二話『ヤーさん(身元不詳)』
「これは《勇者のつるぎ》だ」
「……いい年した大人が木の枝もって何してるんですかヤーさん」
「いやおいら的にラブコメの波動が弱まってる気がしてへんか? ってな。特にコメディや、コメが足りへん」
「……それ、元よりそんなに大きくないと思うけど」
なんなら若干ファンタジーに突っ込んでるような気までしてるよ俺は。辛うじてラブコメ、略して辛コメ。まあ現状平乃の脈の無さ的にかなり辛いからその通りだ。うん。その通りだ。つらたん。
「────美都、勝負や」
「なんでみんな見計らったかのように剣道の話を振ってくるの??」
「剣道? いや日本男児たるもの伝説の剣の一つや二つ拾うやろ? 試し切りもするやろ? な? 勘違いや。つーわけで、ほれ、これが美都棒……美都坊の分や」
「……うわっと……あれ今なんで言い直したの??」
ヤーさんはそういって腕ほどの長さの木の枝を投げてくる。危なげなくキャッチしたものの、すこし力強くなかった?
怪しむ俺の目線に気付いたヤーさんが木の枝を振り回して、その感覚を確認しながら言った。
「……ちと、美都坊の面見てたらムカついてな。なんでやな?」
「…………自分の教え子が女子にボコられたから?」
ヤーさんにはあの日の顛末をぼかしてではあるけどメールで伝えている。もちろん偽装彼女にボコボコにされたことも伝えている。
『軟弱者やなぁ!!?』とヤーさんから罵倒される様は簡単に想像出来たが、特に返信はなく。
「一本勝負、取り敢えずそうやな……一撃入ったらでええか。美都、行くで?」
「……っ!」
前提としてヤーさんは身長も体つきも、俺より一回り程度大き「言うなれば細マッチョやで!!?」割り込んできたけどまあ概ね言うとおりである。
鍛えてるのはたまに意味不明な全力疾走させられるときで分かっている。バカ速いからねこの人の足。
「大上段からっ」
まっすぐ振り下ろされる勇者の剣もとい枝。
「と見せかけてーっ!」
目前で反転、回し蹴りが飛んでくる。
「それは分かってた、ヤーさん!!」
「なにぃっ!!? ごふぁー!!!?」
俺は半身で蹴りを避けながら、おかえしとばかりにヤーさんの腹に回し蹴りを叩き込む。
……浅いか。ギリギリで下がったのか、手応えならぬ足応えが薄い。
だがヤーさんは腹を押さえながらよろよろと下がる。俺は駆け寄って肩を掴む。心配して……いや本当の事をいうと負けてないって言い出した場合の追い打ちのためだね。
下手な動きをしたらもう一発、と考えているとヤーさんが震えた声で。
「ぐ、さすが、美都……腕は衰えていないようやな……おいらも……鼻が、たけぇや……がくっ」
「や、ヤーさーんっ!!!?」
勝った。
◆◆◆
「つかどこ行ったんだ勇者の剣使ってないじゃん」
「そないな事言うたら美都坊かてそうやないか」
「蹴られそうだったからだよ。実際蹴ってきたし」
そういうとヤーさんはそうやな、と薄く笑った。
「……結局部活入らへんのか?」
「あー。もうすぐ六月だしバイトも忙しいから無理かなぁ、平乃の家もそうだけど、家も別に余裕ある訳じゃないから……」
「……赤城家か、あればかりはもうちょい、はよ動けとればまた違った形に……」
…………珍しい。ヤーさんがその話をするとは。
去年、赤城家で起きた傷害事件に関して俺はずっと一貫して同じ事を言い続けている。
「平乃を無事助けて貰っただけで十分です。大体あの野郎がああなったことは自業自得だし、ボコられたのは俺が弱かったからだし」
俺はぷらぷらと右手を振り、えいやっと左手に持った枝を階段の脇へぶん投げた。
「…………ま、せやけど、剣道に未練とかはあらへんの?」
「あー。……まあ、剣道は結局強くなるためにやってたから……お陰で平乃は無事だし、もうあの野郎はいないし。というわけでないかも。未練、ないね」
「そかー、美都坊がそう言うならそうなんやろな。ところであん時切られた腕は平気か?」
「良い医者だったんだろうね、傷口ざっくりいってたと思うけど痕がちょっと残ったくらいだよ」
袖を捲り、肘と手の間あたりに茶黒く一本線が入っているのを見せる。
「どれ、見せてみ……言うて結構はっきり残っとるやないか……」
ヤーさんが申し訳なさそうに目を伏せる。平乃も、似たような反応をする。
この傷痕は平乃を守れた証拠、平乃のために動いた結果で、俺の決断の結末だから誰も────
「……気にしなくて、いいんだけどな」
俺は、そう呟いた。
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