二十話『偽装カップルと血だまり』

 駅前にある周辺施設の地図の前。そこが俺と宝田さんの集合場所だった。


 電車の遅延は案外早く解消されたようで、集合の一時間前に目的の駅に着いてしまった。


「んじゃ、まあせいぜい頑張れよー」


「あいよー」


 珠喜とは電車を出て直ぐに別れた。行く先を詮索する気もない。どうせ答えはしないだろうし。


 それに、やることは決まっている。別れ際までけらけらとまるで応援する気がないのは僅かばかり、いや、大分ムカつくが。


「────あっ、そこな兄サン。ちょっとちょっと?」


 さてと。待ち合わせ場所が見える場所に着いた。混雑している程ではなく、然りとて人が居ないわけではない。


 だが明らかに地図看板の前だけやけに人だかりが避けているようで。そこには大きな将棋盤の前で座布団を敷いてその上に正座する紫紺の和装の女性が居た。


 だからか。パチリ、パチリ、と扇子を鳴らしながら何やら本を読んでいて。ふと、その女性は周囲を見渡し手招きを改札こちら側に向けてしていた。


 誰かと待ち合わせだろうか。それとも辻斬りみたいな……ああいうのって青空将棋とか言うんだっけ? そういうやつかもしれない。


「おーい。君。君以外居ないからねー?」


 さっきから目がずっと合っているような気がするがそれはきっと気のせいだし俺は将棋に興味はない。興味はないはずだ。経験がないので、やるにしてもどうもコマの動きを確認しながらになる。何故か妙に引き付けられる感覚がある。こっち見てくるからだろう。つい完全に足を止めてしまった。だってそこ待ち合わせ場所だからね。しょうがないね。


「おーい。あれー? もしやわっちの事見えんー?」


 …………背後を見る。誰も居ない。電車が来てから暫くしたから、改札から出てくる人は居なかった。


 間違いなく、その女性は俺の事を見ていた。


「……もしかして、俺ですか?」


「そうだよ当たり前じゃないか!! 君以外居ないよ!!」


「そう……ですかね? いや、何で俺なんですか?」


「君以外暇人は居なそうだ」


「はぁ」


「生返事!!? わっちは相手に餓えている!! 相手しろぉ!!」


 俺は困った。喋り出すと分かったけれど滅茶苦茶声が高く。仰向けになって駄々をこね始めて分かったけれど小柄というか、これ背丈130くらいじゃないかって位で、どう見ても幼い。明らかに未成年だ。というか十歳に届いてるかどうかだ。


「君、いくつ? 親御さんは?」


「女性に年齢を聞いてはいけないというこの世の理は!!?」


「そんなものはない。あと、保護者さん居ないとこういうのするのは危ないよ?」


「こ、こどもあつかいすな!! 危なくないし!!? わっちは……ええと!! 子供じゃない!! えと、将棋出来るのでー!? 出来るので大人よ!!!? ね!!?」


「将棋が出来る事は大人の証明にはならないと思うよ」


「むきゃわー!!! 兄サンよりわっちのほーが強いもん!!! 強い方が大人だと思うなーっ!!! うなーっ!!!!!」


「未成年で強い棋士さんはいっぱい居ると思うよ」


「えっへん。それほどでも?? あるかな!!!」


 褒めてない。って、やっぱ未成年じゃないか。


 その事を口には出さずに俺は彼女の対面に座った。


「おや? 喧嘩売ってる? ですか?」


「どうしてそうなったのさ。そもそも俺将棋のルールすら分からないんだよね」


 うつむきながらぼそりと「……勝った」勝利宣言された。それから非常に人を舐め腐ったような笑顔で。


「……わっちが、テトリス足取りコカトリス教えて差し上げましょう!! 先手もーらい!! 兄サン後手なー???」


「お手柔らかにお願いします」


 単純に、宝田さんが来るまで暇だったから、気紛れで俺は見知らぬ少女との対戦を始めた。


 ◆◆◆


 負けた。それはもうあっさりと負けた。


 対局時間五分ほど。単純に俺がルールすら知らない素人だったことを差し置いても、かなり強いように見えた。


 十手指して首をかしげ、二十手指して劣勢に、三十手指した頃にはもうすでに「あ、勝てないわ」って言うくらいにはなんかもう訳が分からなかった。


「へっへーん、口程にもなかったわー!!! あはー!! ないよ、ないよその手もあの手もバカな指し手ばっか!! はー、時間の無駄だったね!!」


 それはもう気持ちいいくらいに満面の笑顔でバカにされた。コレ駄目アレ駄目無駄多い定石ならー。延々と続く勝者によるダメ出し。というか兄サン目付き悪いよちゃんと寝てる?? ぷくくく、青パンダみたいでかっこわるーっ!!


