二十五話『幼馴染みと友達と偽装彼氏と』

「なんてことはないかしら、私が気付いたのはただ、バカが昔した約束のせいです……かしら」


 そう言って白浪さんが取り出したのは、レシートだった。


 これってあの日のファミレスの会計……?


「かしら。伝票は回収されてしまうので仕方なく」


「これが?」


「子供の頃やっていたアニメで、なんだったかしら。そうですわね、ちょっとよく覚えてないのですけれど。そうそう、あんまり覚えてないのですけれど!!! たしか『ペンは剣より強い!!!!』とかいう決め台詞を叫びながら羽ペンを持った巨大ロボットが書物やテレビを模した巨大な悪物を壊すバトルアニメで主人公はフリーのジャーナリストで金に汚いけれど心の底で正義感の強い男の人でそんな彼が巻き込まれる事件の尽くが怪物絡みの悪事で毎回器物損壊の弁償で金欠になるそんなアニメがあったでしょう? かしら。一番好きなのは15話で初登場して四十話で悪者側に寝返ったフリをして最終決戦で黒幕に致命傷となる一撃のもとを作り出した地味なことがコンプレックスの女の子が……好きだったような気がするかしら」


「……っごい早口じゃん」


 すごい早口だった。それだけ言われれば、忘れていてもたしかに俺も覚えがあるような気がしてくる。というかあるね。そんなアニメやってたわ。


「略称が『ペン剣』だってことしか覚えてないけど」


「惜しい、そこまで出たら『ペンブレイド』シリーズまであと一歩かしら。そして全5シリーズあるかしら。貸しますわよ? 興味がない? えーっと、まず第1シリーズでは」


「いや長くなりそうなので遠慮するよ」


 ずい、と寄ってくる黒布に俺は身を引いてそう言った。露骨に落ち込む白浪さんだったが、すぐに本来の目的を思い出したようだ。


「そうですわね、今度布教しますかしら。今はお姉さまかしらね……国本美都がここにいると言うことは」


「うん、見事に伏水先輩に不意を突かれたよ。どうやられたのかは分からないけど、気付いたらここに。白浪さんたちは?」


「お姉さまに何かあってはまずいと、先回りしたり尾行したりしてたかしら。最初は何事もなかったのですけれどいくつかのグループに分かれて行動していたのが不味かったのかしらね。連絡取れないと気付いたときにはもう遅かったかしら。この通り、催眠にかかって遊び呆けてたって訳。あいつらも同じかしら」


 カラオケルームを見渡す。この通り全員揃って遊んでたと。


 …………。


「っすの人なら、まあ最初から疑ってましただよ?」「そうだと思ってたかもかも?」「ってかぶっちゃけ犯人グループにいる人だと思ってたまである。まである!!」「というかあの人生徒会書記じゃよね? 背丈で分かるしのぅ? 風紀委員のえりちーの目から隠れてるようじゃったから、まー、わけありじゃろうて」「あれ君そんな口調だっただよ?」「じじぃっぽくしてみたわけなんじゃが、どうかのぅ? 分かりやすいかの?」「わかりみまである」


 だそうですが?


「えっ、皆分かっててやってたのかしら!!? なんでかしら!!?」


 隊長驚きの一言。


「あー、催眠術は激やばみ溢れるやべーやつじゃからのう? せめてこうして、を、のぅ?(見回す)」「そ、そーだったかも(首を傾げる)」「そんな感じだよ(震え声)」「というか分かってなかったまである(タンバリン構えつつ)」


「「…………」」


 八割くらい考えなしだったようだ。隊長も呆れているご様子。仲良しグループ感が溢れ出ている。なんなんだ。


 だがお陰で平乃は無事………それは良かったと心から思「なんか、変かしら」


「……何が?」


「あっ、いえ、ちょっと引っ掛かるのかしら。もうちょっとで出てきそうな気がするのかしら。という訳でひとまず……」


「おぼぉっ!!?」


「タマキ? 起きなさい……??」


 理不尽な暴力が先の一撃で寝ていた珠喜を再び襲う!!!


「けほっ、やめろや暴力女……僕じゃなきゃ死んでる」


「タマキならノーダメージですわね」


「……で、話は聞いてたよ。違和感ね? 僕はこのまま行けばいいとも思っているからね、そんなのほっといてここで遊び呆けるのもありだと提、」


「……タマキ」


 珠喜は、急に喋る言葉を忘れたかのように口を開閉して。そして俯き、舌打ちをしたように聞こえた。


「……だよなぁ、そうなるよなぁ。白浪墨渦。君はそうだ。いつもそう、というか今回僕がこんな提案するのは常に清廉潔白で品行方正な僕にしてはあまりにクズい行いだったね」


「大丈夫お前はカスだから」


 な、珠喜?


「そうだぜいつも俺らを生け贄にしようとしてくるしな」


 珠喜??


「この間生徒会に大量のこいつと赤城さんのツーショット盗撮バレたのも俺らを盾にやり過ごそうとしたろ。アレまだ許してねぇからな?」


 おい珠喜???


「……。ああそうさ白浪墨渦!! 赤城平乃が狙われていないこの状況は!! その違和感に気付いたらしいな!!!?」


 合川百瀬の追及から逃げやがったぞこいつ。というか二人とも正気なのか?


