十六話「偽装彼氏と味方のいないファミレス会:後編」

「さて話を戻そうか」


 珠喜は平然とした様子でそう言った。平然と。さっき顔面スケートしてた人とは思えないほど平然。


 ギャグマンガでキャラクターが爆死した次のページばりに無傷。これはギャグマンガだった……?


「こほん。加減しましたからね」


「あれで加減……?」


「白浪墨渦が本気を出したらこの店更地だからね」

「うわなんてゴリラなのかしら」


「貴方達……? 流石に店を更地になんて出来ませんわよ、いい加減なことを言って……話を進めなさいタマキ?」


「はっはっは、いやまあ白浪を煽るのは楽しかったけどしょうがない、どうしてもというのならこの辺にしておこうか、ははは」


 よく見たら机の下で珠喜が腕を捻られていた。表情には殆ど出ていないが……どうなってるんだ珠喜のフィジカル。


「今日集まって貰ったのは他でもない。そこにいる国本美都の「────ご注文の『クッコロでか盛りパーティープレート』です」


 言葉を遮ったのは同世代の女の店員さんが持ってきた両手持ちのお盆ごととおかれる山のような料理である。


 重かったのだろう、腕をぐるぐるぷらぷらさせる店員さんの顔には露骨に疲れが現れている。


「……はぁ(マジ重。じゃんけんでグー出したら全員パーだった……なんだよ同僚全員頭パーなのかよ……ていうかこれ頼んだの国本くんの連れかぁ……これの注文は止めてよ、もう……店長これ頼まれた辺りから手が付けられないくらい狂喜乱舞しちゃってまーヤなんだけど)……ごゆっくりどうぞー」


 すいません……。うちのバカがすいません……。


 俺が謝罪の意を込めて軽く頭を下げると、しゃーないわ、と納得したかのような後ろ姿で店員さんは帰っていった。


 ……因みに当店ではこの注文を運ぶ人はじゃんけんで決めるという風習がある。


 別名罰ゲーム。この5歳児よりも重いプレートを持ちたくないがために泥沼のじゃんけん合戦に付いた渾名としては妥当だろう。


 店長の前で別名を言うと笑顔で『じゃあ私が持っていくね!!』というので注意が必要だ。


 というか10キロ越えてるこんなもの女性に持たせるものじゃあない……が店長が罰ゲーム食らっても嬉々として運ぶから誰も反抗できないのだ。


 だって店長体重40kg切るくらいの超細身で非力なのに嬉々として持とうとするからね。どうして。


「「「「「……うわあ……」」」」」


 店員さんが立ち去ると客側からは困ったような感嘆を洩らした。


「なぁ?」


 これどうするよ? というものを珠喜からも感じる。いやお前が注文したんだよ、代金白浪さん持ちで。


「いやいや(苦笑)」


 他人の財布だから高いのを頼もうとしたって? じゃあ一人で食べてよ。無理?


 ……だよねぇ。


 拳大のッケが三十個、山の表面を多い尽くすようにあったらね。なかには唐揚げの層の下にナポリタン、その下にサラダの山を挟んでバターライス、そしてスープの詰まった餃子だ。


 大体店長の気分しだいで配分が変わる。今回は……あー駄目ですオークも裸足で逃げ出す一番ヤバイやつ(店員評)だ。大体13kg。1ヶ月注文なかったって聞くし、店長のはしゃぎようが目に浮かぶようだ。


「────イヤッホウ美味しく食べてくれてるかなぁ!!?」

「────店長まだ散らかした分が全然片付いてないですから厨房でないでくださいよ!!!」


 …………はい。なんか聞こえ……なかったことにしますね。


 因みにクッコロ盛りのクッの部分は不明だが店長の趣味だろうというのがもっぱらの噂だ。


「あー。えっと。一人2キロ食べれば大丈夫だな」


 …………。


「「「「「無理だよねぇ!?」」」」」


「だよね……。という訳で助っ人呼ぶけど良い?」


「いいも悪いもないだろこれ」「俺らは多少食える方だが……大食い選手でも怪しいだろこれ」


 俺が提案すると百瀬と合川がそう言った。皆概ね同意見らしい。


 という訳で俺は


「さて、適当に食べながら美都が電話してる間に本題の話をしようか……ずばり美都のデートコースだ!!」


 ……お、つながった。もしもしこの声は親父じゃないな? というわけで突然で悪いけどバイト先来てくれないか?


