二十九話『偽装カップルと幼なじみ』

「……なるほど。責任をとれ、っつーことだな?」


 プールサイドで後ろ手を縛られ足も拘束された生徒会長が、遅れてきた風紀委員と御姉様見守隊、あとさっきまで居た野郎どもに囲まれている。


 御姉様見守隊なんかこう……今にも殺しそうな血走った目で見てる。まあ目はこっちから見えないけど。


 あの間に入るには、勇気が居るだろう。あれは絶対に放置すると暴力沙汰になる。


 そんな様子を眺めていると、平乃がひょこひょこと俺の方へ。かわいい。


「希は?」

「靴下が汚いからって着替えに行ったよ。隊長と一緒に」

「美都は行かないの?」

「女子の着替えだから」

「あっ……じゃあ伏水先輩は?」

「そっち」


 彼女は今、会長の前に、立っている。庇うように。守るように。


 平乃は、不思議そうに俺を見下ろした。


「ほら美都、座ってないであれ止めないの?」


「……うん、もう宝田さんへの迷惑行為はどう転がっても解決したようなものだからね。あとは当人同士だよ」


「美都は当人じゃないってこと?」


「じゃないよ。今回はほら、言うなれば雇われ? みたいな感じだったでしょ」


「いや被害者の彼氏だよ美都は」


「偽装でしょ」


「えっ、まだそんなこと言うのっ!? 彼氏でしょ!!?」


 えっ。言い出しっぺが何言ってんの!? 二重人格か!!?


 ……いやまあ、言いたいことは分かる。


 わかるよ。


「でもほら俺今ガチで手が震えて動けないんですよ」


「あっ」


 腕見てみ? ほーらまっかっかー。伏水先輩は心配だよ。うん。でもほら、足もがったがたー。


 十五分生身で良く生きてたレベルですよ。運がいい。


「え、じゃああれどうするの!?」


「指咥えてみてるしかできないなあ」


「よくないよ! あれ、ほら! もう、だめだって!!」


「あ、うん。そうだな、こころぐるしいなー」


「美都何とかしてよぉ!!」


 無茶言うなぁ……。


 ◆◆◆?◆◆◆


「会長は悪くない」


 伏水睡蓮の足は震えていた。仮面があっても、その不安や恐怖が消える筈もないが、それでも多少程度ではないくらいに軽減される。


 その仮面を、汚れたプールの水へと投げ込んで。


「かっ、会長は、悪くない、から、痛い目に、遭わせるのは、やめて」


 、その重要性を正しく理解している人はこの場には居ない。


 術を真似た宝田希であれば、わかっていただろう。彼女にとって仮面とは。仮面がなければ、術は成立しない。少なくとも伏水睡蓮の場合は。


 彼女にとって催眠術仮面は常に側にあって手放せないものであり、同時に心を守る役割もあった。彼女は変人と言われても仮面なしで人と話すことはおろか、顔を合わせることもできないような、


 それが、素顔を曝し、数多の前へ。


「睡蓮、下がれ。不要だ。逆効果だ、俺が責任を取る、これもまた長なら当然「ちょっとうるさいです、会長」……そうかよ」


 その否定にすこし悲しそうな、反面嬉しそうに能面が揺らいだ。その事に背に会長を庇った睡蓮は気付かないまま、震える足をばしんと叩く。


「全部、ぜんぶ、催眠術です、会長が、宝田ちゃんに……それで、怖くなって、もっと役に立てばって、会長に催眠術を、だから、私が悪いです、私が、悪いんです!!」


「…………」


 仮面を棄てた意味は、分かっていなくても。伏水睡蓮の行動に多大な勇気が必要なことくらい、わからないわけではない。


 だが、


「えっ」


 ────伏水睡蓮が顔を上げたのは勘で、転んだのは単なる恐怖だった。


「あのさぁ? で、許されるって思う?」


「い、いや……!」


 拒否が口から出る。顔を、体を布で隠した女子だった。口癖も忘れ、怒りのままに転んだ伏水睡蓮の腕を掴んだ彼女は、布の向こうでニヤァと笑った。


 簡単な話だ。顔が見えない、口癖もやめた。その上彼女はまで装備していた。もとより彼女は熱狂的な隠れ信者であり、それは非常に念入りに隠れた匿名の生徒だ。


 たった布ひとつ隔てるだけで己に何の危険もないという状態。目の前には御姉様を虐めくさってくれた怨敵。それって、最高だと思いませんか? ねえ伏水睡蓮?


「許されるって、思ってた? ねぇ!!? 思ってたでしょ!!?」


 ふるふると、首を横へ。


 少しだけ、しょうがないって、笑って許してくれるかもしれないなんて、甘いことを考えていた自分がいたことは気付いていた。けど、まあ、普通に黒幕内側にいて仲良しですって顔をしていたら、ゆるさないでしょう?


