十八話「偽装彼女の準備中」
───一時間くらい集合時間遅れさせてもらっても……いいかな?
とは言われたものの、時間が微妙だった。一度帰って平乃の寝顔……というのは良いが、今ばかりはどうも避けたい行動だった。
何故か。原因はたった一つ。
「あはー、どこ行くんですか国本美都少年!!」
この暫定探偵の女性だった。
いやなんでまだ付いて来てるのスティーカちゃんさん。抱きつこうとしないでよスティーカちゃんさん。今抱きつき避けた先に足置いて転ばせようととしてなかったかなスティーカちゃんさん。伝言(?)は伝えたから帰ってくれてもよくないか?
だいたいなんかこの人から厄介な人って感じのオーラがぐんぐん感じるから出来れば厄介なことになる前に帰ってほしいんだけど。自宅に帰るのにも付いてきそうだから帰れない、こういうのは平乃だけでいい。他人からやられたらただただ厄介だ。
いや平乃は厄介じゃないが?? まず可愛いしなにより可愛い。目の前の探偵某も見た目はかなり整ってるが、それよりも可愛い。当たり前だろ平乃だぞ。見た目だけじゃなく魂まで可愛いだろうが。
走って撒こうか考えたけど、この手の人は目を放すとすぐ変なことをするだろうから基本的に見ておかないと危ないタイプの人間だろう。平乃もそう。ちゃんと見ていないと……。
見てないと……。
「……あの、なんでまだ付いてくるんですか?」
「あーそれはね────」
ああ、この動きは。
「嘘吐こうとしないでください、不快です」
「えーっ、ふ、不快ぃ~!!? いきなり不快とか、ま、まだ何も言ってないじゃんよー!? せめて嘘の一つくらい吐かせてよー!!」
俺が冷たくそう言っても、ニヤニヤと嘘を吐こうとしたこと自体は隠そうとしない。
今一連の動作に、昔の平乃がダブって見えた。非っ常に腹立たしいことに、赤の他人のこの人が。
『────……あっははごめんねみーくん!! 今日パパ帰ってくるから遊べないや!! ほらあたしパパ大好きっ子だからさ!! ごめんねー、そんな顔しないでよ、みーくん!!』
生憎その取り繕い方には覚えがあった。勿論初対面の他人がそんなことを意識的にダブらせたなんて事はあり得ない。
だから俺が勝手に不愉快な気分になってるだけなのだが……それとは別にこの人は普通に不快だと思う。
あーほらまた落ち込むふりして俺のスマホを別の何かにすり替えようとしてるじゃん。手慣れたな手つきでダミーをポッケに捩じ込んで取ってこうとしてたんですけど。探偵怖っ。
「昔の幼馴染みの……心にもない嘘を吐こうとした時の目線の移動に重心移動に、それから瞬きの癖まで。何から何までそっくりでした、わざとらしいくらいに。……何を企んでるんですか」
「心にもない、かあー…………そんな理由で看破されたのはちょっとやだなー。今度その幼馴染みちゃん紹介してよ」
「嫌ですけど」
「ま、こっちで勝手に調べちゃうから断られても別に良いんだけどねー! ディティクティブなスティーカちゃんに不可能はーありませんっ!!」
「……こんな手段で?」
俺は先ほどこの人がすり替えたダミーのスマホを見せてそう言った。因みに相手が持っていったのはただのスマホケースである。スマホはちゃんと持っている
「あっ嘘でしょ手癖悪っ!!! 最悪!!」
「すり替えようとする方が悪くないですかね。返してくださいスマホのカバー。これ返しますから」
「いいの? それSIMフリーとはいえほぼ最新機種、君の家の財政難は相当だからそっちの方がいいんじゃないの? ほら◯ラブルめっちゃぬるぬる動くよそれ。マルチチマチマ殴るモーション見るよりもリロードの方が速いよ? 何よりグラ◯ルの華、古戦場が固まらない。ね?」
「ははは最低限の機能で十分ですよ古戦場は廃人だけが走るんですよあはははは」
「じゃあ放してよ」
「……(ニッコリ)」
「あああああ!!! 物欲に負けてるよこの子ー!!!」
「安心してくださいスティーカさん……古戦場の英雄になります」
「なんにも安心できないねぇ!!!?」
◆◆◆
一方その頃宝田家の二階にある一室。
「これ、変じゃないかなぁ……」
姿見に自分の姿を映して、うむむむと唸る宝田希の姿がそこにあった。
高校生になってからというものの彼女にとっては休日とは勉学に励む日でありそれ以上でもそれ以下でもない。女友達と遊びにいくことすらしていなかった。
誰かと一緒の外出というものが久し振りで、舞い上がっているのだろうか。彼女は今日のデートに対して不可思議な熱を抱いているのを感じながら、ああでもないこうでもないと服を選んでいた。
宝田希は、己のセンスが良い方である、という自覚が多少だがあった。普段であれば適当に買ってきた服を適当に合わせるだけでそれなりに様になる。客観的な目から見ても顔にもスタイルにも恵まれている部類だろうが、実際それを加味しないでもセンスのよさを備えていた。
一方で素材の良さに甘えず、美貌を保つためには最大限の努力をしている。そしてその努力を他者に匂わせることはなく……こらそこ匂わせる他者が実はいないんだろとか言わない!! 実際居ないのだが。
実は高校に入ってから八方美人を維持していたせいでか、女子の友達は平乃を通じてしか仲良くなることもなく、彼女自身の噂も高じて高嶺の花扱い。女子すらも畏れ多いと絶妙な距離感までしか踏み込んでこないのだ。
勉強が出来て、家柄も良くて、見目麗しく。三拍子揃った高嶺の花。
「うぅ、寝坊しかけたし須智佳は国本くんに迷惑かけてるし、なんだかどの服も微妙に見えるし……っていうかよく見たら寝癖酷……あー、もしかして私髪整え忘、忘れ、て(ガッ!) づっ!!?!?!? ……ぁ………っ!?!?!? こ………小指、た、タンスに足……ふっ、……ぇぐ……くだけた……」
それが
「うぅ、くだけてなーい砕けてない大丈夫大丈夫私は大丈夫よしよし、歩ける歩ける、洗面所まで────きゃ、あああああああああ!!!?」
痛みに一瞬怯み、階段を踏み外す。ゴロゴロと階段を転げ落ちていく宝田家長女。誰もいない家に彼女の悲鳴が虚しく響いた。
「…………わーいさすがわたしですね、かんぺきなうけみです」
虚ろな目で、彼女はそう言った。とてもむなしかった。
────約束の時間まであと二時間。
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