三十話『偽装カップルのその後』
宝田さんとのデートから数日。
あの日のプールへの不法侵入は当然問題視された。内藤先生はなにやら処分を受けたらしいが、普通に学校で授業をしている辺りそう重くない処分だったのだろう。どんな処分だったかは、聞こうにも頑なに黙秘していると珠喜は言っていた。
会長、宝田さんはプールへの不法侵入に関して反省文を書かされていた。宝田さんは『鍵が開いていたので気になって』、会長は『会室から不振な人物がプールサイドに居たので』と。
宝田さんがこの反省文を書くとき「ちょっとイメージダウンしちゃうかもね」となぜか嬉しそうに言っていた。告白祭を引き起こしたのは伏水先輩だが、それを起こすだけのイメージ自体はもとよりあった彼女にとって、それは喜ばしいことなのだろう。
その反省文が校内の掲示板のひとつに晒されているのを見た。あと、なんか知らない人が一人、同じ題目で反省文を書いていたのだけれど、二人の文にに比べてとても字が汚くて読みにくかった。二人の字がすごくきれいなので、もうなんかそれだけで変な同情を覚えてしまった。
と反省文は書かされた会長らには、しかし自宅謹慎は課されることはなかった。あ、でも生徒会長はしばらく生徒会長の権限を剥奪されるそうで、生徒会の人たちがげっそりしているのが見えた。
「あああああああ!! 腰が!! ごじがぁぁぁぁ!!」
「タマキうるさいですわよ、普段から運動不足なんじゃないかしら?」
「ちっげ、違うわ僕だけなぜか雑巾渡されてんの!!? 嫌がらせか!!!」
「最初に仕事ドジったのタマキじゃないの、反省なさい」
「はー??? 僕居なかったら諸々の原因と笛手に入らなかっただろ!!?」
「笛が手に入ったから何だと言いますか!!」
あーあ、喧嘩してら。
俺達も学校に怒られたのだ。全員プール掃除するようにと風紀委員主導で、生徒会、それから諸々の関係した生徒が駆り出された。
反省文も、三人と違って掲示されたわけではないけど書かされた。結局内藤先生が全責任を負うなんて事はなかったのだ。不可能だったのか、逃げたのかは不明だけどそれはそれで良いと思う。
だってほら。
「おりゃおりゃおりゃおりゃあー!!!」
濡れてしまうと動きにくいのか体育着のシャツを胸のした辺りで縛った平乃がデッキブラシを手に爆走している。
お腹……足……ポニテ……うなじ……。
スマホを持ち込まなかったのが悔やまれるくらいだ。女子の何人かは持ち込んでるけど。男子は殺すってよ。お前らも撮るのは女子じゃん。宝田さんじゃん、って言うのは耐えた。蹴られそうだったので。
「よっ、美都、黄昏てるなぁ」
「百瀬?」
「おう、男子は邪魔なのでプールサイドに撤退だ」
いや力仕事こそ男子の仕事では? ほらあそこで雑巾がけに勤しんでるふりして下から女子を見て風紀委員に蹴り飛ばされてる珠喜を見習──嫌だ誰が見習うか(即答)。
「わかる、わかるぜ」
「合川」
「ぶっちゃけ、今回の件原因の生徒会に並んで八割くらい風紀委員のミスだろ。あっちでやれって感じじゃねぇか? なんなら美都、お前は被害者だしなぁ」
「そうだよ、そもそもお前来なくても誰も文句言わねぇよ?」
「そう?」
てっきり二人の事だから『
「そうそう。だってお前居ると宝田が赤城に声掛けなくなるじゃん」
「そうそうさっきからこっちチラチラ見てるぞプール、濡れた女子達のくんずほぐれずなディープな絡みという超レアイベントを、俺達の楽しみをどうして潰してくれやがってコラ、お前は掃除してこい。珠喜と一緒に蹴られてこい」
「えぇ……」
そんなことを言う割に二人は怒っていなさそうだった。なんだかんだ濡れてる女子多いからね。今日は梅雨入り前で夏みたいに暑いし、掛けられるだけじゃなく自分から水を被ってるやつまでいる。ほらあそこ見てみなよ。
珠喜だ。
「バッ、やめろ!!? 僕これ着替え持ってき忘れたんだけど!!?」「えっ……プール掃除、ですのに?」「んだよ悪いか!!? 悪いと思ったらな「……タマキ、き、着替えなら私のがありますので貸しましょうか?」は??? 嫌だけど!?」「はーっ!!? それはどういう意味ですの!!? 汚くて着れないと!!?」「え待て何で持って釘バ「あっ」────ッ!!!?」
