第5話 勇者VSお巡りさん

ㅤ交番までの道は、なるべくゆっくりと歩いた。手を繋いでいるわけじゃなく、後ろをついてきてもらっているだけだけど、ときとの歩みは遅い。よく振り向かないと置いて行ってしまいそう。こどもってこんなものか。自分も一応まだこどもではあるけど。


ㅤ交差点でときとを止めたときは、スローモーションに見えた気もしたけど、実際ときとの動きも思うほど速くなかったのかもしれない。何にせよ今は落ち着いてくれたみたいでよかった。元々落ち着いている風ではあったけど、本当に冷静だったわけじゃないだろう。


「ごめんください」


ㅤ交番にこどもを届けるとき、どうあいさつしたらいいんだ?ㅤと思いながら、交番の中に足を踏み入れた。すると入ってすぐの席に座っていた、ヒゲをハの字に整えた警察官が立ち上がって対応してくれた。


「おや、どうされましたか」

「この子をちょっと道端で拾ったんですけど、家がどこかわからないみたいで」

「おや、それは困りましたね」

「そうなんです」

「……」

「……?」

「…………」

「…………?」

ㅤん?ㅤこの沈黙は何。


「あの、この子をどうしたら」

「ええ。ですから、困っているんです」

「あ、困ってるってお巡りさんがですか」

「ハイ。マザーコンピュータが魔王に乗っ取られてから、こういったときの情報取得にも支障があり、今まで頼りきりだったものですから、困っているのです」


ㅤなるほど。そしたらどうしたらいいんだ!ㅤ思ったより大変な事態だ。街を歩いているだけじゃ、それほど大きな混乱も見られないのに、意外といたるところに、影響が出ているらしい。もちろん、ときともその一人で、ぼくもそうかもしれない。


ㅤこの冒険は、ただあきひめちゃんを助け出すだけではないのかな。というふうに、ぼんやり考えごとをしていたら、突然バンッと机を叩く音に驚いた。


「くそっ。わたくしもただ、困っているだけではいけません。何のために警察官になったのか。何のために勇者になったのか!」


ㅤほぇ?


「いつものように自宅で夕食を済ませ、のほほんとお茶を飲んでいたとき、あの映像が流れました。"勇者よ、旅に出ろ"あの言葉を耳にしたとき、体に電流が流れ、発電しました。そうだ、私は勇者になるため警察官になったのだと!」


ㅤくっ、自分が何となしに思っていたことを客観視させられると、こんなに痛いのか。もうやめてくれ。


「あのときこぼしたお茶の熱さを今も忘れていません」


ㅤそれはたぶんやけどです。でもなぜだろう。自分の中にも、痛さだけじゃなく熱さも感じる。耳が赤くなっているだけじゃない。これはきっと、体ごと燃えるほどの対抗心!


ㅤぼくが勇者だ!

→オレが勇者だ!


「おい、お巡りさん。お巡りさんは愛生姫ちゃんのこと、どう思ってんだよ」

「あきひめちゃん……?」

「マザコンの近くで捕まってた愛生姫ちゃんのことだよ」

「ああ、あの子のことも助けねばなるまい」

「あの子のことも、だと。まずはあの子を助けることが最優先だって、オレの心は言ってるぜ!」

「ふっ。なら私は、マザーコンピュータを直し、みんなの平和を守ることが最優先ですな」

「そうか。じゃあオレたち、気が合いそうだぜ!」


ㅤお巡りさんの高い胸の位置あたりで、ガシッとお互いの左手を掴み合う。お巡りさんの手は赤く、痛いと小さく叫んで手を離した。やけどした方の手のようだ。


「ふっ、私はもう、交番にいる必要はないようです。冒険の旅に出るときが来たようです」

「なら、オレたちと行くか。この世界に愛と平和を取り戻すぜ」


ㅤそのときふいに、背後の低い方からぐーとお腹の鳴る音が聞こえた。


「盛り上がってるところごめん」

ㅤお腹が鳴ってなぜか申し訳なさそうなときとの顔を見たら、急に冷静に戻れた。ぼくはもう、何やっているんだ。あきひめちゃんも、マザコンを直すのも大事だけど、まずは帰り道がわからないときとを何とかしてあげなきゃ。


「こっちこそごめん。お腹空いてるのか」

「うん、ちょっとね」

「早く言ってくれたら、おにぎりでも買ってあげたのに。ちょっと歩いたところにコンビニあるから行こうか」

「うん」


ㅤときとを見ていると、ゴールまで一直線に突っ走れなくても、寄り道があってもいいような気がする。きっといつか、あきひめちゃんを迎えに行けるなら、の話かもしれないけど。


「では、私はどうしましょう」

「ひとまず職務をこなしながら、聞き込みとか、マザコンについて調べられることがあれば調べていてください」


——お巡りさんこと、皆川みながわまもるが仲間になり損ねた!ㅤ目的地に例のコンビニが追加された。

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