第7話 紗玖乃と一誠
月が変わり、六月に入った。梅雨に入っせいもあって、最近は雨の日が増えてきている。今日も登校時には雨が降っていた。
「今日は朝から雨が降っていただろう。自転車で来たのか?」
「さすがに今日は乗ってこないよ。雨の日はバスで来るようにしてるの」
いつものように他愛のない会話をしていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。スマホで時間を確認すると、昼休みの時間は残り二十分分ほど。
「私、そろそろ戻るね。五時間目、体育なんだ」
「ああ」
「じゃあ、また放課後に……」
(あっ、やば……)
倒れると思ったその時、白くて大きな手が彼女の身体を支えた。
そちらに顔を向けると、堕天使姿のナハトと目が合った。珍しく驚いたような表情で紗玖乃を見ている。
「大丈夫か?」
「う、うん。平気。ありがとう」
「具合が悪いなら無理せずに早退した方がいいんじゃないか?」
真顔で尋ねるナハトに対して、紗玖乃は笑みを浮かべて答えた。
「あと午後の授業だけだし、帰ったら早めに休むから大丈夫。心配かけてごめん」
「……そうか。でも、あまり無茶はするな。そろそろ手を離すぞ?」
「うん。ありがとう」
ナハトが手を離す。
今度は立ち眩みは起きなかった。この分なら体育の授業に出てもたぶん大丈夫。
「それじゃあ、またね」と伝えて屋上を後にした。
ナハトは屋上の扉が閉まるまで紗玖乃の背中を見守っていた。
♢♢♢
五時間目の体育の授業中、紗玖乃の脳裏には先程の屋上での出来事が浮かんでいた。倒れそうになった自分の身体を支えるナハトの手は思ったよりも大きくてしっかりとしていて。
思い出すだけで、何だか恥ずかしくなってしまう。
(こんなこと初めてだなぁ。立ち眩みになったのも、男の人に支えてもらったのも)
そんなことを思いながらバレーボールをしているクラスメイトを眺めていると、「サク」と名前を呼ばれた。
「サク、次交代してくれる?」
香織がこちらに駆け寄ってきた。
「うん、いいよ」
頷いてこちらも駆け寄る。香織と交代するかたちでコートに入ったその時、再び目の前が歪んだ。
(え――?)
気付いた時には膝から崩れ落ちていた。床に両手を付けて何とか自分の身体を支えていると、
「サク!」
「大丈夫?」
香織と李奈が駆け付けてきた。続いて他のクラスメイトもこちらに集まって来る。
男性の体育教師も異変に気付いてすぐにやって来た。
「先生、
「大槻さん、大丈夫か?」
教師が心配した様子で紗玖乃の顔を覗き込む。
「はい、何とか……」
「先生、保健室に行った方が」
李奈がそう言うと教員は頷いてから、
「そうだな。悪いが二人で保健室に連れて行ってくれるか?」
「はい」
香織と李奈は返事をすると、すぐに紗玖乃の身体を支えた。
二人に支えられてゆっくりと立ち上がる。
こうして紗玖乃は保健室に向かったのだった。
♢♢♢
目を開けると、白い天井が視界に飛び込んできた。
どうやら少しの間眠っていたらしい。
まだ頭はぼんやりとしている。
そのまま天井を眺めていると、「大槻さん」と名前を呼ばれた。
「カーテン開けるわよ?」
「はい」
すぐ横のカーテンが開いた。
女性の養護教諭が再び声をかける。
「大槻さん、大丈夫? 授業中に倒れたって聞いたけど、具合はどう?」
「あっ、はい。今は大丈夫です」
紗玖乃が起き上がろうとすると、女性の養護教諭がそれを止めた。
「まだ寝ていないとダメよ、安静にしてて」
言われた通り再びベッドに横になる。
すると、保健室の扉が開いた。
「一旦、失礼するわね。ゆっくり休んでて」
「はい」
養護教諭はカーテンを閉めるとその場を離れる。
「先生、すみません。ちょっと確認したいことがあるので職員室まで来てもらえますか?」
若い男性の声が聞こえた。
「分かりました。すぐに向かいますね」
養護教諭が答えると、
「ごめんなさい、ちょっと出てくるから二人とも休んでて?」
(え? 二人?)
紗玖乃が不思議に思っていると、隣から男子生徒の返事が聞こえた。
彼女も「はい」と答えると、養護教諭は保健室を出て行った。
(私の他にも生徒いたんだ)
そんなことをぼんやりと思っていると、いきなり隣から「ねぇ、あんた」と声をかけられた。
紗玖乃が隣に顔を向けると、生徒が続けた。
「昨日、変な黒ずくめの男と一緒にいただろ?」
「え?」
ナハトのことだ。
一瞬、思考が止まった。心臓の音が早くなるのが分かる。
「う、うん」
「黒猫から男の姿になったのを見たんだ。背中に黒い羽根が生えてた。その前も猫の姿でなんか白い変な光を体から出してたんだけど、あいつ一体何なの?」
「え、ええと……」
見られてたんだ。ナハトはここには自分たちしかいないって言ってたけど。
(どうしよう。でも、ナハトの正体を話す訳にはいかないし……)
「そ、それについては……」
その時、足音が聞こえてきた。段々とこちらに近付いて来る。足音は二人分。
「失礼します」
扉が開いた。続けて、「サク、大丈夫?」と李奈の声。
紗玖乃がカーテンを開けると李奈と香織がいた。二人とも体育着のままだ。どうやら授業が終わった後、まっすぐ保健室に寄ってくれたらしい。
「大丈夫だよ。二人とも、心配かけてごめんね」
「ううん、気にしないで。元気そうでよかったよ。六時間目の授業出られそう?」
香織に尋ねられ少しの間考えてから、
「今日はもう早退しようかなって思ってる」
「その方がいいかもね」
香織が答えた時、また足音が聞こえてきた。
扉が開く。
「あら、二人とも来てたのね」
養護教諭が戻って来たらしい。
「はい。気になって来ちゃいました」
李奈が答えると、
「大槻さんなら、大丈夫よ。ほら、二人ともそろそろ授業が始まるから、教室に戻りなさい」
「はーい。じゃあ、サクまたね。お大事に」
「お大事に、今日はゆっくり休んでね」
「うん、李奈も香織もありがとう」
二人は頷くと、「失礼します」と口にして保健室を出た。
「大槻さん、どうする?」
「今日は早退しようと思います」
「分かったわ。じゃあ、保護者の方に連絡するから連絡先を教えてくれる?」
「はい」
紗玖乃が母親の連絡先を言おうとした時、「先生」と隣から声がした。
「俺も教室に戻ります」
「弓原くん、もう頭痛大丈夫なの?」
「はい。だいぶ治まったので」
紗玖乃は弓原と呼ばれた生徒に視線を送った。
少し背が高くて、栗色の髪色に外はねした特徴のある髪型の男子。
初めて合う生徒だ。学年もどこのクラスかも分からない。
「それじゃあ、お大事にね」
「はい、失礼します」
それだけ言うと、彼は保健室を後にした。
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