白浪さんが足を滑らせて珠喜に頭突きをした。何してるんだろうね、あいつら。
◆◆◆
────窓の外を眺めながらプール掃除のことを思い出していた俺は、スマホの通知音で我に返った。
「……あれ、メールだ」
しかも平乃からだ。珍しい。
『だいじなはなさかありまさ
ほかご、おくじょうにきて』
……大事な話があります、か? 相変わらず機械に弱いなあいつ。ははは。
「やーやー、元気? 俺っち折角良いネタにありつけると思ったら内藤ちゃんに黒棺されちゃって身体中痛くてさ? 大変だったんだぜ?」
誰だおま……お前か。いや誰だ。まあいいや。
ごたごたが終息するのに合わせて平乃からメール。これは実に都合が良い。間違いなく、宝田さんとの偽装カップル関係の解消だろう。
そう思うと、教室の天井のシミになる珠喜やガラスをぶち破って脱走する百瀬合川、狂乱したようすで教室に踏み込む布被った集団の叫び声等々雑音すら心地良い音楽に聞こえる。
あいつらなにしてんだ? わかるか?
そう聞けば、そいつはスマホをちらと確認して。
「んー。どうも鎧塚君が写真か何かで見守隊から寝返りをさせようもしたらしくて、報復をされてるって。鎧塚君の情報網はすごいけどああやって買収するんだね、俺っちも見習おうかなー……ってその舞い上がりよう、キミ、もしや愛しのカノジョからのメールでも!?」
「そうだな」
「……お……おおー、良かったじゃないか!!?」
何故かそいつは喜んでいないようだった。だが、俺にはそれよりも重要なことがある。だいたい名前も知らないし。誰なんだろうな、クラスメイトですらないのにこんなとこまで来て。
「あ、うん、それはキミの近くにいると」
「────あと国本美都にも話があるかしらっっっっ!!!!」
「
そういってどっか行って……つるぎ? つるぎせんぱいって言ったか? その名前は割と珍しいので覚えているけど……どこで聞いたっけ……? と、思考の海に沈みかけた俺を顎からカチ上げるように釘バットが差し込まれる。
「────あら、逃げないのかしら?」
思考中断。喉元まで出てきていた何かはバットが掠って消えてった。
「…………いや心当たりとか微塵もないので逃げる理由がないですねないのですよないですだからその釘バットしまえってください」
顎に突きつけられたバットがゆるゆると降りていく。
隊長はぼそりと言った。
「…………報酬」
「あっ」
前に拉致られたときの約束じゃん。俺は冷や汗をかいた。
「…………御姉様の写真」
「……ごめんまだ撮ってない」
「そんなところだと思ってましたかしら。それはまあ代わりに赤城さんから貰ったからよしとします。が、話があるかしら。サシで」
布の先と眼が合う。廊下に出ろ、と言うことだろう。
チラリと窓を見る。雪崩る布たちと入れ替わりに百瀬と合川が戻ってきていた。上に逃げてたのだろうか。多分今回も被害を擦られただけだろう、天井に刺さった珠喜をぶっこ抜いて文句を言っていた。
「さて」
俺は廊下へ出て、ついてこいとばかりに早足で移動する白浪さん(布を脱いだ)についていく。
「御姉様は、よく笑いますか?」
「……笑ってる方じゃない? 多少、意識して笑顔だったところはあると思うけど」
「赤城さんからは聞いてます。御姉様との関係、彼女の考えなんですって?」
俺は、その問いには答えない。珠喜の流した噂を真実と仮定した場合平乃以外そんな事しそうな人はいないからだ。当てずっぽうでも当たる。
実際当たってるから否定もしないし。
だからただ静かに廊下を抜けて、外へ。渡り廊下をついていく。
「御姉様は最初、困ってるようでした」
「……?」
「だからああして痛い目に遭わせ自ずと手を引かせるようにしましょうかと私は考えてましたの」
白浪さんが渡り廊下に設置された自販機から豆乳バナナのパックを購入。一息にちうーっと飲み干した。
いりますの? と言われたが俺は首を横に振った。
「そう思ったのは間違いだったのでしょうかね、じゃあこの肉まん牛乳で」
「え、何が──肉まん牛乳って何!!?」
ガコン。肉まん牛乳が自販機から排出された。パック……飲み物、どんな味だよこれ。ひょっとして美味しいのか……?