「ああ、まあ、一度おかしいと気付いたらすぐだったぜ」「一度気付くまでがだいぶ遅れちまったけどな……」


 そうか、それはよかった。土壇場で実は催眠残ってましたーとかやられると困るけどもその辺疑ったらキリがない。というかそんな長く保つものじゃないような気がする。


 今回の催眠って言うならば『みんなそう感じてるからそうなんだろう』って感じのをしてるように見えたし。多分。主観だけど。


「やっぱりそうかしら。平乃さんが守られているような現状、そもそも伏水先輩に彼女に危害を加えるつもりが毛頭ないように見えるかしら」


「その通りさ白浪墨渦!! そもそもこの場所に危害を加えるつもりなんてなかったのだろうね!! というか……」


 一息開けて、珠喜は言った。


「……誰に対しても、そんなつもりはなかったんじゃないかな、あの人は」


 …………それはどう言うことだ?


「いやね。ちょっと知り合いの知り合いに元情報屋って自称する煩い人がいるからその人に頼んで伏水先輩の事を調べてもらおうとした訳ですよ、僕ぁ」


 …………ちょっと覚えがあるワードだな。で?


「そしたらその人全力で拒否した上で『本人の意思じゃないかもしれない』ってこんなものを」


 白い、ホイッスルだった。珠喜がそれを何故か俺に投げつけてくる。


「それ、空っぽなんだよ。吹いても音は鳴らない。そんなものを僕に渡して『人間誰しも事情があるから、あの子はそれがちょっとばかり深い上に、ちょっとばかり身の振り方を間違えちゃったのかも』とかなんとか言葉を濁すし、大したことは聞けなかったから自分で調べたよ」


 俺は今朝貰った軽石を空の笛の横に付いた外せそうな蓋を取り外して投入。蓋を閉めて振るとカラカラと。小さいとはいえ軽石が入ってもそこそこ余裕のある大きさの笛だったからついピピーッ!!! ピピーッッ!!!!


「うるせぇ!!!」


 ごめんなさピッピーッ!! ピピッ!!!


「というか何故入れた!!? いや何入れた!!?」


「今朝貰った小石、ちょうど入りそうだったから」


「だからって入れるか……? というかそんなんで鳴るのか」


 不思議だねぇ。ぴー。


「美都のせいで何言うか忘れたじゃんか……ああ伏水家が妙なローカルルール敷いてる話だっけな」


 なんじゃそれ。


「『好きな人が出来たら必ず報告』、だっけな。これ調べるの大変だったんだよなぁ。かなり入念に妨害されてたからなぁ」


「寧ろよく調べられたかしらタマキごときに」


「ごときってなんだよ、これでも学生の枠を越えてるキャラしてるつもりだぜ?」


「はいはい見直しましたわ見直しましたかしらー」

「なんだよ、雑だな瓶底眼鏡女」

「そちらこそ雑な喧嘩の売り方ですわね。売るつもりがあるなら買うかしら」


 取っ組み合いを始めた。ピピーッ!!! 整列!!! ピッ!!! そこになおれ!!!


「「……はい」」


 めっちゃ素直に従ってくれた。この笛力ふえちから……強い!!?


「話進まないから殴り合いなら後にしてよ二人とも。珠喜、そのローカルルールは何なの? それ以上調べられたの?」


「まあ直接伏水先輩の母親に会えたから普通に聞き出したよ。なんでも聞く限りあの家の人間全員催眠だったり物を浮かしたりとか出来るサイコメトラーなんだってな、大変そうだろ?」


 それが本当ならね。俄には信じられない事実だが、これ以上無駄口叩いて引き伸ばしたくはないから言及はしない。


「人間ってほら、恋愛に関わると暴走するじゃん?」


「そうか? そんなことはないでしょ」


 俺がそう言うと、珠喜はフッ、とバカにするような笑みを浮かべた。


「……美都、お前はその傾向がだいぶヤバイぞ」


「えー、それないと思うよ?」


 そうだとしたら俺は常に暴走し、ライバルになりうる人間を闇討ちしていないとおかしい。していないと言うことは自己を制御している、暴走などしていないという証左に違いないのだが。それでも珠喜は薄笑いを浮かべている。


「まあ美都のアホはどうでもいい。本題は催眠術、ちゃんと制御しないと勝手に自分にも掛かるらしいんだよな。これが今回の変な集団催眠のタネじゃないかね、って僕は睨んでるわけですよ。恋愛、自己催眠。これで好きな人に絶対服従な上に催眠を振り撒く女の完成というわけだ。異論は?」


 珠喜は自信満々に推理を披露した。情報収集から何まで自分で導き出した結論が正しいと、全く疑ってないようだ。そんな珠喜に冷や水を浴びせかけるように俺は口を開く。


「……なぁ珠喜、それ、先輩のプライバシーをドチャクソに踏み荒らしてないか? 好きな相手が黒幕ってことだろ? それをバラすとか最低じゃ……」

「そうかしらね、伏水先輩、けっこう好きな人の話題避けてて隠してる節はありましたかしら。それを、あなたは今ぶちまけたのは分かってるのかしら??」


「いまさらそれを言うのか!!!? えっ、いま!!?」


「あ、推論に関しては異論ないですね、ね? 隊長?」

「そうかしらね、情報全部タマキで止まってる以上知ったことかしら。異論は百歩譲って何もないということに、しておいてやるかしら」


「君たちなんでそう無理やり僕を叩こうとするのかな……!?」


 ◆◆◆


 カラオケルームの前に、前と同じ被り物を被る伏水先輩が居た。


「…………?」


 いや、ちょっと違う。その原生生物風被り物の上から一枚の葉っぱが生え……?


「……美都、笛」


 ピッ。集合。


 立ち上がり歩み寄ってきた伏水先輩。


 ピー。解散。


 ちょっと離れた場所で座り込む伏水先輩。


「…………」




「……なにこの笛怖っ!!!?」

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