「集まっといてなんだが、それ俺らが考える必要があるのか?」


「大一、いい質問だ。……美都がそう言う細かい気配りが出来るだろうか……どう思う広一??」


「出来るだろ、美都だし。結構ちゃんと考えてるのも見てたしな」


「そう出来やしなー────あれ??」


 失礼だよな珠喜は。


 ……え? 来たくない?? 何でだよ、普段なら二つ返事じゃん。なんなら今回はバカ盛りのご飯までついてくるんだけど……え、なんで??


「今回この男は御姉様とどこ行く予定なのですか、タマキはなにか知ってます?」


「ここから三つくらい下ったデカい駅あるじゃん。そこでほっつき歩くんだと。センスがないと思わないですか先輩?」


「あの辺りだったら腕のいい魔法使……占い師知ってるけどっ、紹介した方がいいっ?」


「御姉様、あまりそういった物は喜ばない印象がありますけど……伏水先輩の紹介なら是非、ですわね!」


「おぅ、墨渦ちゃんがそう言うなら先輩張り切って協力お願いしてくるっすー!! ……じゃなかったお願いしてくるねっ!」


「……あっれぇどういうことだぁ全然否定的な意見がないぞぉ……? ここは恋愛初心者の美都くんに手取り足取り袋叩きするところでは?」


 珠喜やっぱ俺のこと嫌いだろ。


 ……で、何だって? 俺と二人っきりが嫌……だと……!? 傷付くんだけど……あとそう、別にいま一人じゃないから。えーと、合川と百瀬と珠喜と……白浪さん……そうそうかしらの人。あと伏水先輩って人がいるから二人っき──あ、切れた。


「……お、美都終わった?」


「切られたけどたぶんあの反応なら来るよ」


「誰呼んだの?」


、かな」


「フっ────」


 何かに気付いたのか笑顔で珠喜が倒れた。立てた親指がじわじわ机の下へと沈んでいった。


 何を思ったのかわからんが、それは多分ロクでもないことだろう。珠喜だし。


「国本くんはいろんな知り合いがいるんだねぇっ」


「……? いやそんなに知り合いいないですし、人並みだと思いますよ先輩」


「いやいや、そんなことないよっ? ねぇっ?」


 各々微妙そうな反応である。合川百瀬はコロッケ旨そうに食ってて話聞いてなかったし、白浪さんは(どこが……?)と顔を歪め、珠喜は死んでいる。それを見て少し肩を落とす先輩だった。


 まあ先輩には申し訳ないけど俺の人脈は並以下だよ。


 基本的に平乃以外に興味なかったから……中学の頃なんて部活とか授業とか最低限の集団行動を除外したら、ほぼほぼ単独行動しかしてなかった。


 もっと同級生に壁を作らず友好的に生活してたら先輩の発言に頷くこともあったろうけど……現実は非情である。


 いやこの場合非情は俺か。


 …………。


 ………………。


 ……………………あれ? みんな黙った。


 おかしいな、いや食べる分にはいいけど。誰も喋らなく……ああ。


 珠喜が倒れてるから会話を橋渡し出来る人が居ないのか。ここに集まったの主に珠喜の呼び掛けだったし。


「……鎧塚くん死んでるから私が喋るしか……っ?」


「いや、先輩。いいです、俺がやります」


 俺が挙手。ここでコロッケたべてた二人がその言葉で何か思いついたか、弾かれたように手を挙げた。


「いやいやここは俺が」「広一にだけいい顔はさせられねぇよ。ここは俺がやる」


 そして一斉に白浪さんを見た。


「え?…… あっ、私がやりますわね?」


 ゴスッ(珠喜の脇腹に拳が刺さる音)


 ガンッ(反動で珠喜がテーブルに頭突き)


「オレガヤルヨー??」(白浪さんの裏声)(珠喜の腕を持ち上げる)


「…………。」


 ……本人は完全に気絶していた。


「…………もうちょっと珠喜大事にしようよ白浪さん」


「生易しいですわね、あのタマキですのよ?」


「にしてもやりすぎじゃ……?」


「やりすぎと言われても仕方ありませんが。タマキですから」


 平然とそう言った。これ白浪さんが凶暴なだけとかじゃない……のか?


