八話『偽装カップルと果たし状』
「なあ平乃? どうして急にバイトしようと思ったの?」
「…………んー、ひみつーっ」
両手の指を絡ませて恥じらうようにえへへと笑う平乃。
俺はそれでは納得できずに追求しようと思って口を開いた。
「あー、そっかぁ」ニッコリ。
◆◆◆
…………以上、回想終了。なんだ国本美都、最後の笑顔きっも……大丈夫か??? だめかも。だめです。
「美都くーん、おーはよっ」
「……」
悩んでいても時間は止まらない。足だけは止めないように通学……未だに刃物、包丁恐怖症の平乃が、飲食店でバイト……?
「あれから平乃の様子はどう?」
「……」
平乃はああ見えてかなり繊細だ。今の外面がちょっとばかり分厚いだけで。あいつはもともと、人見知りもするし、よく泣くやつだった……今は全く違うけれど。
そんな平乃がクレーマーが日常茶飯事な接客が出来るだろうか。いや、俺が守ればいいのでは?
……無理があるな。いつでも同じ時間にシフトに入れるわけじゃない。店に張ってるのも迷惑だ。第一まだ入ると決まったわけじゃない。
どうにか入らせないように説得を……──平乃の邪魔をするのか? 俺が。
いや、これは間違いなく平乃のためになる、筈だ。だってまだ────。
「あのー。おーい? 美都くん? ひょっとして寝てる? えいっ、えいやっ」
「……っ、っふぐぇ」
学校到着。正門をくぐ……あれ……脇腹痛ぇ!!!? 何で!!!?
「もうっ、美都くん何があったの!? 脇腹どついても全然反応ないしっ!!」
こらこらどつくなどつくな。
「ああ通りで痛いと思っ……」
………えっ。どついたんです? 何で?
「それは、ほら……その……ね///」
なんで照れるんですか。
「それで美都くん、変だけど何かあったの?」
スッと真顔に戻る宝田さん。平乃の事を言うか少しだけ迷ったが、俺以外の人から見て今の平乃はどうなのかが気になった。
「……平乃が俺のバイト先の面接受けてた」
「バイト先……須智佳が言ってた、たしかファミレスだっけ?」
「そうだね」
「それが、なんでだめなの?」
「あー、えっと…………包丁恐怖症、だからかな?」
「……ほーちょーきょーふしょー」
宝田さんにしては珍しく、間の抜けた言い方だった。
「刃物恐怖症……って言ってもいいのかな要はトラウマだよ。ちょっと前に包丁でざっくりやっちゃって。それからもう包丁見るだけで手が震えたり、幻覚見えたり、吐き気がするんだって」
「そうなの……? あ、だから去年、家庭科の時休んでたのかぁ……」
そもそも高校はまだ家庭科で料理はしてないので中学の話だ。
俺は知らなかったけれど、信用出来る話だ。中学の担任にはうちの親父が説明していた筈だし。
「……それだけやばいなら言ってくれれば良かったのに」
気にかかっては居たのだろう、宝田さんが少しだけ表情を曇らせた。
やっぱり言ってなかったか。じゃあ、例え聞かれたとしても平乃は言わなかっただろう。
例えどれだけ仲が良くっても、どれだけ追及しようとも意固地なあいつはこれが最善と決めて、口を割らない。
そもそもそれらの恐怖症の説明をしたところで、何故と追及されようものなら答えに窮するのは容易に想像が着くからな。
だって────。
「…………ん?」
下駄箱を開けた。ヒラリと下駄箱の扉から封筒が落ち、宝田さんが空中でキャッチする。
「なにそれ」
「むむむむぅ……もしやこれ……。美都くん!!」
「ハイなんでしょうかっ!?」
「心当たりはあるかな!!?」
……何の、だろうか。妙に焦っているので、宝田さんはその手紙がなんなのか思い当たっているのだろうが、俺はさっぱりだ。
……あ、果たし状か?
「…………開けるね? えー、なになに? …………ゴミ箱何処か知ってるかな美都くん??」
「いきなり捨てるの!?」
「だってこれ果たし状だって書いてあるもん。物騒じゃん、こんなの見なくていいよ、なんか果たし合いがどうとか書いてあるし、送り主書いてないし、なんか嫌だし、ほら、捨ててもよくない?」
「良くないね?」
にしても、予想が当たったらしい。読ませて?
「………………はい」
渋々と手渡された手紙を読m……筆で書かれている文字が猛烈に潰れててて読めなかった。
辛うじて『果たし合いを望む』というデカデカとした文字列は読めたが……墨の量もそうだがそもそも力みすぎだ。読めたものではない。
「────どうだ国本美都!!」
「あ、鶴来先輩……の偽物」
ズササーッ!! と廊下をダッシュして現れたのは先日の先輩だった。彼女は息を切らしながら重そうな胸を腕で支えながら叫んだ。
「偽物ではないッ!!! ひょっとして中学の頃と体型が違うことを言っているのではないか!? 確かに、その、多少な、太ってしまったが……成長の範疇だと思うぞ!!」
性転換が???
……いや、ひょっとすると性転換することになんかこう、深い事情があるのかもしれないが、太ったって胸がですかね。突っ込まないようにしよう。
宝田さんが果たし状を手に笑顔で先輩に歩み寄っていく。
「鶴来先輩」
「うむ、なんだ!?」
「うちの私用探偵に調べてもらいました。中学の部活で剣道をしていたようですが、大会出場の際必ず男性として申請してたようですね。何故ですか?」
宝田さんが聞いた。鶴来先輩は何故か満面の笑みで答えた。
「なんのことはない! 顧問に頼まれたからだな!! 腕を買われたのだが、今思い出しても少し胸が窮屈で大変だったぞ!!」
「そうですか、たいした理由ですね」
宝田さんは振り返り──気のせいか?──皮肉な笑いを浮かべたように見えた。
おや? 普段の宝田さんにしては珍しく悪感情が顔に出ている……?
「…………それは私が一晩徹夜して誠心誠意心を込めて書いたのだぞ、何故貴様が持っている?」
「私の彼氏なのでっ!」
「…………説明になっていないぞ」
「彼、少し自分の事に鈍感なので分かってないかもしれないんですけど……まあ、端的に言うと私より弱い人が手を出さないで、ですかね!?」
「……ほう? 自分は強いと、そう言っているのか?」
「それ以外に聞こえますか?」
────宝田さんがあからさまに怒ってらっしゃる。
珍しい。……あ、昨日の罠とかあるもんね。いやにしてもなんで落とし穴に落ちたら亀甲縛りになるんですかね……マジで酷いと思う、怒るわ。そもそもどういう原理でああなるんだよ。
「これでも我が剣道部は県内屈指の、」
「あ、一人じゃ自信がないんですか?」
「……それは私への宣戦布告だと取るが」
「ええそう取っていただいて構いません────美都くんは渡しませんから……!」
そう言って宝田さんは果たし状をバックから取り出した紙袋に突っ込んだ。それから手をぱしぱし払って何故か俺の腕へと腕を絡めてきた。
「そうか、しかし剣道部には国本美都のような人間が必要なのだ。分かってくれるな?」
「いえそんなの知りません。こう言うのは本人の意思が大事で、本人が未だに帰宅部であることが答えなのだと思うのですが分かりますよね? さてじゃあ美都くん、そろそろ行こう?」
一方的に言い切った宝田さん。愕然として固まる鶴来先輩の横を、俺は腕を引かれて引き摺られるように通り過ぎていく。
◆◆◆
「あの、宝田さん」
「…………なに、言いすぎとか言うんだ確かに言いすぎちゃったかもだけど、ほら、実際部活なんか始めたりしたら時間取られちゃうじゃない、だいたい鶴来先輩の目つき、なーんか下心あるような気がするんだよね……だからこう……彼女としては許しがたいっていうか、はい、その、すいません……」
「いやその、腕、めっちゃキマってる」
「あっ、ごめんなさいっ!!!」
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