「わかっ、てる、よ」


 ああ、愚策だ。愚策。黙って庇ってくれる会長を見捨てていれば良かったものを、下手に煽って着火しちゃった。会長は分かってたみたい、でも手足縛られてて動けないね。


「見てる、だけ、なんて出来な、かったの」


「じゃあ最初から私が犯人ですって言えば良かったんじゃないの? なぁセンパイ??」


 不可能だ。伏水が気付いたのは、ほんの少し前。葉っぱのアクセサリーを頭から引き抜かれたとき。あの瞬間までは、無意識にかけた自己催眠で気付けないようになっていた。


 そんなことは、知らない。誰も知らない。伏水睡蓮にもわからない。


「まあいいや、一発殴らせてよ」


「ぇ」


「あい、すとーっぷ!!!」


 赤城平乃が、その手を掴んで止めていた。


「だめだよだめ。暴力反対!! あたしは反対です!!」


「赤城ちゃ、ん?」


「あー先輩言いたいことは分かりますあたしもそっち側じゃって事ですよねそれなら簡単なんですよ別にあたしは希の味方してるわけじゃないからねよって不思議じゃーなーい!!」


 拳を掴まれた女子が吠える。


「いやじゃあ敵だろ!! お前も敵だ!!」


「うっさい知らない人!! 一番迷惑なの!!後ろ見なよ!! 鬼が立ってる!!!」


「誰が鬼かしら!」


「鬼が!!」


「誰が鬼教師だってぶっ殺「はい先生抑えて抑えて隊長の方だから、うわっすっごい美人さんなアラサー教師!! よっ美魔女」喧嘩売ってるのね赤城さん?」


「いやいやまさかまさかだよ」


 内藤先生はあまり積極的に関わる気がないようで、少し離れたところから「怪我人でたら先生処分されちゃうかもねー、そうなったらぁ、先生悲しいなぁ」婉曲的な言い方をする辺りな結婚出来ない所以なのだろうなとこの場にいる全員が思った。嘘思ってないですよー睨まないで下さい何でもしますから!!


「……ふんっ」


 先生は拗ねた。


「さて、手を下ろしてくれる?」


「ふふふふふ……」


 不気味な笑い。赤城平乃が怪訝そうに彼女の目だし穴から覗こうとして。


 ジャコン(銃先が穴からまろびでる)


「うにょわぁ!!!?」


 平乃転倒!!


「よいしょお、かしらぁ!!」


 釘バットアッパースイング。布だけばーっとバットが拾うように降った隊長がそのまま生身の中身を蹴り倒した。


 蹴り倒された女子が持ってたのは、モデルガンとスタンガンだった。


「あーっぶないものを持ってますわね。かしら」


 お前が言うか、だ。


「まあこれで一件落着、さすが墨渦ちゃんだ」


 鎧塚珠喜がそういうと、釘バットをかるく1回転させて、ふん、と鼻をならした。




「……うーん、怪我人、なし!!! それとそこで覗き見してる人もこっち来て、宝田とそこの会長とそこの女子。あんたら不法侵入だから」


 えっ、俺っちも? うそん。加減してよ内藤先生ー。


 ◆◆◆


 一方国本美都です。


 重い体引き摺って門番してた内藤先生と、シャワーを覗き込むか葛藤している隊長に帰還命令を下し、代わりに門番をしています。


「……なんとかなるかなぁ。リンチ寸前な空気だもんなぁ、あれ」


「────なんとかなるんじゃない? 平乃もいるし」


 ……わあ、宝田さん。頭、ずぶ濡れじゃん。


「汗かいたから。でも、大きいタオルなくて……これでも一応拭いたんだけど、ね」


「そっか、じゃ、これあげるよ。ちょうど持ってたし」


 真っ白いスポーツタオルだからあんまり拭けないと思うけど。


「えっ、……いいの?」


「ん? もちろん今日は使ってないから気にしなくていい、はずだよ? たぶん」


「……じゃ、じゃあ、遠慮なく……」


「向こうは、まあ何とかなるよね」


「……まあ、墨渦を送ったなら余り荒事にはしないでしょう。釘バットなんて常備してますけど、優しい人だから」


「ひとまず、これで一件落着、でいいのかなぁ」


「…………いいと思いますよ。……その、たぶん」


「これから、どうする?」


「…………」


 宝田さんは顔をタオルで拭いたまま、こてん、とこちらに肩をぶつけるようにもたれ掛かってきた。疲れたのだろう。今日は緊張しっぱなしだっただろうし。


 あ……俺もちょっと、疲れたので、寝ます……。


 おやすみなさい……Zzz。




















「えと、……そう、ですね」













「もうすこしだけ、こうしています」



 ◆◆◆赤城平乃◆◆◆


「あちゃー、寝てる」


 美都と希が壁に寄りかかって寝ていたのであたしはすかさずケータイでぱしゃり。待ち受けにしーちゃおっと!


「……しーっ」


 あら、希は起きてたのかー。お似合いだと思ったのになー。


 そんなことを希に言ったら、片目だけあたしを見つつ、人差し指を立てていた彼女はすこし恥ずかしそうにはにかんだのだった。

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