第19話 選ばれし勇者

——走って、メモに書かれた住所までたどり着いた。いさむの体力が25減少した。


「おい、本当にここで合ってんのか。あん?」

「はい、間違いないはず」


ㅤ見るからに普通の団地だ。五階建ての。ここの端にある104号室が、あきひめちゃんの家らしい。確かに鈴木という表札がある。


「とりあえずインターホン押してみます」

「こんな普通に押しかけていいのか、あん?」


ㅤそんなのぼくも知らない。だいたい武器もない。今手に持っているのは折れた傘、それからポッケにボールがあるだけ。それから勢いだけ。勢いに任せて押してみる。


「はい。鈴木愛生姫です」


ㅤあ、出た!?ㅤあきひめちゃん本人がこんなあっさり出た。まずい、何を話せばいいか考えていなかった。さとういさむは頭が真っ白になった。


「おい、クラスメイトなんだろ。なんか話せよ、あん?」

「そんなこと言っても、まさか出るなんて……」

「出ねぇと思ったんなら、なんで押したんだよ、あん!?」

「おっしゃる通りです……」


ㅤこう、ぼくのせいでうだうだ話していたところ、ガチャッと鍵が開く音がした。


声紋せいもんを確認しました。中に入り、地下まで下りてきてください」


ㅤそう話す声は、間違いなくあきひめちゃんの声。可愛らしく、癒される声。でも、どこか機械のように冷たい。それに捕まっているというより、これじゃ案内役だ。あきひめちゃんも、これまで出会ってきた人たちのように操られているのか。それとも。


「おい、とりあえず進めばいいんだよな、あん?」

「そうするしかないですね」

「じゃあ、先に行けよな。あん?」

「え」

「え、じゃねぇよ。急ぐぞ」

「あっ、はい」

「言っとくがビビってるわけじゃねぇ。お前が先頭のがいい気がしたんだよな、あん」


ㅤそう言ってしゅーとさんはぼくの真後ろについた。ぼくだって未知の扉を開けるのは怖い。でも確かにぼくが開けなきゃいけない気もするんだ。前に夢の中で励まされた気もする。


ㅤ扉を開けると、いきなり玄関の土間が地下へと続く階段になっていた。コンクリートじゃなく、古びて見える木の階段で、少し怖がりながら下りていった。そしてその先に、テレビで観た景色と、制服姿のあきひめちゃんが立っていた。


「このゴーグルをつけてください。佐藤勇さん、安藤蹴入さん」


ㅤ無表情でゴーグルを渡してくれたあきひめちゃんは、ぼくのことを誰とも思っていないみたいだった。


「おい、いさむ。これ素直につけていいのか?ㅤさっきからトントン拍子に進んでさすがに怖ぇんだが」


「そうですね。あきひめ……さん、このゴーグルをつけるとどうなるか先に教えてもらえますか」


ㅤそう尋ねると、あきひめちゃんは変わらず無表情でコクリとうなずき、背後にある大きなモニターを指差した。


「あなたたちにはこのモニターの中で魔王と戦っていただきます。そのゴーグルをつけたら入れます、何らかの武器も勇者と認められれば手に入ります。そして魔王を倒し、わたしを救うことができれば、"Real Playing Game!"クリアです」


「あんだ、簡単な話じゃねぇか。ちなみにおれは武器なんざいらねぇ、自慢の蹴りでぶっ飛ばしてやる。そしてときとの手術代を取り戻す」


ㅤぼくは。まだよくわからないことが多いけど、このゲームを早く終わらせて、あきひめちゃんを解放したい。ときとを助けたい。ここまで導いてくれた、ふうさん、お巡りさん、先生、バッティングセンターのおやっさん、バンダナブラザーズ。みんなと出会って強くなったと信じて、しゅーとさんと共に戦いたい。


「しゅーとさん、ゴーグルつけますよ!」

「おう!」


ㅤそうしてゴーグルをつけた先の空間は、白の背景に黒の縦線、横線、奥行きで構成された、シンプルな三次元の世界。そこにちょうどここの団地くらいに巨大な魔王が、腕を組み仁王立ちで待ち構えていた。


「さすがにデカくねぇか、あん?」

「そうですね……ってあれ」


ㅤ武器が手に入ると聞いていたけど、手に持っているのはいつもの折れた傘だけ。


「ワタシは魔王。ところで、お前は誰だ」

「おれか?ㅤおれは安藤」

「お前じゃない。そこのお前だ」

「ぼく?ㅤぼくは佐藤勇です」

「ハハ。声が同じでも、ワタシは騙せんぞ。そらっ」


ㅤそのとき、巨大な濃い紫の手のひらから、赤い火の玉が飛び出し、ぼくの方に向かってきた。どういうわけだか、こういうときスローモーションに見える。


ㅤ大丈夫、いつものように戦えばいい。これまでガッツリ戦闘をしてきたわけではないけど、要領としては同じはず。


ㅤあれ。でもぼくってこれまでどう戦ってきたっけ。しゅーとさんとはどう戦ったっけ。そっか、あれはぼくじゃない。ぼくだけどぼくじゃなかった。すっかり忘れていた。心のどこかではを選ばれし勇者だと思い込んでいた。でも違った。この空間で、折れた傘しか持たない自分に今、はっきりと気づいた。ぼくじゃないんだ。ぼくはただ無力で、あきひめちゃんのことが好きな、ただの人なんだ。


ㅤ巨大な火の玉に吹っ飛ばされるとき、目から水玉も出た。あきひめちゃん、好きだったよ。あんまり、話せなかったけどね。好きってきっと理由じゃなく、心が感じるものなんだ。それに気づけただけでも、よかったかな?


——いさむの体力が499まで削られていく。いさむの目の前が真っ暗になる寸前だった。






ㅤそのとき、眩しい扉が開かれた。






→ここは任せろ。オレが勇者だ!

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