「いや普通に不味い!!?」
「要らないなら私飲みますわよ。どんな味か気になりますし」
「え……あー、どうぞ」
パス。キャッチ。ちうー。
「これはこれは……ぼろぼろの肉のような何かの混ざったゴミですわね。二度と買いませんわ」
激しく同意する味だった。
「うん、そうして」
「そうしますわ」
ところでなんの話だっけ?
「ここ数日の御姉様の様子。どうでしたか?」
「どう、って?」
要領の得ない問い。俺は返された肉まん牛乳味の飲み物を一息に飲み干し……うぇぇ、クソマズぁ……。
「非常に不服ではありますが、御姉様はここ数年で一番楽しそうでしたわよ。まあ、私見ですから、間違いもあるでしょうし、きっと勘違いでしょうけれど……」
「ん? そうなの?」
「くっ、こういう反応をすると分かってましただから言うのは屈辱的で嫌だったんですけど!! これからも御姉様と仲良くするだけしなさいね!! あーほんとうになんでこんな男にそんな事を言わなきゃいけないんですのよ!!?」
「じゃ言わなくても良いんじゃ、うわぁ!!?」
「あーもうっ、逃げないでくださいまし!!?」
中学からずっと宝田さんを見てきた彼女からして宝田さんが楽しそうだと言うのは嬉しい変化だっただろう。
そうしたのは本当に俺か疑いたいところであるが……もしそうなら確かにさっきの反応は悪かったかもしれないな、と今更ながら思ってスポチャン用の長剣を担いで容赦なく滅多打ちにしようとしてくる白浪さんから逃げだした。
◆◆◆
ほい、ということで放課後でございます!
やったーこれで俺は晴れて自由の身だー!!
俺はルンルン気分で屋上への階段を駆け!!!
「美都!! これからも希をよろしくね!!!!」
「えっ」
…………な、なるほど? どういうことだ??
◆◆◆赤城平乃◆◆◆
どーも!! あたしだよ!!
あたしゃねー、バカなりに考えたんだよ。希にとって、美都にとって、一番いい形ってなんだろうって。
ここずーっと希を悩ませてきた【告白祭】なんて騒ぎは、もうピタリと止んだ。心なしか、希も以前より楽しそうに見えた。
その変化は多分あたしくらい希のことを以前から今までかけて見ていないと分からないだろうけど、原因は明らか。
たった一つだ。美都のお陰で、しかあり得ない。
美都は多分否定するだろうけど、そうなるべくしてなったんだってあたしは思ってる。
だって美都だもん。
なにもできないあたしが首を突っ込むより、希にとって一番良いのはこうすることだったとあたしは胸を張って言える───誰が張る胸が無いだろだってぇ!???
