第9話 お礼に護衛

ㅤコンビニまで駆け足で戻ると、コンビニの前にときとと、その横にはパーカーにデニムジャケットを着る細身の人が立っていた。背丈はぼくと同じくらい。


「はい、お茶あげる」

ㅤ背丈の小さなときとからペットボトルを渡される。早速ぐびぐび飲み始めると体力と気力が全回復するのを感じる。ただ生温い。


「ぷはぁ。あ、もしかして店員さんですか」

「お礼言うのが先でしょ」

「すみません気づかなくて。ありがとうございます」


ㅤ店員さんはコンビニの制服からカジュアルな私服に着替えて、ときとと一緒にぼくを待っていてくれたみたいだ。


「もうバイト終わったんですか」

ㅤぼくが店員さんにたずねる。

「まあね。そっちはもういいんですか」

「いいって?」

「マネー。何ならお弁当あげるけど」


ㅤ小袋には夕飯になりそうな弁当が二つ入っている。


「え、いいんですか。ありがとう」

「ただちょっと、耳貸して」

ㅤ店員さんに指で合図され、なぜか少し胸がドキドキしながら顔を近づける。


「さっきから視線感じるんやけど。ストーカーかもしれへんからついてきてくんないかな」


ㅤぱっと周りを見渡してもそれらしい人は見当たらなかった。でも女性の勘は鋭いって聞くし、何は無くともお世話になったお礼に見送るのも当然かと思えた。


「ねぇ、なに話してるの」

ㅤときとがぼくの袖を掴み、揺らしてくる。

「今からこのお姉さんを家まで送ることになった。ときとも一緒に行くかい」

ㅤそう語りかけると、ときとは一瞬下を向いて、顔を上げてこう言った。

「お姉ちゃんも迷子なんだね」

ㅤズッコケそうになったけど、どう説明したらいいかも難しい。とりあえずお世話になった人の護衛をするためと言っておいた。



✳︎



ㅤ住宅街を歩いていく中で、ときとが眠たそうにしたため、おんぶして寝かせ、お弁当と折れた傘、背負っていたバットケースは店員さんに持ってもらった。


「傘はあたしが売ったとして、このバットなんやねん」

「うーん成り行きでもらいました」

「ふつう成り行きでもらわへんやろ」

「うーん、何か昨日からふつうじゃないんですよ」

「昨日?ㅤあんたマザコンと何か関係あるん?」


ㅤマザコンとの関係。それは知らない。ただ、あきひめちゃんがなぜかマザコンの近くにいたから、助けたいと思っているだけ。でも、最初はそんなの無理だと思った。現実で起きていることがなんなのかさえ、受け入れ難かった。


ㅤなのに、強盗を倒したときのように、時たまどういうわけだか勇敢なパワーが溢れ出る。あのパワーがあれば、あきひめちゃんに告白するのもわけないと思うけど、なんでさらわれてから目覚めるかなぁ。


ㅤとりあえず店員さんには、ぼくとあきひめちゃんがクラスメイトであることを伝えた。


「フーン。それだけかいな。て言っても結構近いか」

「近い?」

「いや。あたしなんかなんも関係ないし。お金も消えてなかったし」

「そっか」

「いや、でもまぁ、強盗が来たりあんたに出会ったり、そう遠くもないか」


ㅤ話しながら歩いているうちに、建物の隙間から夕日が見えてきた。今日ほど時間感覚のない日は珍しいかもしれない。普段は大半が時間割りの中で暮らしている感覚だから。


ㅤときとのことはどうしよう。もう、家に連れて帰るしかないよな。今から一軒ずつ探すと言っても難しい。それか、ときとのお兄さんが探し回っているかもしれないから、どこか会えそうなところで待つか。


「んー、結局あたしの気のせいだったかな」

「ストーカーですか?」

「あまり人の気配もないし。ところでその子、なんなん」

「何かと言われると……迷子です。交番があてにならなくて今預かっています」

「そんでどうするん」

「ちょっと迷ってます」

「ならあたしが預かろっか。また明日コンビニ連れて行ったら家族が見つけてくれるかもしんないし」


ㅤ少しさみしくなるけど、それも悪くないか。ぼくは今お金に余裕もない。ときとのお兄さんの元に帰れるのがベストだけど、ときとのお兄さんも今お金がなくて大変なはず。


ㅤそれにぼくがもし、あきひめちゃんを助けたり、マザコンを元に戻すことができれば、みんなを救える可能性がある。それを急いだ方が結果的にいいのかも。


→ときとを預ける


「それじゃあ店員さん。お願いします」

ふうでいいよ」

「ふう?」

「名前。大坂おおさかふう

「そしたら、ふうさん。お願いします。ときと起きて」


ㅤお弁当の袋にバット、折れた傘を地面に置いてもらい、うたた寝のときとを背中から託そうとした瞬間。風を切り裂くような鋭いバイクのエンジン音が一気に近づいて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る