 俺は大人なので最終的に人格否定されても黙ってた。そして相手の称賛も忘れない。具体的には将棋盤を逆さにして彼女の頭を撫でた。へー、この窪み血だまりって言うらしいですねー。へー。


 おや、なにか勘違いしたらしい少女がぶるりと震えた。


「ひっ、殺さないで……」


 俺は安心させるようににっこりと笑った。


「殺さないよ?」


「う、嘘だあ……? わっちも鬼みたいに頸落とされて駅前のモニュメントになっちゃうんだぁ」


「しないよ?」


「兄サン、剣の名手なんでしょ? ほら今動揺したぁモニュるつもりなんだぁもう終わりだぁ……」


 モニュるって何さ……?


 いや、まて気にするべきはそっちじゃない。


「剣の名手、って」


「姉サンが見せてくれた中学剣道の動画に出てた。無敗だったのに棄権で止めた。本人サマでしょ?」


「……さぁ?」


「あっ、違うの!? それはとんでもない勘違いを……姉サンをして『この人とやりたかった』と言わしめた公式戦無敗だったとかいう男を倒したら実質姉サンに勝ったことになるのでは……そう思ってたのに!?」


「本人かどうかはおいといてジャンル違いだから勝ったことにはどのみちならないと思うよ?」


 そういうと、しばらくぽかーんとした後で彼女は「嘘だッ!!!」と鳴いた。


「あ、でもなんかこう、映像とか見たとき感じたアレ、あれだ。機械っぽさがないね兄サンには。やっぱ違ったかー。という訳でママが余ったって言ってたゴ──お詫びの品をあげまーす」


「今ゴミって言いかけなかった???」


「価値観は人それぞれ!!! わっちはゴミだと思う!!!」


「じゃあゴミじゃん」


「そうともいうし、そうじゃないかもしれない。そういうことよ坊や……」


 なんかその通りな気もしなくはないが、どや顔でそう言われると釈然としない。そんな感じで少女から拳に収まるサイズの物を受けとった。


 それは地面に絵でも書けそうな感じの白い小石だった。


「それね、源内印の怪盗百八道具の幻の百九個目(二十四回目)、【心の軽石】だってママ言ってたよ」


 ん? 何て???


「最近ママがわっち将棋しに出掛けるのよく思ってなくてー、物騒だから悪い催眠術オジサンに誘拐されちゃうよって言うからーわっちはじゃじゃあ催眠術効かないような物開発してよママえもーんって」


 言われてしょうがないなって持たせるものが軽石ってどうかと思うよママえもん。


「って、そもそも悪い催眠術オジサンって何……!?」


「わっち知らん。ママたまに変になるし、姉サンはどうしてか脳ミソまで剣士だから何でも斬ればいいって言い出すしそもそもわっちもわっちで催眠術効かんもんっ!! そもそもどーでもいいからねっ! だからしーらない!」


「そっか……でもほら、これ君のママさんが持たせてくれた物でしょ? 簡単に人に渡していいの?」


 そう聞くと、なぜか少女は鋭利な目付きで俺を睨んだ。


「……誰が義母さんママって呼んでいいって言った???」


「言ってないけど!!?」


「へぇ、言ってないのにわっちのママを義母さんと」


「呼んでないけど!!?」


 一変、少女は両手を頬に当て恥ずかしそうに身を縮こまらせて。


「わっちのママを義母さんって事は、わっちの事を好きってこと……へぇ、こんなロリーボデーを、一目惚れ、と?」


「─────国本、くん?」


「言ってないからね一言も……えっ」


 声に振り返る。


 宝田さんがいた。


「あっ……わっちアレですよアレ。言い寄られてました。……その、どうぞ?」


 少女が逆さの将棋盤を指差してにこりと宝田さんに笑い掛けた。宝田さんは、それに応じるようにとても爽やかな笑顔を返す。


 その後ろでムカつく顔した探偵が道端にも拘らず腹を抱えで転げ回っていた。

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