 だとしたら珠喜に何されたんだよ白浪さん……。


「多少噂くらいは聞いてるけど……実際鎧塚くんに何されたの墨渦ちゃん」


 と思ったら伏水先輩が聞いた。どうも珠喜と白浪さんは昔から知り合いだった風に見える。それも浅くはないような仲に。それは、ちょっとだけ気になる。


「そうですわね……簡潔に言うと屋形中に私が誰を好きなのかバラされたり行事中の私の写真をばらまいたり噂を許嫁に告げ口したりして諸々の評判を叩き落とされましたわ。しかもそれは破談に。他にもありますわね、大事にしていたおもちゃの指輪がすり替えられてたり、」


「────あー(復活)それはメイドたちが聞きたがってたからで写真も欲しがってたから応えただけ。人気あるからねぇ君は。でもほら、許嫁くんの件は……彼を守るための尊い犠牲だったねぇ、ほらこんな暴力女と結ばれるなんて普通のやつなら全裸で逃げ────「    」───ぁぁぁぁぁぁ!!? ノータイムでアイアンクロぉぉぉぉぉぉ!!? ビックリしたなぁー!? ほんとのことだろ!!?」


 こっちは絞められながらも平然と喋るお前にビックリだよ。


「はっ、つい反射で……!!? いつもこうだから、気が参っちゃいますよね……!!!?」


 白浪さんは過去のあまり触れられたくない部分に触れられてなのか、それとも珠喜の煽りでなのか、顔を真っ赤にして怒気を顕にしていた。


「……珠喜、白浪さん煽るの止めない?」


「非暴力非服従ペン剣最強、たとえ認知が歪んでも事実は変わらない。僕にとって人の黒歴史を掘り返すこと以上に楽しいことなんてそうそう無いって、分かってるよね? そうだろスミちゃん、伝票よろしく」


「は? 伝票……ああペン剣……また懐かしいを……。放して欲しければ偏向報道を改めなさいへっぽこ記者気取り」


 白浪さんが珠喜へのアイアンクローを解いて、それからぱっと伝票を自分の側に引き寄せた。


「さてと、正直タマキにはこのまま黙っていて戴きたいのですが「無理だね、僕にとってこれは生き甲斐だからね」このとおり知識でマウントとって煽るだけの心のない人間ですので」


「失礼な、僕にだって人の心の一つや二つあるさ。あと白浪? そろそーろ、周りの目が恐らくヤバそうだから抑えなよ? 全くこれだから君は……相手に出来るのは僕くらいじゃないか??」


「他に客いないですけどね」


「いややり過ぎたら普通に出禁だよ。白浪さんだけじゃなく君達全員出禁になるから気を付けてね」


「あ、はい……それはそうですね……」


「────あらいらっしゃい彼氏さんのお迎え? あっちにいるわよ~」

「────え、いや、か、彼氏なんかじゃないですよ~、はは、あは、あはは……」


 誰かが入店してきたらしい。会話だけが聞こえた。


 それを聞き、どうしてか百瀬と合川が反応した。


「なあ国本ちょっと聞きたいんだが」「まさか呼んだ奴って」


「うん、平乃だよ」


 あいつ、ここから家が近くてよく食べるから呼び出すなら最適だったんだよね。ついでに帰るとき一緒に帰れば比較的危なくない。


「……相方のデートの作戦会議に呼ばれる」「それで今まで気付いてなかった嫉妬に目覚めるのはアリか?」「アリだ」「よし、彼女を差し置いて夜中に別の女を呼び出すその愚行、今回は不問にしておいてやる」


