二章:偽装カップルと剣道部

一話『偽装カップルと早朝』

 鶴来つるぎ、という名前を初めて目にしたのは中学一年のときだった。


 他校の剣道部で一つ上の学年に強いやつがいる、とかなんとか。一人で五人抜きするだとか、一歩も後退した姿を見たことがないだとか、ちょっと調べただけでも信じがたい噂がボロボロと出てくる。


 細めな体格の割に剛の剣と呼ぶべき試合をする、そんなだった。


 そういう人が居た記録は見たし、聞いてもいる。中学の頃の俺は、二年の県大会の時は丁度個人戦で鶴来と当たる。が、その勝負の寸前、退。不戦敗。


 その後、結局勝負することはなかった。


 ◆◆◆


「その、ごめんなさいっ!」


「気にしなくて良いよ、うん」


「いいえ、謝らないと私の気が済まないから! ごめんなさい!」


「……いやほら、偽装カップルだとか言い始めたのは平乃だし。俺としてはこれくらい、いつもの事だから」


「それじゃなくて、その、催眠かかってたときにすごくぼこぼこにしたから、その事で、こうしてその、謝ろうとは思ったんだけど、プール掃除とか反省文とか、須智佳の監視の目が厳しくなったりとかそれだけじゃなくてゴタゴタしてて、その。こんなに放置してたら嫌われ、違くて、正式に頭を下げに」


 日も上がり始めたくらいのこんな時間に、家のインターホンが押されて、なんの事かとは思うだろう。


 表に出たらちょっとわたわたしたかんじの宝田さんが背後に喧しい探偵と菓子折りを携えてそこにいた。にしても前見たときより格段に静かに……よく見たら探偵の口に✕印のようにガムテープが貼られている。目は……ああ駄目だ、好奇心に満ちてる。うちの玄関から見える廊下の方を観察してるよ。大したものはないよ、単なる一軒家だぞ。


 あの事件きっかり一週間後の月曜日の早朝である。謝罪は一応メールでも貰ってるし、実際忙しそうにしてたし、なんなら別に全然宝田さんの事を気にしていないから今日来られてビックリしたほどだ。


 ……言ってて酷いような気がしたので前言撤回。でも一方的にボコられたのは俺が悪いので結局同じだよ。俺が、悪い。


 須智佳さんから菓子折りが押し付けられるのを無視しつつ俺は言い返す。


「だからそれ、全然気にしてないよ? それより寧ろ宝田さんの方こそ動画共有されて悪評が立ったりとかの方が大変だったりしない??」


「それは、うん、平乃の言うとおり、このまま、かゃッ、」


 ……噛んだ。


「か、カップル関係を偽装し続けていれば一応噂はなんか、こう、じゃれてただけ、みたいなのになるし……その、だから、えっと…………問題ないよ?」


 そういうものなのか? いや、間違いなく影口は増えると思うけど。陰口なんてどれだけ増えても良いものじゃないだろう。こういうのって、やっぱり俺が何とかしなければいけないんじゃないだろうか。


 ────ベリベリベリィ!!(ガムテを剥がす音)


「まっ、お嬢サマ的には棚ぼただと思いますよ体よくくっついていられます良い言い訳ですからねっ、よっ、ヒューヒューッ!! らぶらぶーっ!!!」


「……っ、須智佳!?」


 菓子折りを軽やかに玄関の奥へ投げ入れた須智佳さんが、宝田さんから逃げ出すように走りだし……て、あのー……俺の回りをぐるぐる周りださないで欲しい。


「ところで国本美都ニキやい」


「ニキ??」


「すーちーかーっ!!!」


「まーなんでもいーしょ。かわいいかわいい探偵ちゃんから一つ助言だよ」


「いやまずぐるぐるするのを止め、」


「昨日の敵は今日の友だよーあははは!! 君たちのところの会長、剣道噛ってたからねー」


「ん? なんで今剣道の話を?」


「なんでって、決まってるじゃん」


「このっ、須智佳、逃げ、はあっ、須智佳つかまえたぁ!!!」


「やーん、お嬢サマったらだいたーん──がごふっ!!?」


 あー、がっつり腰を腕でホールドして押し倒して肘鉄を腹に叩き込んでらっしゃる。容赦ありませんわ、日常的にからかってるんだろうなぁ。白浪さんが珠喜に向ける目をしてるや。こっわ。


「で、なんで?」


「えっ、ほぁ、いま、ききま、か?? スティーカちゃ滅茶苦茶えづいてるんだけ、ど!!?」


「副音声で喋ってる……」


スティーカ答えは簡単、次の話がちゃん剣道部絡みだからだよ……メタ、スティーカちゃん、つまりメティーカ、ちゃんまあ章題参照したら分かるよね……がくっ」


 ……ど、どう言うこと……??

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