三話『偽装カップルとハンバーグ』


「──ひらちゃんひらちゃん、じゃーん、みてみて、新しいひらちゃんのお洋服~」


「……ぇ」


 目の前にの母親が、ふわふわした笑顔を浮かべながら今のあたしの体には入らないくらいの大きさの白いワンピースを広げた。


 楽しそうな母親。その姿にぼうっとしてしまったけれど、母親が発した大きな声に、遅れてあたしは慌てて母の口を塞ぐ。


「ッ、そ、そんなの、パパに聞かれたら!!」


「もがもが~、お父さんなら今いないからなんにも心配はいらないわよ~?」


「え、……ほんとに?」


「お母さん嘘つかないもんっ……あれ、ひらちゃんなんでそんなに怯えてるの?」


「……だってパパが、ッ」そう言っておかしなことに気が付く。


「どしたのひらちゃん。服気に入らない? じゃあおひるにする? 今日はねーっ、あたしの腕によりをかけて作っちゃうよー、ハンバーグ!!」


 


「ううん、気に入らないなんて、そんなことないよ!?」


 あたしは慌ててお昼ごはんの並ぶテーブルへと駆け寄る。ハンバーグだ。母親の得意料理。よく食べたなぁ。そう思うと同時に、強烈な違和感を覚えているあたしの手は動いてくれない。


「────ただいま」


 渋い男の声だ。その声を耳にした途端、あたしの身体がぶるりと震えた。


 私たちの前に、その男が姿を表した。母親は屈託のない笑顔をその男に向けて────。


「あら、おかえり。あなた?」


「ああ、平乃。元気にしていたか?」


 ………………ああ。








「……ゆめか」




 ◆◆◆国本美都◆◆◆


「みーつ!! 昼休みだぞっ!! 希ぃ……食堂行こうぜぇ……?」


 どごん、と背後から元気の良い声と体当たり。にゅいっと背後から顔を出すのは……平乃だ。今日も今日とてかわいい。


「こらっ、平乃! 国本くんが危ないからそういうのは……」


「危ないなら避けると思うよー? ね、美都」


「そういう問題じゃないよね、国本くん?」


 宝田さんが平乃を優しく俺から引き剥がすとニコニコしながら平乃を羽交い締めにした。


「うぅー、嫉妬ですかなー希氏ぃー??」


「平乃、今日なんか変じゃない?」


「変じゃないですぞぉ??」


 訝しげに宝田さんが平乃の顔を覗き込む。ちなみに平乃が背後から体当たりすることは分かっていた上で避けていない。避けていないんだけど……。


 今日の平乃はちょっとばかり距離感が近かった。宝田さんと偽装カップルの関係になってからこういうボディタッチは殆どなかったのに休み時間の度にタックルもとい抱き着いてくる。


 こうして現にどうやったのかいつの間にか宝田さんの事を後ろから抱き締めて……胸を揉みしだいている!?


「すきありっ」


「っ、ひ、ひらの、んひゃっ」


「くくくー、ここがええんかっ、ここがーっ」


「おい平乃」


 ……あー、たしかに変だ。激しいボディタッチは俺的にされると嬉しいけど、それをする本人が様子が変なことはよろしくない。


 俺は百瀬と合川の構えたスマホを狙って赤鉛筆を投擲してから平乃の耳をひっ掴んで引っ張った。おう構え直すな連写止めろやえっいや珠喜何故今連写!?


「……美都ぅ、耳、離して? おねがーい」


「先に平乃が宝田さんから離れなよ? というか昼御飯だよね、食べるんだったら早く行くよほら行こうすぐ行こうさっさと行け」


「命令形!?」


 というかほらそっちでガン見してる野郎共も散れ散れもう一発投げるぞ!? 投げた。当たった。ヘッドショット。転ぶ珠喜。


 ────あれはどうなんだ?


 そう言わんばかりに珠喜が指差した先、廊下に見覚えのない観葉植物の不自然に盛り上がった根本の土がキラリと光った。白浪さんが動揺した。そうかお前も。


「……最後にもう一揉みっ」


「っ!」


「ほわぎゃーっ!!」


 平乃は投げられた。


 ◆◆◆


 学校の食堂に来ました。合川百瀬他諸々の姿は当然……居た……ッ!当然のように人混みに紛れて堂々とスマホをこちらに向けている……ッ!!?


 最早見慣れた光景なので無視を決め込んだ。


 この高校にはあいつらみたいな変なグループが幾つかあって、やり過ぎた行動には制裁がどうとかで自浄作用が働いてるから多少は大丈夫だとか言っていた。珠喜が。


 でも彼女たちにとっては百害あって一利ありだろう。有害ストーカーだし。前の事件の活躍でギリギリ一利くらいギリギリ認めても良いだろう。


「まあ美都、あたしのお弁当、もったいぶらないで出してよー」


 席に着くなり平乃につつかれてお弁当箱を大小二つ机に出した。平乃の分デカいの宝田さんの分小さいのだ。


 中身は──。


「わぁ、ハンバー……グ……、!?」


 平乃がそれを目にした途端、みるみるうちに顔色が青くなっていった。


「わあ大きいねぇ。…………平乃?」


「……ぁあ……みーくんごめん、ちょっと今日は食欲が無いかも」


「ごめんな、平乃。食べとくわ」


 ────そういえばハンバーグはだったか。


 俺は平乃の弁当の半分だけ引き取った。平乃なら宝田さんの弁当分くらい体調悪くても食べようとする。


 のだが。


「……うん、悪いねみーくん……じゃなくて、美都……なんかダメっぽい」


「そか、じゃあ次の授業の時に言っておくから保健室で休んできなよ」


「……ん、でもそこまでじゃないっていうか……ただちょっと今だけな気が……ちょっと休んだら元通りだから……」


「でもじゃなくて。そんなこと言って平乃が無理に授業出る必要は無いんだよ」


 そう言い聞かせたものの平乃は首を縦に振らない。


「無理じゃないし……」


「顔色青くして言われても説得力無いから。ね、宝田さんも言ってよ」


「えっ、い、言われてみれば確かに顔色良くないし、体調悪いなら休んだ方がいいよ? 国本くんもこう言ってくれてるし」


 宝田さんの目からもやっぱりそう見えたらしい。俺の気のせいではないと言うことが平乃にも伝わっただろう、それからしばらく弁当に目線を落としていた平乃が弱々しい笑顔を見せた。


「んー……希がそう言うなら……そうしとく」



 ────それから昼食を手早く食べてお開きになった。


 ◆◆◆


 それでもあーだこーだと駄々をこねる平乃を保健室に送り、伏水先輩を無理言って呼び出して無理矢理寝かせた。


「国本くん、今日の平乃…………?」


 その問いの答えはYESだ。


 平乃は彼女の両親の事を引き摺っている。ずっと一緒の学校で仲の良かった宝田さんならその事も多少は知っているのだろう。


 平乃の母親が二年前に亡くなったことを。


 しかし、平乃が何処まで話しているか。


 どこまで宝田さんは知っているのだろうか。口振りからして、母親の事がトラウマになっていることは理解しているだろうが、


 その事を知らないということは平乃は言っていないということであり言わなかったという事で。だから俺はこう言った。


「勿論、出来る限りのフォローはしてくよ」


「……国本くんは平乃の事好きなの?」


「そうだね。…………ん????」


 今宝田さんから聞き捨てならない言葉を聞いたような。誰が誰を好きだって? 宝田さんは素知らぬ風に首を傾げた。


「え、やっぱりそうなんだ」


「………………ちょっとまってえっとまってとくとまって………………なんだって???」


「だから、国本くんて平乃の事好きだったんだ? って言ったの」


「どういう文脈でそうなったのか微塵もさっぱり分からないね??? なんででございますか???」


「え」


「え?」


 何故かそこで信じられないものを見るかのような宝田さんの目。


「………………日頃の行い、じゃないかなぁ?」


 そんな馬鹿な……!!? 俺が平乃を好きなことは完ッ壁に隠していたはずでは……いや隠す気はそんなに無かったけどさ。平乃の事が好きなのは事実だし、恥じるべきではない事だ。まあそう断言したことがある相手なんてヤーさんくらいだけど。


 だが、どうしてか。俺は真っ先に『どう誤魔化そう』と考えていた……というか誤魔化すべきなのか? いや、今から考えよう。


 俺は深々と考え。


「あの、国本くん?」


 考えて。


「国本くーん……?」


 考えた。


「……み、美都くん?」


 結果。


「………………まあその、あれだ、好きだよ、平乃の事」


 ドストレートに言った。


「そ………………そっかぁ、や、やっぱりそうだよねぇ?」


 それで宝田さんが微妙に震えた声でそう返してきた。


 どうしてか、何か間違えたような気がした。それで俺は話題を変えるべく、慌てて口に出したのは。


「そういえば宝田さんていつから平乃と仲が良いのか知らないんだけど」


「えと、それは、小学校の頃……」宝田さんの目が泳いだ「あれ、平乃じゃない?」


「え?」


「あれ、あれだよ! 平乃、さっき寝たばっかりなのになんで……?」


 宝田さんの指差す先、ふらふらと歩いている平乃らしき学生の後ろ姿があった。


「………………宝田さん。あれは平乃じゃない」


「えっ」


「上半身の傾きが3度、左にズレてる」


「さんど?」


「うん、3度、だから違う」


 宝田さんが『えっなんでそんな、きもっ』みたいな目で見てきた。


 なんでさ。事実だもん。確認する?


「平乃じゃないにして。じゃああの後ろ姿そっくりさんは何者?」


「さあ? でもふらついてるし、声かけてくるね」


「あっ、待って国本くん──っ!!?」


 そういって足を踏み出した瞬間廊下の床板が外れてその下へと落ちて─────えええ!!? 落とし穴ぁ!!?

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