二十八話『黒幕とプールサイド』
◆◆◆宝田希◆◆◆
じゃぶじゃぶ。
ざぶざぶ。
足を、水面に叩きつける。
ざぶざぶ。
ざぶざぶ。
「────さて、どうしてこんなところにいるんだか、聞かせて貰おうじゃねぇか。宝田希」
跳ねた声音、口の悪さに対して異様な位の無表情な生徒会長は、のこのこと一人でプールサイドに座っていた私の元へ一人でやってきた。
だって私はこんなところに一人でいるわけがないのだから。
「まず一つ、聞きたいことがあります」
水面を眺めるのを止めず、私は足と口を動かす。
ざぶざぶ、ざぶざぶ。
「へぇ。質問しているのはこっちなんだがよぉ、まあ許すさ。他でもない宝田希、君の事だしな」
「伏水家の事はご存じで?」
「……本人から聞いたくらいだが。なんでも催眠術が使えるとかよぉ……初めて見たときは身震いしたぜ。恐ろしい力だよなぁ、あれはよ。睡蓮はそれを差し引いても非常に優秀、指示通りかそれ以上の仕事をしてくれるからよぉ。ああまったく、いい拾い物したぜ」
「二つ、どこまで会長の考えだったんですか。俗に言う告白祭り、伏水先輩が風紀委員に潜入していた事、今日の伏水先輩の行動」
「全部だ」
「全部?」
「ひょっとしてあの子の独断が何処かにあったんじゃねぇかって考えてんのか? もしくは全部あの子が不可抗力な暴走を? お優しいことで。何の縁もなかった俺を疑うのすら嫌うなんて優しいなぁ宝田希」
無言。ざぶざぶ、ざぶざぶ、と波打つ音だけが返っていく。
「まあ、催眠術然り、所々想定してねぇ成果を持ち帰ってくる睡蓮だ。確かにあらぁな、そういうの」
相変わらずの無表情だ。能面みたいな、と言われるほどに普段からそうなのだ。私から見ても不気味なくらい、口調と合っていないこの男は今何を考えているのだろう。想像もつかない。
「────生徒会長は生徒会の役員の行動の責任くらい持てなきゃダメだろ? つまり、そういうことだ」
格好をつけても、肝心の顔は無表情。
対して、私はぴたり、と動きを止めた。
「……そうですか。伏水先輩が無理矢理言うことを聞かされていたわけではなく」
「あぁ、指示通りだ。どうしてか分かるか?」
「いえ」
口が円弧に歪んだのを自覚した。
「わかりませんね」
「俺はな、生徒会長だ。つまり、生徒のトップ。頂点。君なら分かるだろう、最強なんだよ」
「最強」
その言葉には多少思うところはある。私はどれだけ経験が浅くても、常に物事の頂点に近い場所に居たという自覚はある。見ただけで、聞いただけである程度分かってしまったから。
それは確かに強者の立場。けれど幼い少女がその領域にいるのは不思議で済むわけがなく、他人から見ても不気味なものと映るだろうから。
だから周りを見て、生きてきた。
私はそういう強い人が好きだった。それを知ってか察してか、その上でその言葉を選んだというのであれば、なるほど相応に評価せねばならない。見たところ、凡庸より少し抜け出た程度の人だったけど。
────でも、正直もうどうでもいいよ。
プールに浸かった足からは、どれだけざぶざぶと水を跳ねさせても、あの感触は剥がれなかった。
もう私の好き嫌いとか、誰かの好き嫌いとか言っていられる場所を越えているのだ。
「お、やっとこっちの発言にちゃんと反応したな? 俺ぁ、このとおり生まれてこの方負けたことがねぇからな。この通り顔面は感情が麻痺ったみてぇに固ぇ。ついぞ選挙には利用しなかった睡蓮の催眠術に頼んでもピクリとも動かねぇ。つーわけだったんだが、宝田希。君を見たとき、俺は笑ったらしい、ぜ? だから付き合ったら何か変わるって思ってよぉ」
「それでですか、こんなことになったのは」
「ん?」
「私には仲の良い幼馴染がいます」
「……ああ、赤城平乃か、彼女は家庭環境が複雑なようだが、それを支える気のある隣人が居るだろ? 良いと思うぜあの二人はよ。俺としても間を取り持つのは吝かじゃねぇってのは既に耳にはいっているだろ? それともアレか? その子の好きな人を奪っちゃうってんなら俺のとこ来りゃ良いだろ? そもそもその点に関しちゃ君が気にするとこなんざねぇだろ幼馴染みの発案だろ? 俺のところに来たら全部とめてやる。な?」
「……もういいです」
────それはもう叶わないのだ。
その片割れを蹴り殺した感触が剥がれない。それどこれか、一層強く足に重く絡み付いている気がする。
だから。もういいのだ。
「ん? 俺のところに来る気になったか宝田希?」
聞こえなかったのだろうか。立ち上がった私へと自ら歩み寄って、首を差し出────。
「────早まるなってもうダメじゃねぇあぶなぁ、いッッッッッてkぁーーー!!!」
「!?」
そして足の感触が、上書きされた。
◆◆◆国本美都◆◆◆
「プール鍵しまってるね」
「お困りのようだね学生たち!! 青春してるねぇ!!(ヤケクソ)」
「内藤先生!!? なぜここに!!?」
「カラオケしてたら外が騒がしいなって見たら君たちが。合コン? 羨ましいね死ん……おっと言い掛けた羨ましすぎるので青春を抱いて溺死して?? 間違えた一昔前にあったアニメみたいにniceboatしてよお願いだからさぁ???」
いやです。
「冗談冗談リア充爆発しろ、あっそうじゃーん爆発すれば解錠しなくていいじゃんほら国本?」
むりです。
「……はいはい、事情は八割盗み聞きしてるからこの辺で愚痴はやめます。なんか文句言われたら先生が責任とるから行ってらっしゃい!!! ほらあく!! とく!!! ごー!!!」
「「わあい先生愛してるーッ!!!」」
声を揃えて礼を言うと先生は憤怒の形相のまま笑顔になった。
というわけで凄まじく荒んでいる内藤先生(原因は占い結果だろう)により、解錠!!
プールに突入!! 宝田さんはどこだ!!!早まるな俺死んでないから!!!!って言おうとしたら既に足を振りかぶってた宝田さんが!!!!?
◆
───刹那脳内に響くイマジナリー平乃の声『やー、希の蹴り凄いよー忍◯と◯道並みに顔面吹っ飛ぶからー、マジパネェからー』いやこれは非イマジナリー平乃の声!! ルビ芸は我慢したのか非イマジナリー平乃!! 非イマジナリーって普通の平乃じゃねぇか平乃!!
◆
うっわ綺麗な動きとなんかプールに浮いてそうな汚いなにかが足に絡んでらっしゃうわぁあ汚ぇ!!?
「早まるなってもうダメじゃねぇあぶなぁ、いッッッッッてぁきっtッッッッッぁーーーー!!!」
そしてなに言ってるのか俺は。蹴られて吹っ飛んだのに舌噛んでないので許して。関係ない? そっかぁ。
転がって受け身を取る。両腕でガードしたのだけどその両腕ビリビリに麻痺してますね。女性の蹴りなのかこれ。熊に殴られたかと……って言ったら怒られそうだ。
大体急に飛び出したから生徒会長もポカンとしてるよ。あ、挨拶しなきゃ。
「…………どうも」
「…………?」
あ、宝田さんもどうも。
「くにもと、くん?」
「あ、はい、正真正銘国本美都です。ドッペルゲンガーでもなんでもなく。はい。生きてます、どうも」
「はい、その節は大変失礼を……え、どうして……あれは催眠でちゃんと確認できてなかった……? いえ、綺麗に入った、間違いなく死んだはず……」
「こわいな何てものを修得しているんだ俺の彼女は」
「か っ !?」
おや急に顔が赤くなった。彼女です、とかは言ったことなかったしね。俺も正直言ってから顔が熱い。ちょっと恥ずかしいです。
「ん……普段は絶対に使いませんよ? ……だから、どうして……幽霊?」
幽霊じゃない生きてまーす!!? そもそも何故字面に違いない【必殺技】を持ってるのこの人??
いやそんな疑問より、誤解解く方を優先しなきゃ。
「あー、それ多分護身術……かな、反射で出るようにしてるから多分そうかも。きっとそう。十中八九。なので生きてます。はい、握手」
「あ…………この手は本当に……───くにもとくんだぁ……ふふっ」
急に表情が蕩け……えっ? なして今手に力を込め……?
「……あっ、これは国本君!! 多分っすけどスーパー催眠状態に入りましたっす!! さっきまで視野狭窄に陥るように連続で自己催眠してたんでしょうけどそんな連用して大丈夫な(前略)というような極限状態だったっすから(中略)っす。あとは生存確認とか(後略)で気が緩んだからだと思うっすよ!! 全責任取って十分逃げ回るッス!!」
「はぁ!!!? なにその原稿用紙一枚分くらいの文量の忠告!!!?」
「くにもとくん────もうはなさないよ?」
言ってる間にあっぶなぁい!!!? 手首つかんで逃げられないようにして顔面鷲掴みされるとこだったんだけどぉ!!?
さらに足払いされそうなところで足をぶつけて危うく転がされるのを回避、多分背負い投げに繋がっていた足払いを防いで息を吐く間もなく鳩尾目掛けての肘鉄を空いた手で払い。漸く宝田さんは手を離し一度距離を取った。
「わーがんばれ美都ー」「そのまま砕け散れー」「プールでおぼれろー」「ああ御姉様があんなに楽しそうにしてるのは初めて見ますわ……かしら」「じゃのう」「んだんだ」
ん野郎どもァ!!! いや隊長もしみじみと見てないで助けて!!? ひっ、ちょいきなり接近して両手組んで振り上げ頭狙いのこれフェイント!!? 本命は金的!!? 偽装とはいえ彼氏なんですけど!!? 殺意がおかしくない!!? いや彼氏なん関係ないのか!!? わからん(混乱)!!
「わたしの蹴りを受け止めてくれるひとってはじめて!! くにもとくん!! もっと激しくいくよ!!!」
いや金的はやめて。受け止められないから。
◆◆◆
どうしてこうなった、と言いたいところだけど言いきるまでに十回死にそうだ。そんな感じでした。
◆◆◆
何分経っただろうか。なんか途中から普通に殴り合い(もちろん俺は防御しかしないしそれ以前にそもそも女子とか関係なく俺の方が危なすぎてできない。しかも急に隙の少ない定型をループするような攻撃始まったので尚更無理)になってた。
ともすれば朝まで続いたかもしれない。
「ハイ十五分経ったからまず間違いなく解けてるっす重ねられないッスその状態の催眠は……無理があるっすね」
「…………宝田、さん?」
言及を受けて、宝田さんが振り上げていた足がゆっくりと下ろされて。
「……………………えと…………お恥ずかしい……っ」
そして顔を抑えてへたりこんだ。
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