第8話 心配
早退した次の日、
「学校には連絡入れたから、今日はゆっくり休みなさい。何かあれば呼ぶのよ?」
「うん、ありがとう」
紗玖乃が答えると母親は一階に降りて行った。
普段はパートに働きに出ているのだが今日は休みらしい。父親は出勤、三歳年下の妹も登校しているので今日は母親と二人だ。
ベッドに横になりぼんやりと天井を見つめる。
昨日の保健室での会話がふと脳裏に浮かんできた。
――昨日、変な黒ずくめの男と一緒にいただろ?――
(白い光を体から出してたって言ってたけど、あれ別にナハトの体から出てる訳じゃないんだけどなぁ)
明日学校に行ったら、あの弓原という生徒に会うかもしれない。
出来れば会いたくないのだけど。
それと同時に思い浮かぶのはナハトの余裕そうなあの表情。
(全然大丈夫じゃないじゃん! 警戒しなくても大丈夫とか言ってたくせに)
いきなりナハトに対して怒りが湧いてきた。このことは誰かに話したりするなって口止めまでしてきたのは彼だ。それなのに。
「
考えたところで答えが出ないのは分かっている。
紗玖乃は目を閉じた。
そのまま
♢♢♢
四時間目の終わりを告げるチャイムが教室に響いた。
英語担当の教員が教室を出ていくと、たちまち生徒の話し声で賑やかになる。
するとすぐ前に座っていた男子生徒が振り返った。
「あれ? 一誠、どこ行くんだ?」
「ちょっと売店行って来る」
「先に食ってるぞ?」
「おう」
一誠はそれだけ返すと教室の引戸に向かって歩いて行った。
購入したコロッケパンと焼きそばパンを持ちながら、辺りに視線を向ける。けれど、二日前に見た黒猫の姿は見当たらない。
クラスメイトの話だと中庭にいるのを見たということだったけど。
そのまま中庭が見える場所まで歩いていく。すると、窓を挟んで外にいる生徒が目に入った。数人の女子生徒がこちらに背を向けて屈んで何やら話している。
何気なくその様子を眺めていると、
「この猫でしょ? 学校に住み着いているって噂の猫」
「なんか落とし物を拾って届けてくれるらしいよ?」
「えー、そうなの? めっちゃお利口じゃん!」
「大人しい子だね。人慣れしてて」
女子生徒たちがその場を離れるのを待っていたのだが離れる気配がない。
一旦教室に戻ろうかと思ったその時、一人の女子生徒がこちらを振り返った。
「あれ? 弓原くん?」
声をかけてきたのは一学年上の
出身中学校も一誠と同じだ。
「白川先輩、どうも」
「
彼女の友人の一人が尋ねる。
「うん。同じ中学の後輩なの。
紹介された一誠は軽く頭を下げる。
「先輩たちは何してたんですか?」
「噂の猫を探しに来たの。なかなか見つからなくてやっと会えて」
「ああ、そうだったんですね」
一誠はちらりと黒猫に視線を落とす。
自分が二日前に見た猫はこの猫で間違いない。
丸まってこちらをじっと見つめている。
「弓原くんも売店行って来たの? 私たちもだよ」
白川先輩はそう言うと手に持っていたサンドイッチを見せた。
「はい。俺も売店の帰りなんです」
同じように購入したコロッケパンと焼きそばパンを見せる。
「どっちも美味しそうだね。あっ、ごめんね。引き止めちゃって」
「いえ、全然。それじゃあ、俺はこれで」
軽く頭を下げてから、もう一度黒猫を見る。
猫は目を細めたままその場で丸まったままだ。
(まあ、後でいいか)
一誠はそのまま自分の教室へ向かった。
♢♢♢
紗玖乃は扉をノックする音で目を覚ました。
慌てて起き上がる。
「紗玖乃、起きてる? うどん作ったから持ってきたんだけど」
「今、開けるよ」
紗玖乃は起き上がると移動して部屋の扉を開けた。その瞬間、部屋の中に出汁の良い香りが広がった。ふっくらとした油揚げが見える。きつねうどんを作ってくれたらしい。
「具合はどう?」
そう言いながら机の上にうどんが入ったどんぶり
「大丈夫。明日は学校に行くよ」
「そう。それならよかったけど」
「うん。うどん、ありがとう」
食べ終わったらどんぶり鉢と箸を一階まで持っていくことを伝えると、母親は頷いて部屋を後にした。
紗玖乃が何気なくスマホの画面に視線を向けると、二件ラインの返信が入っていた。
差出人は香織と李奈。
二人とも紗玖乃の体調を心配する内容だった。
すぐにそれぞれに返信する。明日、学校に行くことも付け加えて。
持っていたスマホを適当に机に置くと、うどんを食べ始めた。
♢♢♢
「あっ、サクから返信きたよ」
李奈がスマホを手にしながら香織を見る。
「サク、何だって?」
二つ目のおにぎりを手にした香織が尋ねた。
「体調よくなったみたい。明日は学校に来るって」
「それならよかった。あっ、私にもラインきたよ」
香織も自分のスマホに視線を落とす。
こちらの返信にも李奈と似た内容が書かれていた。
二人でそんな会話をしていると、クラスの誰かの「猫がいる」という声が聞こえた。
香織と李奈も思わずそちらに顔を向ける。
顔を向けた先にはベランダがあるのだが、黒猫が窓を挟んでこちらに視線を向けていた。
窓に手を添えて、右に左に隅々にまで教室内に視線を走らせている。
まるで誰かを探しているような素振りだ。
やがて窓から手を離すと背を向けてどこかに行ってしまった。
「珍しいね。ここに来るの」
「ねー。もしかしてお腹すいてたのかな? 何かあげたらよかったなぁ」
李奈が自分のスクールバッグを探し始める。
「いや、さすがに餌付けはダメでしょ。他の子から聞いたけど、食べ物あげても食べないって話だよ?」
「えー、そうなの?」
バッグに突っ込んだ手を止めて李奈が顔を上げる。
香織は頷くと、そのまま続けた。
「まあ、お腹がすいてないだけかもしれないけどさ」
そう言うと、持っていたおにぎりを食べ始めた。
李奈もバッグから手を離して、売店で買ってきたパンを食べ始めた。
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