僕と彼女

ネオン

屋上にて

——空を飛ぼう

少年はなんとなくそう思った。




少年は今朝なんとなく空を飛びたいなあと思ったから夜にとりあえず屋上に行ってみた。

辺りは薄暗くなってきている。

その時間を選んだ理由は至って単純だ。

少年はこんな時間にここにくる人はまずいないだろうと思っていたからだ。

この場所は元から人通りが少ない場所である。

さらに夜となれば人はほぼ通らないであろう。


…しかし、屋上には先客が居た。

正確に言えば、“人”はいなかった。

たしかに人は居なかったのだが、人の形をして蝶のような形のほんのり桜色に色づいている美しい羽の生えた少女が居たのだ。

その羽は誰もが見惚れてしまうような、言葉を失うような美しさを持っているように思われる。



「ねえ、君は何しにきたの?」

少女は少年に淡々と話しかけた。

特になんの感情も感じられない声だ。

「空を飛びに来た」

少年も淡々と答えた。

こちらも特になんの感情も感じられない声だ。

2人ともあまり感情が表に出ないようだ。

「どうやって?」

「そこの端から飛ぼうかと考えてる」

「それ飛ぶじゃなくて落ちると言うと思う」

少女はぼそりとそう呟いた。

少女の言う通りである。

「自分の中の飛ぶの定義は地面から足が一瞬でも離れていることだから飛ぶで間違ってない。それに、人間は空中に浮くことは出来ないから。」

「ふーん」

少女は興味なさそうにそう答えた。

「君は羽生えてるけど飛べないの?」

蝶のような形をした大きな美しい羽を使えば今にも飛べそうに思われる。

「できるけど、疲れる。面倒。」

少女はあまり飛びたくないようだ。

「へー、飛べるんだ。じゃあ飛んで。」

少年は少女の話を聞いていたのだろうか。

少しの沈黙。

時が流れる。

ついに、少女が動いた。

ピョンッという効果音がつきそうな動きだった。

…軽くジャンプをしたのだ。

「飛んだ」

「いや、飛んでないけど」

「だって君が“ 飛ぶの定義は地面から足が離れていること”って言ってた。」

「…確かに。…じゃあ、羽使ってとんで」

少しの沈黙。

「はあ…」

少女は少年は自分が飛ぶまで諦めないだろうと察したのか、はたまた、言い合うのがめんどくさかったのだろうか。

ため息をつくと同時に羽が動いて少女が少し浮いた。

わずか数秒であった。

「本当に飛んだ。」

少年の声からはなんの感動も感じられない。

彼は彼女に飛べと言った張本人である。

「…。なんで飛ばせた。」

少し不満げな様子である。


「ねえ、此処から飛んだらどこに行くと思う?」

少年は屋上の端の方から地面を眺めている。

「地獄」

間髪入れずに答えた少女。

「…そう。そういえば此処にくる人っている?」

「たまに」

「何しに?」

「地面にダイブ。または私の姿が見える人はほぼびっくりして逃げる」

「君の姿って見えないの?」

少女は少し考えたあとこくりと頷いた。

どうやらほとんどの人は少女を見ることができないらしい。

「幽霊?」

「わからない」

すると、少女は少年に右手を差し出して、触って、と言った。

言われた通り少年はその右手を左手で触ろうとした。

しかし、触ることは出来ず少年の左手は少女の右手をすり抜けた。

「触れないのか」

しかし少年の声からは驚きは感じられない。

「うん、見えても触れない。」

「へー。いつから此処にいる?」

「昔。あんま覚えてない。」

「昔のこと覚えてないの?」

「記憶が曖昧。でも…」

少女は何かを言いかけた。

「なに?」

少年は少女に問いかけた。

少女は逡巡したあと、

「このペンダントが大切だってことはわかる。」

ポケットからペンダントを取り出してそう言った。

銀色で鳥籠のようなものが付いているペンダント。

その鳥籠の中には桜色の玉が入っているように見える。

「そうなんだ」

少年はそれだけしか言わなかった。

「…取らないの?」

少女は少年にそう問いかけた。

「なんで?」

「この前、私が見える人が来た。その人、私見ても怖がらなかった。その時私はこれを首にかけてた。その人がそれ見せてって言ったから首から外して見せた。…そしたら逃げた、ペンダントを持ったまま」

「どうやって取り返した?」

「…この建物の出口に先回りした。で、その人が出てきたらとりあえず鳩尾を殴った。で、取り返した。」

「触れないんじゃないの?」

少女は人に触れないはずである。

「私もなんで触れたのか不思議に思った。だから、もう一回その人に触ろうとした。でも、触れなかった。」

それを聞いて少年は少し考えた後、そのペンダント貸して、と言った。

少女はなんの抵抗もなくペンダントを少年に渡した。

少年はそれを受け取ると、それを首にかけて少女に触ろうとした。

「触れた。」

少年は少女に触れる事が出来たのだ。

「ほんとだ。」

少女が反応すると、少年は少女に触れている手を離した。

「このペンダントを持っていれば君に触れるみたい」

「そうなんだ。」


「……そういえば、君は空を飛びにきたんじゃないの?」

少女は少年にそう問いかけた。

少年は一向に飛ぶ気配を見せない。

少年のここへ来た目的は空を飛ぶことであったはずである。

「やめた」

少年は少し考えた後、そう答えた。

「なんで」

「なんとなく。強いて言うなら気分。」

「ふーん」

「ねえ、君、僕と一緒に来て」

唐突に少年はそう言った。

「なぜ?」

「最近つまんないし。君といると無駄に笑わなくて良い。楽。君も無駄に笑わないから周りの奴らみたいに鬱陶しくない。あと、気分。」

終始2人は無表情で、淡々と話していた。

どうやらそれが少年にとって楽だったようだ。

「良いよ。暇だし。」

少女は拒まなかった。

「わかった。…このペンダント返す。」

そう言って、少年は少女に首にかけたまんまのペンダントを返そうとした。

「返さなくて良い。私、そのペンダントの場所なんとなくわかる。だから、持ってて。君のこと探す手間が省ける。」

少女はそう言って少年がペンダントを返そうとするのを止めた。

「わかった。いいの?」

このペンダントは少女の大切なもののはずである。

「無くさなければ」

「無くしたら?」

「呪う」

即答。

「…呪えるの?」

「わかんない。」



辺りが真っ暗になってきた頃

「そろそろ帰らなきゃ、付いてきて。」

時計を確認すると、そう言って少年は少女の返事も聞かず歩き出した。

少女もその後ろに付いて歩き出した。




屋上にて始まる二人の日常


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