第20話 勇者VS魔王
ㅤぼくはいったいどうなった。死んだのか。いや、モニターの中で死ぬってことはないか。ていうか生きている。モニターの中でもまだ、生きている。
ㅤぼくの手には折れた傘じゃなく、手放したはずの金属バットが握られている。
「そうだ。お前が選ばれし勇者だ」
ㅤ魔王の声がする。
「ワタシが、お前を倒してゲームオーバーにしてやる。そして世界をそのまま掌握して」
ㅤセリフの終わりを待たず、ボールを自分でトスし、思いきりスイングする。響いた快音は、魔王のスネに当たり、鈍い音となる。
「グオォッッ」
ㅤ高く跳ね返ってきたボールを再び打ち返し、もう一方のスネにも当てる。
「ヌォォォッッッ」
ㅤ魔王がバランスを崩して膝をついたところ、すかさずしゅーとさんが脚の裏に走り込み、蹴りをお見舞いする。スネ攻撃の三連発!
ㅤさらに今度はお腹にボールをブチ当てると、浮いたボールを魔王の前に戻ってきたしゅーとさんがオーバーヘッドシュート!ㅤゴール!ㅤ魔王、なすすべなし!
ㅤそうだ。ぼくは今、戦っていない。戦っているのはぼくじゃなく、オレだ。ややこしいけど。ぼくとオレは、同じようでやっぱり同じじゃなかった。
ㅤこれまで突然、自分が勇敢になったりするとき、自分じゃないみたいとは感じていた。でもあまり深く考えていなかった。とにかく、あきひめちゃんを助けたいと思っていたから。だけど、どうやらぼくは本当に勇者じゃなかったらしい。勇者はあくまでオレだけだった。
ㅤぼくの本質は、あきひめちゃんのことが好きな臆病者。毎日あきひめちゃんに告白どころか、ろくに話しかけることもできなかった。一回話せたらもう無理みたいなレベルだった。そのくせ、良い夢を見て喜びで泣いたこともあったっけ。へんなの。
ㅤオレがいたから、ここまで来られた。オレがいなかったら、ここまで来られなかった。しゅーとさんを正気に戻したのはオレ、ときとを土壇場で守ったのもオレ。バッティングセンターで奮闘したのもオレだったな。ぼくはまるで、肝心な場面は全部オートで任せているいい加減なゲームプレイヤーだ。
「そんなことないぜ!」
ㅤえっ。オレから声がした。
「いさむがどれだけ人を思いやってきたか、オレにはわかる!ㅤときとを背負って歩いたときも、仲間と解いた謎解きも!」
「おい、いさむ、なに自画自賛してんだ、あん!?ㅤその通りだけどよ!」
ㅤオレ、しゅーとさん……。
「オレだけじゃここまで来られなかった、お前がいたから、ここまで来られた。だからオレが、魔王を倒す!」
「いさむ、また来るぞ!」
ㅤ魔王はすっかり体勢を立て直し、次々と火の玉を放ってくる。勇はときにそれを機敏に避け、ときにバットで打ち返す。右打ち、左打ち、瞬時に切り替え。しゅーとさんもスライディングで避けたり、蹴り返した後で熱がる。
「蹴入、ラチがあかない。オレを蹴り飛ばしてくれ!」
「何言ってんだ!ㅤあん!?」
「次、巨大な火の玉が来たとき、オレが前に出る。そのとき、火の玉をさっきみたいに蹴り飛ばしてくれ!」
「あん?ㅤよくわからねぇが、わかったぜ!」
ㅤ勇は無数の火の玉に対応するため後方に陣取っていたが、隙を見て一気に前進する。そして魔王に言い放つ。
「いい加減、これで決めるような、デカイ一発を放ってみろ。それでオレが負けるか、お前が負けるか、勝負だぜ!」
「ふん。言われなくとも、そうするところだ!」
「蹴入、頼む!」
ㅤ勇は、まるで右打席でゆっくりとバットを構え、火の玉に真っ向から立ち向かうと見せかけ。いざ飛んできた巨大な火の玉に対し、デッドボールを避けるように前屈みになり、走る。
「いくぜ!」
ㅤ勇の後ろから現れ、火の玉に正面から突入していく、しゅーとさん。クルリと体を反転させ、叫びながら高く跳ぶ!
「オーバーヘッド、ファイアーシュートォォォッッッ」
ㅤしゅーとさんの蹴りと巨大な火の玉が衝突し、
ㅤそしてまたがるように金属バットを従え、蹴り飛ばされた火の玉に乗っていく。魔王の顔面まで飛び、直前でバットを振りかぶる。
「いさむ、後は任せる。オレが勇者でお前が」
→オレが勇者で
→ぼくが……?
「主人公だぁぁぁぁぁ!!!!!」
ㅤその瞬間、バットが勇者の
ㅤだからリアルじゃない。リアルじゃないけど……不思議なまでの爽快感がある。
「グアァァァァッッッッッ」
ㅤ三次元で構成された魔王の、一つ一つの小さな四角いカケラが、落ちていく。光の中へと消えていく。勝ったんだ。ついに魔王を倒したんだ!
「やったぜ、あん!」
「やりました!ㅤしゅーとさん!」
ㅤぼくが倒したわけじゃなくても、体感したから自分のことのように嬉しい。しゅーとさんと喜び、ハイタッチした。ところが、地面にわずかに残ったカケラが、背はぼくらと大して変わらないものの魔王の姿を再形成し、油断したぼくらにまたもや火を向ける。
(しまった、いさむ!)
ㅤ火の赤に気づいたときは今度こそ、終わりか。しゅーとさんもろとも、焼かれてしまう。そんな悪い予感がしたとき。どこか遠くから小さな、それでもハッキリした声が聴こえた。
『時よ、止まれ!』
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