二十一話『偽装カップルのデート①(合流編)』
宝田さんは物分かりが良いので説明するまでもなく三秒で何もないと理解してくれた。
◆◆◆
【心の軽石】とかいう紛う事なきただの軽石を、ごちゃごちゃしている内に返し損ねた。宝田さんへと説明しようとした一瞬の隙を突いてあの少女は将棋盤を風呂敷に包んでぴゅーっと走り去ってしまったからだ。そして面白がるようにその後ろを色白の探偵が着いていったのを、俺は止めることが出来なかった。
その間に宝田さんからの誤解を解きたかったからである。彼女は犠牲になったのだ。なーむー。合掌。
俺は心の中でそう決め……あれ? そもそも誤解の原因あの子じゃなかったっけ?? 言い寄ってないです。むしろ話しかけられたのこっちですし。
それはそれ。誤解を与えたのは確かなことなので、返すタイミングを逸した小石をズボンのポケットに突っ込んで釈明をと思い、宝田さんへ向き直る。
そこで急に宝田さんは頭を下げた。
「あの、国本くん。遅れちゃってごめんなさい」
「え? あ、気にしなくて良いよ。うん」
そうは言うものの集合時間の三十分前である。遅刻なんてしていない……あ、そっか元々の時間からは遅刻していることになるのか。
ちゃんと連絡あったしセーフじゃないかと思ってたや。セーフだよね。
例えば平乃ならなんか……いやあいつとこうやって待ち合わせしたことがないな。隣人であるが故に。ノープランじゃあ破りようもない。
「気にしないわけにはいかないよ……だって私今日は全部国本くんに丸投げしちゃったわけだし……」
そんなこと気にしなくていいのに。
今回のデートは殆ど俺が考えている。平乃曰く男の子がこういうの考えてくれた方が色々助かると思うなぁ希を助けようと思ったら当然考えてくれるよねだってほら実際暇だもんね?? と。
なんかちょっと意地悪な言い方をする平乃も良いと思いましたね、はい。
しかも序でに平乃が手回ししたのかどや顔でサプライズデート的な!!? みたいなことを宝田さんへ言いましたので。平乃のせいでごめんなさいね不安じゃない? 俺なんかに全部任せるのは。
「あ、でもさっきの子は結局誰だったのかな?」
心なしか冷えた目付きで宝田さんは首をかしげているようにも……あれ、あんまり見えない? 一瞬だけそう見えたような気がするんだけど勘違いだったようだ。正直に答えた。
「わかんない。なんか将棋の相手をしたら源内印のなんたらこうたらって軽石押し付けられた」
「……へぇ。妙なこともあるんだねぇ。それどうするの?」
「そうだね。どうして石押し付けられたのかよく分からないし、本当は返そうと思ってたけど返し損ねちゃったし、また会うまでは持っとこうかと」
「……えっ、また会う気なの?」
「それはまぁ、将棋の指し方どころか人格すらボロカスに言われたので勝ってぎゃふんと言わせてやろうかと」
問題は、将棋ド素人がアレに勝つのは凄まじい時間が掛かりそうだ、と言うところだ。また会えるかどうかも不明だが、今日だけやってたこともあるまい。勝てそうになったら探せば良い。
「……もしかして、将棋よくやるの? えと。私、その……それなりに、それなりにね? それなりにやってるから……その、よかったら、でいいんだけど相手になるよ?」
「いややったこともなかったしこんなド素人の練習に付き合わせるわけにはいかないから遠慮しとくよ」
「あ、そ、そう? ……えっ??? ド……?」
対局時間掛かるからね。だいたい今日解決できればもうこの関係は終わりだし、これ以上宝田さんの時間を縛るのは駄目だよね。うんうん。
「取り敢えず、立ち話もなんだし移動しようか」
「え……わ、わかった……、っ!?」
宝田さんの反応が心なしか鈍い気がした。もしかして体調悪いのかもしれないな、と思いつつ俺は彼女の手を引いて歩きだした。
「……そう言えば最初はどこに向かうの?」
「この辺りで最近、屋台で辻占いしてる人がいるんだって。ちょっと知り合いの紹介で占い予約できたからそこ行くよ」
「……伏水睡蓮……」
「あれ? 知り合いだったの?」
「えと、まあ……その、大丈夫、なの?」
大丈夫? あ、そっか、三十分くらい後ろに倒れてるからね。
「時間なら結構余裕があるから大丈夫だよ」
最初の目的地は、伏水先輩の紹介してくれた占い師の店。予約は先輩を通したらものすごくあっさり出来たけど、その時間はあと四十分ほど。元々これの前にちょっとどこへ行こうか考えて無難にゲームセンターとかで良いかなとか。
平乃曰く宝田さんはインドア派らしく、誘っても休みの日には用事がとばかりで遊びに行くなんて事は滅多にないらしい。多分ゲームセンター行ったことないんじゃないかな、とのことで。
そういえば。
「…………」
「…………」
一週間くらい時間があったのに、結局宝田さんの事をあんまり知る機会がなかったな、と。
いやまあ俺は彼氏とは名ばかりの盾役だ。わざわざ宝田さんの私的な部分に関わる必要はないでしょう。うまくいけば今日で終わり、ということだし。
それが惜しいような気は、しないわけじゃないけど。
右手を繋いで、無言のまま歩く。宝田さんは俯きがちに後ろを歩き、俺は左へ視線を逸らして。
その姿は、ともすればカップルには見えないかもしれない。俺はどこを見ているんだ。手を繋ぐのが恥ずかしいのか? 昨日までは普通に繋げてたじゃないか、今になって何で? もしかしてこれがデート効果? 逆効果じゃないか。
何故か感じる照れを誤魔化すように背後を見て見たが、こちらをじーっと見ている人は居ない。ストーカーはいない。よし。それは良いけどよしじゃない……!!
「……っ、えと。国本くん」
「……は──い"っ!!?」
「国本くん、は……たしか中学校、別だったよね」
急に繋いでいた右手が力強くぎゅり、と握り潰されて俺は小さく跳ねた。
◆◆◆
どうしよう。
どうしよう。
なにかはなさないのはおかしい。
きょうのわたしはどうなのかな。
へんかな。
おかしくないかな。
ちゃんとわらえてるかな。
「────国本くんは確か中学別だったよね?」
それは今まで感じたことのない不安の塊だった。思えば、ちゃんと私が自分の身嗜みに気を遣って出掛けるなんて初めてだった。それが本当に好きな人ではなかったとしても……緊張はするものだ。
「……ぉう」
自信は、あるはずだった。私は、自分が優れた人間であるという自覚は昔からあった。
「小学校は同じだったのにどうして?」
容姿。身体能力。記憶能力に何から何まで、一通り備わっていた。それら全てが常人よりも優れていた。その差を見抜く観察眼さえも。
「よく覚えてたね、平乃から聞いた?」
「……聞いたことはあるけど、それとは別に覚えてた」
私にその自覚が芽生えたのも早く、あれは小学校に上がる前だったか。どうしてかは分からない。ただふと気付いたんだ。見ているものが違う、と。
とはいえ。別段それらが人間離れしているわけではない。小学生低学年の頃、同じくらい勉強が出来る子は居た、同じくらい五十メートル走が速い子は居たし、歌がうまい子も絵が上手い子も。上げればキリがない。そして。あの子よりもこれが上手い、あの子が絶対できないことが私には出来る、あの子がやったことと全く同じことが出来る、とやる前から分かってしまう事が多かった。実際その予感の通りだった。
こんなのはズルすぎる、なんて思ったっけ。
でも小さい頃は、無根拠にきっとこの特別な感覚も大きくなったらなくなるんだろうな、とか考えていた気がする。
「一回もクラスが一緒になったことないのに?」
「うん、だって名前くらい覚えておかないと、分からなかった時悲しそうにするじゃない?」
「そういうものなの? 俺、中学で同じクラスだった人達の名前半分も言えないけど」
「そういうものです。でもさすがに半分って、それはもうちょっと覚えた方が良いと思うよ……」
でも消えなかった。こういうのが天才、と呼ばれるのだろうなと他人事のように思う。ないよりはあった方が良い。それも思った。
「じゃないと明らかに私怨だなー、って絡まれ方したときに名前って聞きづらいじゃない?」
「……あ、そういう事やっぱりあったんだ」
「…………」失言した。
ある方が面倒なことは確実に多いとも思った。子供の集団。出来た人間だけしかいないなんて事はない。
義務教育なんて、一人一人考え方が違う人間を四十人近く箱庭に突っ込んではい共同生活してください、なんて言っているのだから、当然のように問題は起こる。今でこそ気を払って殆どゼロ近くに出来ているけれど、それだって最初は無理だった。
というかむしろ無い方がおかしい。国本くんもそういう考え方だったみたいで、それは実際正しいのだ。
「まぁ、ね。ある。あったよ。最近は結構気を付けてたけど……現にこうなってるから、隠しても意味なかったかも」
そもそも我が家は特殊だったからなぁ。この様子だと、その事は国本くんは知らなさそうだ。教える気はない。だってそればっかりは知らない方が良いもん。多分反応に困る。
「国本くんも、そういうのあると思ってたけど」
「え? いや、俺は多分そういうの無いよ」
「ううん」
突然の否定に、国本くんがきょとんとした顔で私を見た。
「……だって君は」
◆◆◆
「同類だよね?」
「いや違いますね」
「うんうん。周りの人より出来るのは隠しておいた方が良いからね、順位が出るものは特に。覚えは、あるよね?」
「……ないな」
「……ないの?」
「ないね」
…………おやそうこうしている内に占い師の屋台が目前に。あっ、急に引っ張ら、あー占い師さーん、手相以外で良い占いありますかー!?
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