十話『幼なじみと安眠』
楽しそうな笑い声が聞こえる。
あはは、あはは。
きゃっきゃ、きゃっきゃ。
「────何処見てんだよ■?▲」
父親の声が聞こえて、あたしは体を強張らせる。
ぐるぐる。ぐるぐる。笑い声が頭のなかを巡っている。
見上げた先であたしの何倍も大きな父親があたしの事を見下している。おかしいな。父親はこんなに大きくはない筈なのに。
それと、あたしは平乃だ。■?▲────ノイズが走ったようにその名詞がちゃんと聞こえなかった────ええ、ちがう、お母さんじゃない。
「ダメだろ勝手に何処かに行ったら……さ?」
「っぐ……」
「またどっか行っちゃうかもしれないし、そうだなぁ……」
また殴られた。ぐしゃりと床に倒れ込んで動く気力もない。そりゃそうだ、ここ数日父親の目を盗んでしか、物を食べていない。起きている間、この物置から出ようものなら殴られて引き摺り戻される。
あーあ。あたし、なんでこんなことになってるんだろうな。お母さんが居なくなってから、いや、それよりも前から、……そもそも最初からこの男はおかしかった。
たぶんそうだ。そうだとおもう。ずっとそうだったはずでだから……えっとなんだっけ。
くすくす、あははは、あははは。
ここではない何処かから笑い声が聞こえる。そうありたかった場所から、あの笑い声は、あたしの声……?
どうも、耳障りな笑い声はべったりと頭からはなれてくれるつもりはないらしい。あははは、あはひゃびゃ、と気がおかしくなってしまいそうな。肩を揺らして、笑ってしまえば楽になるだろうか。
……いや、いけない、そうしたらおかしな人みたいじゃないか。
いやもうすでにあたしはおかしく────ピンポーン
「────おーい!!!! 平乃!!!! 居るかー!!? 居たらでてこーい!!!」
「あ? ガキ……? 平乃って誰の事だ。なぁ■●▲?」
外から聞こえた肉声。間違いなく、みーくんの声だ。
あたしはそう確信して、脳内で歯車がかちりと合う感覚とでも言うのだろうか、それを感じて、同時に思考が一つの答えを弾き出した。
「えぇ、誰でしょうね、あなた?」
「……冬乃、お前!!」
あら、今度はノイズが走らなかった。そうだった。お母さんの名前、冬乃って言うの。なんで忘れていたんだろう。
って、感慨に耽っているばあいじゃないね。平乃を守らなきゃ。
「とりあえず、その、お恥ずかしながら、今手が離せないの。あなた、言ってきてくれるかしら?」
「おう、出るんじゃないぞ?」
たぶん、お母さんこんな口調だったわね。はいはいと雑に言い返すと目前の男は気持ちの悪い
…………。
「あれ。えっと……?」
手が離せないって、そんな理由で通じるのね。こいつはもう普通じゃないんだな。
暗く嗤ったあたしが、そんな男の背中を見送ってから何かに惹かれるように足音を殺してキッチンへと向かって雑に放置されたまな板とそこにあるものへと手を伸ばして────
────耳障りな笑い声はもう聞こえなかった。
◆◆◆◆◆◆
最悪だった。
今もまだ、夢の感触が残っている。どうして最近はそんなに酷い夢を見るのだろうか。あれか、家で寝てないからだろうか。
ここは何処だと見回すと、見覚えのある顔がにゅいと視界一杯に広がっ「ぅわぁ……みー、み、美都?」
「そうだよ、昨日凄く魘されてるってんで電話が来たんだよ。で、魘されてるなら平乃の家に連れていくのもどうかと思ったから、こう」
「ぁ……それであたし、美都の布団に寝てたの?」
「一応ベッドはそうだけど布団来客用に変えてるからね。それに父さんもいる」
「細かいことはいいじゃん」
美都のパパが居ても居なくても、別に美都の事は信頼しているからここで寝かされたことに起こる予定は金輪際ない。
ただ、布団からは微かだけど確かに、押し入れの匂いがした。だからほんとうに来客用に出した布団なんだろう。別に美都のでも構いはしないのに。
「ていうか全然記憶ないんだけど、どうやって連れてきたの?」
「ん? あー、父さんに車出して貰った」
「……そこまでしなくても」
「いや、鶴来先輩の話だと『目を閉じたまま夜間鍛練してた門下生を百人斬りした、迷惑だから連れてけ』とか何とか言ってたし」
「えっ、あたしそんなに寝相悪いの!!?」
「勿論嘘だよ」
「美都!!!?」
「まあとにかく、まだ午前三時だ。丑三つ時だ。寝ておきなよ、悪夢見るって言ったってここなら大丈夫だろ」
「大した自信じゃん、何処から来るの? その自信」
「まずこの落ち着く香りがする香炉、次にラベンダーの香りがするあったかいアイマスク、そしてこれが睡眠導入にぴったり、ゆったりとした音楽を聞け。音質に拘ったイヤホンと……あ、喉乾いたっていうならハーブティーとかもあるし」
「えっ、あっ、え?」
「まあ、これだけあって寝れないっていうならまだまだあるよ? あんまりお勧めはしないけど抵抗するなら無理矢理寝させる手段もあるし」
「美都……正気?」
「失礼な、俺はいたって正気だよ」
そう言いきる美都に、あたしは呆れた。
なんてやつだ。こんなにしてもらっておきながらあたしはなんにも返せていな「とりあえず、変なこと考える前にアイマスク」
「ほきゅっ!?」
「イヤホン」
「んっ」
「────」
「ぐぅ」
すぐ寝た。
そんでめちゃくちゃ翌朝の寝起きが良かった。
偽装カップルと幼なじみ リョウゴ @Tiarith
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。偽装カップルと幼なじみの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます