六話『幼なじみと剣道女子』
────目を開けると、暗闇にあたしは居た。
暗闇からわずかに光を映した目が私を覗き込んできていて、後退ろうとしてそれが出来なかった。体がなにも言うことを聞いてくれないのだ。
まるで自分の身体じゃないかのように口は動かず、目も動かせず、手足、更には呼吸の感覚すらずれている感覚に陥っている。苦しい。
『おい、お前。今日は何してた?』
質問だ、私の頭よりも高いところから振り下ろされる言葉に、その威圧的な色に身震いした。
聞き覚えはある。十年以上この男と生活を共にしていたのだ。忘れたくても忘れられない。
『えと、っ────』
ぼごん、と殴られた。私の身体は想定はできていたらしく身をかたくして受けた。
暗い部屋とは言え、避けようと思えば避けられるし、反応が遅れても勢いを殺すように後ろに倒れ込むことは可能だったが、それは出来ない。
そもそも私の身体は私の意思で動いてくれないし、何より反射でそう反応するほどに頭に、体に刻まれているからだ。
『よーし、偉いぞ。逃げたらもっと痛いってよく分かってんだな』
そう言って、その男は私を殴った拳をふらふらと振った。殴って痛いなら殴らなきゃ良いだけなのに。自分勝手にけらけらと笑ったその男は次にこう言った。
『口答えすんな、っていつも言ってたよな? で、今日お前は何処で何してた?』
『…………』
黙っていたらお腹を殴られた。そのリアルな感触が、気持ち悪くて、私の身体は蹲り、口から胃の中身を吐き出そうとしてなにも出さずにえずいていた。
『なぁ? 話聞いてんのか? お前、今日学校休んだんだってな? 熱もないのに、よぉ??』
踏みつけられた。蹴られた。
休んだ理由はなんだっけ。
そうだ、痛かったんだ。
何処が、だったかなぁ。
でもお母さんが死んでからずっとそうだったしわかんないや。死ぬ前は、お母さんがかばってくれてたけど。でも、それからはずっとあたしが。
そんな毎日で、助けて、と宛もなく思っていた。浮かぶ顔は────くらいしかなかったけど彼に助けて貰うのは無理。だって助けてほしかったけどあの人はちょっと遠い市立中学に通っているからで。こんなあたしにかまってくれるわけもでも痛いな。痛い、こんな日は嫌だな、助けてほしいなってただ蹴られるのを耐えるしかなくて────
◆◆◆
寝て起きたらもっとダメになっていた。
帰ろう。
「────次こそは、国本美都を剣道部へ勧誘してやる……勿論正当な手段を使ってだ。売り込んできたから使ってみたものの顔面どおり不思議な奴らだったな穴堀同好会とやらは。双子だったし。うむむ。今回は外道な手段を図らずも取ってしまったが、しかぁし!!国本美都を諦められるわけもない!!」
「そうなんですか?」
ぼんやりと歩いていた廊下に、美人さんを見つけてしまってつい口に出してしまった。美都って言ってたし。
「ああ、そうだ。あの男は光るものをもっている! 物理的に光っているんじゃないかってぐらい輝いているのが分かるか!?」
「え、物理的に……? あー、そうかも?」
たまに直視できないときあるよね。うんうん。そっか実際に光ってたなら納得だ。
「だろう!!? 他の誰に言ってもだーれも!! 同意してくれなんだが分かってくれたか!!」
ぎゃむ、っと手を握られた。その握力があまりにも強すぎた
「ちょ、握力、つよっ」
「すまぬ、少し……嬉しくてな」
────少しではなくない?
赤くなった己の手を見て、そうは思ったが口には出さない。
「しかし……どうするべきか。正攻法、つまり正面から国本美都の教室へ突撃、名乗った後に果たし状を」
「果たし状……?」
「む? 果たし状は正攻法において最適だぞ!!」
自信満々だった。
「いや、うーん、あたしの常識がないだけかも」
「そんな事はないだろう、自信をもて!!」
……そっかな? そうかも。そうやって無理矢理振る舞ってる自覚はある。じゃなきゃやってられないし。
……おっと、思考がよくない方向に流れてるなーっ!? うむぅ、調子が良くないなぁホントに。
「さて、そうと決まれば早速用意だ!! 一筆したためてくるぞ!!」
「お、おぉ、頑張って下さ……あぁ、行っちゃった。誰だか分かんないけど、でもそっか、そういう風に見えてるんなら……やっぱり美都、部活やってた方がいいよね。うんうん」
そこで、あたしの脳裏に電撃走る。これは偽装カップルを思い付いた時と同じ感覚!!
「あっ、良いこと思い付いちゃった……! こうしちゃいられない!! うおおおおおおっ!!!」
急に思考がスッキリした気がして居ても立っても居られず、あたしは走り出……おっと廊下は走っちゃダメだぞ?? 早歩きだ!!
────でもどうしてか、胸の奥に感じていた苦しさは晴れてはくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます