が痛いうちに、行ってください!」



✴︎



ㅤたぶんしゅーとさんは罪人つみびとに当たらないと思うけど、一応逃げるようにコンビニの前へ来た。それはなんだか楽しかった。そして何度目のコンビニか。


「ここに、ふうがいるんだよな。あん?」


「そりゃまだ勤務時間ならいると思いますよ」


「そうだよな。ふぅ。よし行くぜ!」


ㅤ自動ドアを手動で開けようかという勢いでしゅーとさんが店に入る。そしてしゅーとさんは失礼ながら、あの日の強盗のような迫力でカウンターに突き進む。そこにふうさんが、あっと気づいて少し表情がやわらぐ。


「ふう。おめぇには感謝してもしきれねぇ。この恩は、一生をかけて、返させてもらうぜ!」


「は、はあ!?ㅤ何言うてんねん!ㅤてかそれどういう意味やねん!」


「どういう意味も、そういう意味なんだが。あん?」


「そういう意味って、そういう意味って?」


「そういう意味なんだが……あん?」


「ドアホ!」


「あんだと!ㅤ……いや、言い過ぎた」


「なんも言うてへんし、調子狂うわい!」


ㅤ二人の仲が良くて会話に入りづらい。一応最低限でも報告しないと。


「魔王倒して、無事クリアできました。話すと長いですが、ふうさんの協力が大きかったです」


「あっそ。まぁ、うちも楽しかったで。勤務時間に抜け出すとか初めてやったわ。その傘のことも昨日のことのように思い出すわ、って昨日やないかい」


ㅤ一人でツッコむ、ふうさん。初めて会った印象と、だいぶ変わったな。これはこれで二つ目の人格みたい。いい人に出会えた。


「しゅーとさん、ぼく、もう一箇所行ってきます。本当にありがとうございました。お二人とは、きっとまたここで会えそうですね」



✴︎



ㅤしゅーとさんとふうさんとコンビニで別れ、バッティングセンターへ。ここはあまりぼくの出番はなかったけど、思い出の場所の一つ。向かってみると、打っている人が見当たらない代わりに、中でボールを拾う二人組が見えた。


「あれ、勇者くんじゃねぇか?」

「勇者くんじゃねぇか!ㅤ……勇者くんじゃありませんか」


ㅤバンダナブラザーズ。そういえばあのバンダナに最初見えていたドクロマークはなんだったんだろ。魔王に操られると、カラダのどこかに出るマークだったのかな?ㅤいやバンダナってカラダなの。ていうかここで何しているのかな。


「ああ、君が辞めたのと、おらたちが迷惑かけた代わりにバイト始めたんだよ」

「始めたんだよ!ㅤ……もう少しボケてもらえませんか」


ㅤそんな愉快なバンダナーズに、おやっさんがいるかどうか聞いた。そしたら後ろに、おやっさんがいた。


「おっ、どうしたぃ。また打っていくかい?」

「あっ、どうも。そうだ、ちょっと成り行きでいただいたバットを他の人に渡しちゃって。よかったですか?」

「ああ、構わんよ。渡した時点で俺のじゃねぇから。でもよ、その傘は手放さなかったんだな」


ㅤそういえば。前にここに来たとき、傘を手放すかどうか葛藤かっとうしたんだっけ。今となったらもう、手放せないよ。


「どうした。おい泣いてんのか、べらんめぇ。よくわかんねぇのに俺まで泣けてくるじゃねぇか」

「おらも」

「おらも!ㅤ……ぐすん」


ㅤ大事なものだから。これが勇者の剣だから。涙をいて、得意げに肩にかついでみた。勇がここにいるって思えた。



✴︎



ㅤ夕暮れ。帰り道。昨日はふうさんの家に泊まらせてもらった。ただそれだけでも自分の家に帰ることが、なんだか久しぶりだ。


ㅤ元々コンビニでおにぎりを買って、帰るつもりだったのにな。ゆっくりとでも今いるこの交差点を渡って、帰るつもりだったのにな。おかしな冒険だった。でも、楽しかった。


ㅤ赤信号で思い出に浸り、青信号で渡り始めると、匂いがした。目線の先の人波から。まばたきで目を閉じた瞬間に。意味不明だけど、鼻がなくたってわかるんじゃないかっていう匂いの先に。歩いて来る、白のワンピースを着たあきひめちゃん。かすかに微笑み、口を開く。


「まだ告白の返事、してなかったよね」


「うん」


「魔王を倒した報酬として、デートしてみるのはどう?」


ㅤどこか魔性の魅力なあきひめちゃん。手を繋がれて、スロウになった時間、早足で横断歩道の白線を越えていく。この帰り道も、冒険だ。



——この書は作者と仲間の協力によって冒険後につづられ、まだ世界がこうなる前の時代に送られている。

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