十九話『偽装彼氏と遅延電車』

 苦渋の決断を経てスマホケースを返してもらいダミースマホを返却した。


「まったねぇーっ!! 国本美都クン!! 次に会う時はそのカスペックなスマホの機種変した後だと良いねぇー!!」


 本当になんだったのだあの探偵は。去るときまでやかましい人だったな。


 って、うわあ、スマホケースに名刺挟まってるや。裏側には『何かあったら連絡ヨロ♪』と角が全く見当たらない丸い字で書かれていた。文字まで癖が強い。


 名刺の通りなら探偵業を営んでいるのは間違いないだろう。連絡先に住所に、スティーカちゃんさん──いや安藤須智佳さんをモチーフにしたアニメチックな二頭身のキャラクターがピースしているイラストまである。現実と違ってすごくかわいい絵だった。


 とはいえ……ええと、信用出来……ううん、まああの人信用して大丈夫なのかという疑いはある、あるけど、宝田さんの知り合いだ。いざというときは頼ってみることを視野にいれ……いれ……いれるの……? うーん。


 ま、その時が来ないといいね!!!


 という訳で思わぬところで少々時間を食ってしまった。ひとまず道中の図書館で時間を潰そうと思っていたけれど、約束の時間まであと二時間無いくらいだ。


 出来れば三十分前に着いておきたいと思ってて、あと一時間半ほど。加えてここからだと移動に三十分掛かるかどうかだから、まだ時間的に余裕がある……電車使うから先に路線をスマホで調べておこう。


 ……うわぁ、……電車止まってるのか……。


「じゃ、早めに行くかな」


 仕方ない、ゆっくり行って間に合わないなんてことになったら嫌だからね。



 ◆◆◆



「えーっと、財布持った鍵も持ったし、ええとこの時間なら大丈夫間に合──(スマホで電車の遅延を確認)えっ……、こういうときにどうして……っ!!」


「たっだいまーですよお嬢「須智佳良いところに!!!」お出迎え……おやぁ? 珍しくお焦りなご様子……そんなに彼が気に入ったんですかぁ? あとスティーカちゃんです」


「スティーカ、車出せる?」


「……っ!! お嬢サマ、遂に呼んで……!!?」


「どうしたの須智佳……ボーッとして」


「……はーいっ! 車ですね金ぴか二種免許持ちのスティーカちゃんにおまかせあれーっ!!」


「はいはい。急がないと、わざわざ時間遅らせてもらったのに遅刻したりなんかしたら周りにどう思われるか……一度は遠慮したけど折角皆がわざわざ場を整えてくれてるのに私のせいでおじゃんになったら駄目でしょ?」


「あ、そっちの告白祭の犯人捕まえる方なんだ。スティーカちゃんちょっと拍子抜けかも」


「……何だと思ったの?」


「何だと思います? 正解したらスティーカポイント5ポイント贈t「あ、じゃどうでもいいです」えーお嬢サマ冷たーい!!?」



 ◆◆◆


 電車なう。


「やあ」


 というのはきょうび死語の類いに含まれているだろう。そもそもいつ流行った言葉だよ。


 検索検索…………おお、十年ほど前らしい。


 十年前。十年前ねぇ……十年前の仮面ライダーはオーズだったしプリキュアはハートキャッチだった。そしてスーパー戦隊はゴセイジャー。そして俺は五歳じゃー。覚えていたのは平乃のことばかり。幼稚園の遠足ではぐれる平乃と抱き合う俺、大泣きする平乃、反面ニコニコする俺。平乃と二人きりで嬉しかったんだね。人の流れからどんどん離れて時間稼ぎして……先生合流したときにすごい微妙な表情だったのは俺がきっとなんでもう来ちゃったん??? みたいな顔をしたからだろう。これが若さか……いや待て回想の俺八つ当たりとばかりに先生を蹴るな頭突くな舐め回すな!! うっわ、抱えられてドナドナされていった。あいつ単なるクソガキじゃねぇか。本当に俺か?


「美都、今朝は災難だったねえ」


 デートが始まる前から既に平乃に朝食を振る舞ったり、同級生のストーキング疑惑に探偵少女にウザ絡み。


 電車の遅延やらアクシデントが既に起きてて内心ドッキドキだ。なるほどデートってこういうものか? そうかも。


「おーい、美都? 聞いてる? 無視ー?」


 うーん。只でさえ昨夜から緊張してて寝不足なのにこれとはもう既にキツい。


 ……いや、この程度で弱音吐いてどうする。今日、告白祭の犯人捕まえてしまえば、この関係は解消になる……はずなのだ。


 ここが頑張りどころだろう。本当に捕まるのか……催眠術とか使えばなんかすぐ捕まりそうなものだけどね。どうなんだろ、『っす』の人的にはやっぱりそういう利用は出来ないとかあるんかな。ありそうだな。あんなに悪用できそうなもの、ポンポン使ってたら大変なことになっちゃうだろうし。


「仕方ないね。ここは取っておきのネタを……週明けなのに何故か明らかに寝不足な内藤先生のモノマネしまーす」


 にしても、電車が遅延していたのに乗ってる人がやけに少ない。妙だな……。待たされている分人は多くてもおかしくないと思うけど。気のせいか?


「────国本くん、ハァハァ、美都クゥン、ハァハァ、良いケツしてんねぇハァハァ」


 …………、さて。窓の外が綺麗だナー。良い天気。クソ曇天。不安を煽る低気圧に暴風にバッサバッサ揺れる麦畑。


 横を見る。


 野暮いジャージ。鼻息荒く手指をわしゃわしゃぬるぬると動かしながらこちらへすり寄る男。


 …………もしもし駅員さん????