……とまあ冗談はさておき。
「あら、赤城さん」
「ん? 墨ちーじゃん」
「墨、ちー……?」
「白浪墨渦、から墨ちー。良くない? いいよね? ダメだったら止めるけど……」
「いいですわよ、墨ちー? 可愛らしい響きではないですの」
好印象いただきました。やったぁ。
「ところで赤城さん、どうして国本美都だったんですか?」
「ん? 希の彼氏のこと?」
「ええ。少なくとも、御姉様は一度拒否したはずです。だって貴女、国本美都のことが好きでしょう?」
「あー、うん。好きだね」
墨ちーは何故か理解不能なものを見るかのような目であたしを見ていた。
「料理できて、勉強もできて、字も綺麗だし世話好き、たくさん迷惑かけたのに、こんなあたしに怒鳴ったりしない。優しくて、すごく、いい人だよ、美都は。これで好きにならない人、いるかな?」
「……」
そんな人ですかね? という言葉のを飲み込んだように見えた。他の誰からもそういう評価受けていなくても、誰かから口悪く罵倒されるような事態であってもあたしはそう言い続けるだろう。
ただ、恋愛的な好きかと言われると、そうなのかちょっと首を捻ってしまうところだけど。
「あたし、中学の頃、一時期学校サボってたじゃん? あの頃も美都はわざわざあたしなんかの事を気に掛けてくれてて」
「ありましたわね、あれは……最後の県大会の直前、でしたか。それまでどこも悪そうでなかったのに急に、休みを一月も取っていておかしなこともありますわね、と思ったものですけれどやはり何かあったんですね?」
「……あたしを庇ったせいで美都は死にかけた」
「何から庇ったんですか?」
「だからね、あたしなんかに気に掛けなくていいように。ほら美都ってばあたしに構ってばっかりじゃん、なんならあたししか見てない節あるじゃん? だからあたしが頼めば美都はきっと希のことを助けてくれるし助けられる、そして希ならみんな周りの人が協力してくれるし、これで美都の周りには人がいっぱい! 実際そうなったでしょ?」
「答えになってな……いえ。そのつもりはない、ということでしょうか?」
「んー、あたしは美都にとって良いことしかするつもりないよ?」
「はぁ、そのようですけど……好きならば独り占めしたいとか思わないのですか」
「ないよ、あたしだし!」
「…………」
白浪さんはそこでぴた、と動きを止めて考え込み始めた。あれ? そんな考え込むようなこと言ったかなあ……? 当たり前のことを言っただけなんだけど。
「あの、なぜそんな話を私に?」
「それはとても簡単な話だよ、墨ちー」
ふふん! あたしは全てお見通しなのですよ!!
「だって墨ちーなら、あたしの考え分かってくれるでしょ? この関係が
言ったった。
「……ええ、分かります。分かりますよ。その気持ちは分かりますよ。御姉様にとって最適だって言うのも、認めるのは嫌ですがっ」
「おお、墨ちー分かってくれるのかー!! そうだと思っていたよっ!!」
あたしはがばり、と墨ちーに抱き付いて頬擦りすると、彼女はあまり浮かない顔であたしの頭を押しのけて。
「……ああ、貴女、空っぽなのですわね」
「…………」
「誰の胸が
◆◆◆
意図は分かった?
目的は美都と希の楽しい学校生活のため。
「美都!! これからも希をよろしくね!!!!」
その為に偽装カップルは続けて貰う。
「ねえ平乃ちゃんさぁどういうことですの??? 告白祭りが終わったら終わりだって」
「えー、それ彼女の目の前で言うんだぁ? あたし美都にはしつぼーだよー」
「うぐっ」
美都には悪いけどその真意は伝えない。
「あの、平乃。不義理じゃない?」
「え、どこが? 告白祭が終わったからって告白されないとも限らない、あとねー、あー、タイミングが非常に悪いっ!!」
「「???」」
「これだよこれ、プールの時の十七分耐久美都ボコ動画」
「微妙に尺増えてるじゃねえか」
「……なるほど……ですが平乃、別に私はこの程度の報いくらいは」
「だーめ!! 今別れたら希がすっごい悪女ってことになっちゃうじゃん!! ほら、悪評広まったらあたしが困る!! ねぇ美都!!?」
「えっ、俺」
「……でも、平乃は」
「あたしがなんで出てくるのかな~? まったく分かんないな~!!」
希はあたしに罪悪感なんて覚える必要はない。
「あたしはね、二人はとてもお似合いだと思うんだよなぁー。ね、希?」
「えっ」
「美都も、ほらほら握手! とりあえず輪になって踊ろう!!」
「ごめん平乃今回ばっかりは」
「えいやっ(強制握手」
「……今回だけだぞ……(ぼそっ」
さあ幸せになってくれ。
あたしの大好きな人たち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます