五話『偽装カップルと名前呼び』
「────またつまらぬものを斬ってしまった…………ふふ、どうだ? 拘束だけ的確に切り刻むことも私には容易い」
宝田さんを縛る縄を粉微塵に叩き斬った先輩は恍惚な表情を浮かべて黒く輝く刀を腰の鞘に仕舞い、俺の方へと戻ってくる。
その台詞服まで斬ってるやつじゃない!? 大丈夫!?
まじまじと宝田さんを見る。服まで斬られてたりはしない、はずだ。
もしそんな事をした場合この場にいる人間全員に記憶が消えるまで殴られて貰う。勿論俺も例外ではない。
俺を信用してくれている平乃の名に誓って全員宝田さんの肌を見た記憶を欠片も残すわけにはいかないんだ……!!
「さて、今回こういう場を半ば強制的に設けたのは他でもない大事な理由があるのだ。国本美都、それはなんだと思う?」
「剣道部の勧誘」
「そうだ剣道部の勧誘だ……っ!!? 何故分かった!!? まさか、心を読めるのか貴様!!?」
まさか。簡単なことだよワトソンくん。
俺は自信満々に言い出そうとしたものの、キラキラとした鶴来先輩の目を直視してこれから言い出そうとしたことのしょうもなさに勢いが消滅。
「……そりゃ、それ以外に接点がないので……それしかないと言いますか」
「なるほど、頭良いな貴様!!?」
平乃ぐらい純粋だったら『どや』ってたかも知れない。うんまぁ悪意はなさそうだけど褒められるようなことではないかな?
……行動の端々から全く裏を感じられない。こうしたいからこうしている、というのがありありと分かる。
分かってしまうからこそ。
「で、なんでこんな罠にかけてまでそんなことを?」
「罠?」
「落とし穴は罠でしょう? 事実不意打ち気味にここで拘束噛まされてるわけですし」
「うむ……それはだな。あやつらが、?」
振り向く鶴来先輩はその背後に髭面の二人組が消えていることに漸く気付いたようで、もう一度俺に向き直る。
「もしや、……迷惑だったのか? いや迷惑であろうな? 詫びはいるだろう? あやつらが勝手にやったことだ。あやつらの首を差し出せば許して貰えるか……?」抜刀。しゃきんっ。
「ステイッ!!!?」がばっ。
「ほにゅわ!!?」びだんっ。
俺は抜き身の日本刀をもった鶴来先輩に後ろから飛びかかった。今にも追い掛けて走り出さんとしていたからだ。
「はなせっ! 首を狩るだけだ!! それだけだぞ!!」
「それがダメだって言ってるんじゃないですか!!!」
「じゃあ腹切るぅ!!! 切腹う"う"う"う"っ!!!!」
「ちょっ、やめ、ねぇ!! 珠喜助けて!!!?」
「束縛されてまーす」「「
ああそうだった俺しかほどいて貰ってないや!! 宝田さん!! 宝田さーん!!! 助け───
「────いい加減抱き付いて貰おうとして切腹しようとして貰うのやめてもらって良いですか私の彼氏なんですよその人」
「「…………」」
底冷えするような声だった。
鶴来先輩は刀を傍らへ起き、正座。俺も刀を挟んで反対側に正座。あっ、宝田さんが刀を持ち上げた。そして刀があったあたりに真っ直ぐ振り下ろした。
床に消して浅くない傷を残して突き刺さる刀。ぱしぱしと手を叩き、宝田さんはにっこりと笑った。そして刀の腹を蹴った、刀身が歪む。
「…………こんなもの持って……危ないじゃないですか、ね?」
俺達は圧に呑まれて土下座した。
彼女はずっとにこやかに笑っていた。
◆◆◆
宝田さんから一通り説教を食らった後『明日来るからな!!』と先輩は歪んだ刀を抱き締めて何処かに行ってしまった。それを見送ったあと三人のストーカーの拘束をほどきつつ、俺は宝田さんは絶対怒らせないようにしよう、と決心した。
「────美都くん?」
「うぇっっはいぃ!?」
つい、そんな事を考えていたから変な声を上げてしまった。当然宝田さんは怪訝そうにこちらの顔を覗き込んでくる。
「…………どうかした? 美都くん」
宝田さんの整った顔が眼前に。吐息が掛かるくらいに近付いて固まった俺を見てか、少し顔を離してくすくすと笑っていた。
そう。俺は固まっていた。呼吸も忘れて、彼女に見入っていた。その事に遅れて自覚する。
……落ち着け。宝田さんはさっき巨乳ガン見していたことがバレてて怒られるかとビビってたなんて思ってないから。ないよね?
「──っえーと、そうだ、呼び方変えた?」
「その……一応付き合ってからちょっと経ってるのに苗字じゃよそよそしいかと思って。変えてみたけど、だめ?」
「え、いや……そういうもの? 」
「そういうものだよ、ふふん、そーいうものっ」
気のせいだろうか。宝田さんの雰囲気がいつもより数段柔らかく思えた。いや気のせいだろう。
にしても、そういうものなのか。
………………。
「希「えふっ」……さん」
────宝田さんは何もないところで足を踏み外してすっ転んだ。
えふっ???? えふってなんですか?
「…………ふ、いうちは卑怯だよ……」
不意打ち? 何が?
「ぐぅ、な、何でもないのだよっ!!!」
あ、走ってった。
「おい美都」
「なんだよ珠喜」
「取り敢えず殺す」
「なんでさっ!!?」
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