二十三話『偽装カップルのデート③(昼食編)』

 父の知り合いは優秀なんですよ、と占い師の店を出て入店したファミレスの席で宝田さんは苦笑した。


 昼食に関しては特に予約とかはしていなかったけれど、通りがかりに「……こういう店来る機会なかったんだ、まちがいさがしとかあるんだよねっ?」と目をキラつかされてしまえば、是非もないだろう。バイト先と同じチェーン店なので勝手知ったるものだし。


 ……駅前だからバイト先のより規模がでかいけど。バイト先より混んでるし、うわっ、タッチパネルで受付するの!? マジ!!?


 時刻はもうすぐ一時といったところだ。空腹感もそこそこに運ばれてきた皿に手をつける。俺はナポリタンで、宝田さんはカルボナーラだった。当店は麺類が一番人気でございますので。


「さて、と」


 あまりに一点特化すぎる宝田さんのお父さんの知り合いには俺も笑うしかない。今朝の探偵さんはあれで『旅行先で殺人事件現場に居合わせてそれをその場で解決してみせた』だとか『失せ物探しに関しては依頼前に場所を知ってるんじゃないかってスピードで解決する』だとか。


 実際優秀だというのだから手を切ることが出来ない、というのが宝田さんの言葉だ。


「須智佳と同様、情報屋としてのあの人はすごかったってお父様も言ってたかな。まあ、やってることはほぼほぼ探偵なんだけど、ノーヒントで正解を引き当てる運なのか勘なのか、そういうのが凄い人だったかな。だから占い師なんてやってるんだろうね……というかやれているんだろうね……」


 仲間割れ、という謎の占い結果。


 むしろ優秀じゃない方が助かる占い結果だよね、とその事は口には出さない。


 ……それよりももっと気が重くなる占い結果を叩き付けられたからだ。


 宝田さんはやんわりと苦笑した。


「一応、最初に国本くんが予約の時に依頼してくれてた恋愛運は……えっと、残念だったね?」


『──あ!!! 出ました!!! 恋愛運!!! 国本美都お前はなんか、!!!!! なんというかこう、変な渦のど真ん中に、え……ナニコレ……なんか疫病神でも憑いてない? なんだこれ、本命? なんかすごい、太陽みたいなのが……その渦の外でニコニコしてるんだけど……え、こわ、なにこいつ………ま、待って!!? 当方としましてはまあ非常にムカついておりますが!!! 結果に嘘はつけないので!!!? 悪意とかないので!! ないから拳下ろしてね!!! 下ろした?? やったぜ!!! というかその点に関してはスーちゃんでもここいらのヤクザでもなんでも引っ張ってきてくれて構わないレベルで嘘つかないから!!!? つーか嘘ついたらこれ次からしばらく当たんなく────』


 などと供述しており、要するに恋愛運は現状ダメダメでなんなら本命の子が妨害していると。


 本命の……平乃か? 平乃がそんなことするわけないだろ!!? いい加減にしろよな!!!?


「まあ、有り得なくはない、と思うけど」


「ん、あれ? ひょっとして今俺声に出してた?」


「…………えっ。えと、ごめん。ちがくて、私の占い結果のこと考えてて」


『────出まし……。おやおや、お二人は建前上付き合ってるだけだったんですね。良いと思います……だとするとこれは……まあ聞かれない方がいいかと思いますね、はい。珍しくボリューム落としたエゴイスト紗己、このエゴイスト紗己、名前にある通りエゴイストなのにですよ? それからの忠告ですので、ね? 分かりますね??? でてけ』


 とまあ、追い出されたので聞いてないんだよね。


 偽装カップルなんて言ってないのに言い当ててようやくそれっぽく感じさせてきた占い師、女子のプライバシーを慮るだけの配慮が出来たのかという驚きつつ俺はそこから離れてスマホにイヤホン挿して適当な音楽を大音量で流して待った。聞こえないようにね。


