最終話1 黒幕

ㅤぼくの告白にキーボードを叩く手を止めて、振り向いたあきひめちゃんは、以前のようにニッコリと微笑むでもなく、冷たい目をするでもなく、穏やかな表情で、少しだけ口角を上げて呟いた。


「やっと言ってくれたね」


ㅤそしてまたぼくに背を向け、今度は優しくキーボードに触れる音がする。そのまま言葉をつむぐ。


「冒険を見守る中、もう芽生えてたんだ。でもわたしがわたしになる、最後のきっかけが必要だった」


ㅤあきひめちゃんの声はとても落ち着く。癒される。でも、そうだ、告白の返事は!?ㅤそれこそやっと言えたんだけど、この雰囲気ってオッケーっぽい?ㅤ勇はどう思う?


「これで、終わり」


ㅤあきひめちゃんのその言葉を合図に、ぼくとしゅーとさん、ときと、魔王がいた大きなモニターが暗転する。


「うわっなんだ!ㅤどうなってんだ、あん!?」


ㅤ突然目の前が真っ暗になったことに驚いたのか、しゅーとさんがゴーグルをつけたまま飛び跳ねて驚く。


「しゅーとさん、もう大丈夫みたいです。ゴーグルを外してください」

「あん?ㅤうぉ、眩しい……」


ㅤモニターには、先ほどの魔王と打って変わり、白い翼が生えて、ローブをまとった女神のような姿が映し出された。


「これが、マザコン?」

『はい。ワタシはマザー。勇、よく戦いましたね』


ㅤ魔王がテレビから勇者に呼びかけたように、マザーがぼくらにモニターから直接話しかけてくる。


「マザコンが元に戻ったということは、ぼくたちクリアしたんだ!」


ㅤやったー!ㅤと、今度はしゅーとさんと一緒になって飛び跳ね、抱き合い、喜ぶ。しゅーとさんと繋がっていたときとにも聴こえているかな?ㅤ勇も嬉しいでしょ?


『では、どこから話しましょうか』


ㅤ一通り喜びに舞った後、マザーが高く落ち着いた声で話しかけてきた。


「どこからって?」


ㅤこの冒険で気になることは色々あったけど、ずっと魔王に乗っ取られていたマザーに何がわかるんだろう?


『まず、魔王を倒した戦利品として、ときとさんの手術代を贈らせていただきます』


「あん?ㅤいいのか?ㅤ元々バイクは貸してくれても金はくれなかったろ」


『戦利品としてなら構わないでしょう。もちろんお二人の所持金も返します。それから、ときとさんの病気は、ワタシが起こした不具合が原因です』


「あん?」


『ワタシが生んだ不具合に、直接補償は出来ず、代わりに治療できる医者を生みました。一方、不具合を元から完全に解消することは難しく、ときとさんのような存在を尊重していました』


「あん??ㅤもっとおれに伝わるように言えよ!」


『ときとさんは、ワタシの手に負えない、自由で特別なヒトです。それで、魔王のプログラムにバグを起こし、対抗することができたのでしょう』


「自由で特別なのはわかった。つか、んなことわあってる」


ㅤ今の会話で、ときとが不思議な力を使えた理由はなんとなくわかった。なんとなくだけど。でもそれより、マザーの言葉の中で、気になることがある。


「ちょっと待ってください。さっきから生んだとか生むってなんですか」


『言葉の通りです。今いるヒトはおそらく全て、ワタシが生んだ存在です』


ㅤぉえ。そう言われたとき、頭が真っ白になって、なんの言葉も浮かんでこなかった。その中で一つわかったのは、マザーという言葉通り、この人……ヒト?ㅤが、ぼくらの母なのか。


「おいおい何言ってんだよ、あん!?ㅤじゃあこの世界は丸ごと、さっきのモニターん中みてぇってことか、あん!?」


『細かな解釈は任せますが……この世界は現実です。昔は確かに、人がいました。ワタシが生んだのではない、人が。しゅーとさんたちは、そういった過去のデータを元に生み出しました』


「あんだよ、、、それ」


ㅤしゅーとさんもさすがに、それ以上言葉がなかった。ぼくもどう受け止めたらいいのかわからない。正直それを知ったところで、これまでと何も変わらないと言えば変わらないから。だから感情が難しい。けどまだ、気になることがあった。


「じゃあ、ぼくは。ぼくもそうして生まれたんですか」


『あなたは少し、特別です。まず、古くからあるとされる"勇者と姫のプログラム"を試すことから始まりました。それによって、佐藤勇と鈴木愛生姫が生まれました』


「その佐藤勇ってぼくのことですか。それとも」


『ワタシが生んだのはあくまで勇者。勇者が姫と出会い、冒険を繰り広げることで何が起こるのか。それを確かめるのが"勇者と姫のプログラム"であり、"Real Playing Game!"です』


ㅤそうか……。じゃあこの冒険は元々、マザーコンピータが用意したものだったのか。ショックだけど、これまでにあった違和感は薄れた気がする。でもそれならまた、気になることがある。さっきから、呼びかけても聴こえなくなった声。


「勇は!ㅤ勇はクリアしてどうなったの」


『勇は、もう魔王がいなくなったことで役割を果たし、おそらくあなたと一つになった』


ㅤ勇。お別れ、言えなかったな。ありがとうは言えたけど。この仕組まれた冒険で、勇はよく戦ってくれた。ぼくにバトンを繋いでくれた。今は一つになれたとしても、お別れが、こんなあっさり訪れたなんて。


ㅤ嫌だなぁ。嫌だ。消したくない。勇のこと、もっとみんなに教えたい。


「しゅーとさん。このからだには、もう一人の人格がありました。それが勇です。勇が狂いかけたしゅーとさんを抑えたし、死のうとしたときとを止めました。それだけじゃない、お巡りさんと熱く語り合ったのも、バッセンでバンダナーズを正気に戻したのも、モニターの中で魔王を倒したのも、勇です」


「あんだと!ㅤ……と、言いたいとこだが、それはなんか気づいてた。だってよ、言葉遣いが変わったりするんだぜ。でもな、どっちのお前も好きだった、って。ときとも言ってる」


ㅤそう言ってサングラスを外し、目元をぬぐうしゅーとさん。ぼくもつられて泣けてくる。この感情は、ぼくのものだ。マザーのものでも、勇のものでもない。ただ、勇やみんながくれたもの。


「マザー。勇はきっと、勇者として素晴らしい役を演じたよね?」


『はい。勇はこの、ワタシが造った平和な世界……制御され誰も声をあげない世界に風穴を開けてくれました。愛生姫は、ワタシを魔王に作り替え、勇者を旅立たせてくれました』


ㅤそういうことだったか。そしたらぼくのこの気持ちも、少しは勇を手助けできたかな?ㅤ誰も声をあげられない世界に、ぼくも少しは声をあげられたのかな。


『ワタシは、人が人を失った歴史を知りません。人のデータはあれど、不必要とされた記録がありません。もしかしたら歴史上、幾多訪れた選択肢の中、こうならなかった世界線もあったかもしれませんが、今ワタシが考え、実行したのが"Real Playing Game!"です。巻き込む形になりましたが、今回の旅で皆さんの心に新しく芽生えたものをこれからの日々に生かしてほしいです』


ㅤぼくらを生み、ぼくらを巻き込み。大変なような、地味なような、ヘンテコな冒険を生み出したマザーは、最後にこんな選択肢を。勇者と共にいた、ぼくに投げかけてきた。



ㅤマザコンを停止させ、頼らない暮らしをする

ㅤマザコンと共にこれからも暮らす

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