「わぁあ緊急停止ボタンに手を伸ばすのはアウトじゃない!!? みんなの迷惑じゃんね!??」


 君のせいだよ。


「ぐ……っ」


 俺が冷めた目線を送ると、珠喜は苦虫を噛み潰したような顔で。先生の物真似用に着ていたのだろうか、上に着ていたジャージを脱いだ。


「…………あのさぁ。お前は何をしているんだよ、珠喜」


「……漸くこっち見たな? いやー、いつまでもこっち見てないから美都が幽霊になったのかと」


「しれっと仕切り直しするんじゃないよ、何のマネだよ今の……車内に他の人がいなくて良かったな。居たら撮影待った無しだったぞ」


「アラサーになって一回ふと結婚したくなって婚活したけどどのマッチング相手にも悉く趣味を扱き下ろされ心の折れた女教師の物真似。流石に格が違うね、美都の心の壁まであの人にとっては紙のように引き裂いてしまう……」


「プライベートな情報公開してそれっぽく納得するの止めろよ珠喜、別に内藤先生はキモくないだろキモいのは物真似してる方。お前だよ珠喜、お ま え」


「はっはっは、内藤先生の全てを完全再現したまでさ、苦情は学校の意見箱にどうぞ」


「酷ぇ」


 珠喜は俺の反応の何が面白かったのか、満足そうに腕組みしてうんうんと頷いていた。


「というか、須智佳さんの事を珠喜はなんでもう知ってるんだよ?」


 妙に思った事を遅れながら聞く。一応耳には入ってたんですよね。


 珠喜はやれやれと妙にムカつく感じで肩を竦めた。


「珠喜君はなんでも知ってるのさ、今日の美都の運勢からラッキーアイテムまで。さらにバッドなアイテムもお付けしちゃうね。三節棍だよ、三節棍だけは何があっても避けてね」


「おまけ感覚で不幸アイテムの情報寄越されても困る……っていうか何の用があって同じ車両に乗ってるんだよ珠喜」


「緊張してるだろ? 喜べ、解しに来てやったぜ?」


 そう言って棒を取り出した珠喜。それを引っ張るとあら不思議。三本に分かれました。


 なるほど。冷やかしだな?


「くくっ、そう思うか?」


「そう思うね」


 俺がそう言うと、珠喜はどこかショックを受けたかのように俯いて。


「…………どぅるるるるるるる………でん!!」


 セルフドラムロール。


「………………正、解……!」


 にいっ、と笑って顔を上げた珠喜がそう言った。


「…………そっか、じゃ────」


 俺は珠喜に殴りかかった。


 ◆◆◆


 冗談はさておき。


「何が冗談だよ、殴りかかってきたから応戦しようかと思ったけど何なのさっきのあの動き、額に殴りかかった手が弾かれたんだけど。何あれ人間の動き?? なんなの?」


「これは……剣道だよ」


「ぼくのしってるけんどうとちがう」


 当然冗談だ。


 というか俺も何の拳法かは知らない。ヤーさん仕込みの護身術なのでヤーさん流とでも。ヤーさん曰く『女を守れるように』とのこと。護身術らしく防御逃走の方を重点的に仕込まれた。さっきのはヤーさん曰く『流石においらでも銃弾タマは無理だがなー』とか。ある程度教わったお前なら多少は荒事も対応可能!! とかもヤーさんは言ってたけど……ヤーさん、普通に生きてたら暴力沙汰には縁はないよ??? 銃弾って???


 珠喜の異様な耐久力は知ってるが、本気で殴りあって補導されたりとかしたら大変だ。珠喜も直ぐ気付いたのか最初の顔面狙いのカウンターを放ってから慌てて拳を下ろした。初撃反射で顔面打ち返す動きだけ訓練されたものを感じた。アレ普通に常人の反応速度じゃないよ。原因は……白浪さんだろうねぇ。


「…………あ、そうそう。美都」


「何?」


「バックアップは僕達に任せてデート、楽しんできなよ? お前の回りで問題が起きてもお前に情報が回る前に全部片付け、「何が目的だ珠喜」……えぇ……疑うの速すぎじゃない?」


 いや君普段の自分の行い覚えてる? 平乃とくっ付けようとして宝田さん若干目の敵にしてたり、俺が女子に気が利かないとかそういう噂を流したり、あと君に俺たちが偽装カップルである噂を流してるという疑いがあるわけですよ。積み重なったそういう行いが、珠喜くんの信用を奈落まで落としてるわけですよ。


 俺が疑念の目をじとーっと向けていると、珠喜は呆れ半分に言い返す。


「疑うねぇ。今回は本音だよ。当たり前じゃないか、僕たち友達だろ?」


「で、本音は?」


「ここで仲睦まじい二人を見た赤城さんが自分が嫉妬している事実に気が付くと同時、自ら己の首を絞める行為に走っていたことを自覚して夕陽が照らす駅前を走る。そして告白! ハッピーエンド!!」


 コイツの頭の中身がハッピーエンドだった。


 とはいえ、この考え方…………信用してもいいかもしれない。した。


 ……いや現状偽装彼氏なので表立って賛同してたらおかしいので何も言わないけど。珠喜はつい大きな声を上げたことを恥じるように消え入りそうな声で話を続けた。


「だから、ま、成功してくれて構わない……というか、そもそも今日のデート、何事もなく行くとは思ってないよね?」


「まあ、何かしらあると思うけど。話の流れ的に宝田さんへの告白を連日行うとかいう頭の悪い迷惑行為を考えたやつが何か仕掛けてくるんだろ?」


「その通りだよ、つっても相手はまず高校生だし、僕たちも動く。だから大したことにはならないよ、安心してくれ?」


「その珠喜たちが動くっていうのがあまりにも信用ならないんだけどそれは」


「はっはっは。そんな信じられないのか……僕のことを……?」


 うん。


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