 そしてしばらくしたら難しい顔をした宝田さんが。どうだったか聞くと『……やっぱり腕はよくないんじゃないかな、あの人!!』なんて言いつつ俺を店内に呼び戻したのだ。


 そんな風に言ったから、あまり気にはしてないものだと思ったのだけれど。


「……えいっ」


「えっ?」


 俺は、カルボナーラへと宝田さんが一切口をつけずに置いていた彼女のフォークをガッ刺した。


「食べないなら貰うよー、って平乃なら言うかなと思っ……たんだけど普通はそうか、口ついたとかそういうの気にするか」


 そうだった。平乃は間接キスとかそういうのガン無視で俺から食べ物を強奪するから忘れてたけど気にする人の方は多いだろう。


 ましてや俺は彼氏(偽装)。赤の他人にいきなりごはん強奪されたらキレて帰るまであるかもしれない。


 まずったまずった、慌てる俺。そこにぽつりと宝田さんが呟いたのは「…………急に」という一言だけ。


 急に?


 急に……?


 あ、急にって。


「それはどうしてって事? それはほら、なんかこう宝田さん今すごい難しい顔してるからさ。そういう顔されると困る、といいますか……食事中は笑顔の方がいいからね。……いやいつでも笑ってた方がいいんだけどね!?」


 円満なデートを演出しないとストーカーに騙したなって思われそうだし。今日だけでもいいから普通にデートをしてくれるだけで良い筈だから!! ね!!?


 俺は宝田さんにバレないように極力顔も動かさずに周囲を見渡す。何も意識に引っ掛かるものはない。


「…………そ、そうですか。笑わせようと……笑わせようと? 今ので……?」


 訳が分からなかったのだろう。俺も分からん。いや平乃は笑うんだよな。凶悪な笑顔を浮かべる平乃が思い起こされる。じゃあダメですね。そしてくすりと、宝田さんは笑った。


「あ、……よ、よーし笑った!! 笑ったので結果オーライってことで良いよね!?」


「え、私今笑ってた? そうかぁ、」


 宝田さんは一度頬をくいと持ち上げ、ハッとしたように俺を見て。なぜか新しく取り出したフォークでナポリタンを強奪。そのままぱくりと食べてしまった。


「という訳で…………おかえし! えと、お詫び……いやお礼にどうぞ?」


「じゃ、遠慮なく」


 お詫びをされるような事をされたわけではないが、出された食事は残しちゃいけないって平乃は言うだろう。全くもってその通りだと思う。という訳で差し出されたフォークに巻き付いたカルボナーラを一口で食べた。


「…………?」


 首を傾げる宝田さん。カルボナーラは美味しい。今日はナポリタンの気分だったけれど、やっぱ美味しいよねカルボナーラ。


 うん。


 美味しい。


 美味しいよねー。


 美味しい。


 ……というか美味しいと言うことに意識を傾けてないと転げ回りそうだ。いやね、あーんですよ、あーん。俗に言うあーんってやつ。女の子に食べさせて貰うっていうのは男子の一種夢イベントというかこれべつに初めてって訳ではないが平乃の場合あいつ口の中を詰め放題と勘違いしてるのかって言う詰め込み方をしてくるからね。アレ食事違うからね? あーんですらないからね。なんなら『今回は何処まではいるかなー美都は食いしん坊だなぁー』とか悪魔かよアレ。チャレンジ精神を発揮しないで、人間はリスじゃないから頬袋ないし頬が裂けて死ぬからね??? アレはあーんにカウントしてはならない。そうじゃなくてパフェとか詰め込めなさそうなやつだって思い切りスプーンを突っ込んでこようとするからね。喉奥どついたら死ぬからね??? にんげんだもの。


 まあ、その。あれです。


 ちゃんとした、はやばい。


「…………~~~っ!!!!!?」


 仕掛けてきた本人が顔を真っ赤にして突っ伏すくらいだからそれは相当なものなのだろう。


 ……あんなに動揺した宝田さんは初めて見たな。今日は彼女の様子が少しばかりおかしいような気がするのは、デートの魔力ってところだろうか。


 でーとってこわいね。

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