0/終わりの時

 時計の針が昼をまわり、周りの人達が昼休みに入るが、上司はあれから戻ってくる様子は無い。

(昼を取ったら戻ってくるだろう)

 そう思い、いつもの場所で別の部署の子と昼食を取ろうと席を立つ。

 お昼を買うためにコンビニに寄り、おにぎりと飲み物、そしてあの子が好きそうな甘いお菓子も買った。

 不意に空を見上げると雲行きが怪しくなっていた。

 社食で済まそうかと思ったが、とりあえずいつもの場所に急いだ。

 するとベンチで座っている見覚えのある姿が視界に入る。

(あ!)

 声をかけようとするが見覚えの無いもう一人の姿を見た途端、思わず身を隠した。すると話し声が嫌に耳に入ってきた。

「でさ、別の部署の子、口を開けば愚痴ばっかりでさ、こっちまで気分悪くなるの」

「食事くらいはさ楽しい話をしたいよね?」

「自分は悪くないみたいな態度してるけど、自分に非が無いなら上司の人もそこまで攻めない気がするんだよね」

「あ!上司よりその子の方が問題ってこと?あり得るかもね〜」


「なに、それ」


 手に持っていた袋が急に持てなくなった。

 後ろで何かが落ちた音がした為か、ベンチに座っていた二人がこちらに気づいた。

「あ……」二人とも驚いた顔をしてこちらを見ている。

「え?もしかして、あの子?」


 足も手も震えている。動悸が早くなる。


「ち、違うの!別に叶絵の事を悪く……」

「やめて……」


 声まで震えてる。


「叶絵!!!」


 私は走り出していた。

 何も考えずにただ走り続けた。

 靴が片方脱げようが、足がもつれて転けようが、ただただ走り続けた。

 雨の匂いがし始めると、ポツポツと顔や頭、地面を濡らす音がした。

 何時間掛かったのか分からないが、息を切らしながらも自宅に着いていた。

 カバンから家の鍵を取り出そうとするが、手が震えて上手くいかない。

 しばらく自宅の玄関前に座り込み、息を整える。


 最悪だ。今日は一番、生まれてきて最悪な気分だ。

 雨に濡れていたせいなのか、自分が泣いている事に今更気づいた。

「うっ、うぅ!あぁ…!ああああーーー!!」

 思わず声を上げて泣いてしまった。周りを気にせずむせる様に泣いてしまった。


 しばらくして家の玄関を開けると、湿気くさい。

(あぁ、そうか、私がくさいのか。はは……)

 片足だけの靴を脱がないまま部屋に入ると、倒れる様に横になる。

(もう何もしたくない。生きるのが辛い。楽に、なりたい……)

 頭の中はそればかり。生き甲斐も無ければ趣味も無い。何のために生きているのかも、分からない。

 私は倒れた体を起こし、カーテンレールにタオルを結んだ。丁度首が掛かるくらいの穴を空けて。

 足が届かない事を確認して、その場にあった椅子を近くに置いた。

「……何してるんだろう、私」

 自殺なんて、馬鹿らしい。

 そう考えていた頃もあった。

 でも、今生きていても辛いだけ。

 死にたくは無い。でも、生きていたくも無い。

「辛いよ……苦しいよ。……誰か、助けて」

 また涙で前が見えなくなった。

 すると突然、後ろから強い風が吹き出した。

「!!な、何?!」

 後ろを振り向こうとするが、風が強すぎて振り向く事も目も開けられない。

 しばらく耐えていると風は止み、目を開けると、目の前には青空と草原が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る