「えぇ……?」


 なんかよくわからないが許されたらしい。


「あれー、本当にみんな居るね? 今日はどうし……あっ、名物大盛り!! これ頼んだからあたし呼んだの!?」


「そうだよ」


「おおーっ!! ナイス美都!! いやー、一人だと流石に頼みづらくてねー、あ、ちょっと鎧塚くん席退いてくれる??」


「はいっ!! オラ百合厨お前らが退くんだよ!!」


「何でだよ!!?」「勝手に国本の隣に座らせようとするなや頼まれたのお前じゃねぇか!!!」


「んだとやろうっていうのか表出やがれ!!」


「ああやってやろうじゃねぇか!!!」「後悔するんじゃねぇぞ!!!」


「えぇぇ、そこまでするくらいならあたし椅子持ってくるけど……あー行っちゃった」


 出てった三人。呆然としながらも何だかんだ百瀬の座ってた辺りに座る平乃。


「あ! べ、別に隣がいいとかじゃなくて、その……ほら!! こっちの方がスペースあるから!!」


 急にわたわたと弁明を始める平乃。表情がコロコロ変わる様は見ていて楽しいが。


 それよりも。


「それくらいちゃんと分かってるよ平乃。取り敢えずコレ、食べようか」


「あっ、はい、いただきます。んーっ!! んまーっ!!」


 俺は、料理を美味しそうに食べる平乃が一番好きなのだ。




 ◆◆◆◆◆




 宝田邸。


「……須智佳、ほんともう、ここまで見越してわざわざ砕いたというなら、凄いを通り越して気持ち悪いよ」


 録音を聞いた。生徒会室ではやはり催眠術に嵌まった国本くんが質問を受けていたのだった。


 そもそも、催眠術、と言うには伏水のそれは


 元々伏水の家に伝わるそれは……言い変えれば自白をさせるものである。


 あの人が使うものにそうじゃないものが含まれているとしても、まず間違いなく詰問するときに使うのはそのだろう。


 私が知っていたのはそのくらいだ。お父様が家の事はあまり関わらないようにしてくれたから、家同士の付き合いがあるらしい伏水家のことはそれくらいしか知らない。


「この言葉に嘘はない、ってことだよね」


 そう呟いて、私は再生ボタンを押した。


『知ってるんだぜお前らが偽装恋人とか言ってるのは。お前が赤城平乃を好きだったことは。今すぐお前ら別れれば俺はお前の邪魔はしない、わかるか?』

『そう言われて頷くと思う?』

『赤城平乃と両思いになるサポートをこの伏水にさせる』

『そう言われて頷くと思う?』

『この女に掛かればどんな奴も思い通りだぜ? なぁ?』

『そう言われて頷くと思うか?』

『強情だな、頷きゃすべて終わるってのに、さっさとしろよ』

『会長、何事もやっていいことと悪いことがあるんだよ。お前は、何にも見えてない』

『は?』

『仮面の裏で泣いてる人が居る。泣いてるのが見えるなら、そんなこと出来ないだろ』


 …………もしかして、とは思った。私は常に、という仮面を着けて生きてきた。問題にならないように取り繕うのは、得意だった。けれど、そうやって八方美人をするのは不可能で、どうしても無理があった。辛いこともあった。


『なんとかしてやりたい、そう思うだろ!!?』


 この人はもしかして、そういう私の事を見ていて……。


『なあ生徒会書記さん普通に涙目になってるから少し理由聞いてやったら??』


 まあ違ったんですけれど。はい。物理的な仮面でしたね。まーぎらわしーい!!!


 あ、ちなみに最後まで偽装恋人を認めることも赤城平乃が私より好きだと言うことを認めることもせず最終的に『お前ごときに彼女を渡せる訳がねぇだろ』って啖呵切って退出するところまで録音がありました。


 …………はい。そういうことです。


「スティーカちゃんだよー、そろそろ偽彼氏にフラグが立つ頃かと思って妨害に来たよー!!?」


「うゃあ天井から顔!!? 怖、帰って!!?」




 ◆◆◆◆◆




 あのあと。何だかんだで完食した後外で倒れ伏してるバカ三人を放置して解散した。


 嘘です。白浪さんが私に任せていいから赤城さんちゃんと送りなさいって言うから任せてきちゃった。


 伏水さんは伏水さんで「次会うときからは私を絶対に信用しないでね」なんて変なことを言って帰っちゃったけど。


「いやー食った食った食っちゃったー」


「ホントよく食べてたなぁ」


「そりゃまあ張り切りますよあたしだってね」


 そう言って平乃は振り返る。今来た方角を、少し目を細めて眺めて。


「実はさっき呼ばれたとき、もっと人数少ないものだと思ってたんだ。ほら、美都って学校で殆ど誰とも話さなかったでしょ? だから、驚いちゃったんだよね、美都にいっぱいともだちがいるーっ!! って」


 ……確かに、そうだったかもしれない。発端が珠喜だったからとは言えど、あれだけの人数は集まらなかったかもしれない。白浪さんとか特に。


「それとさ……安心したよ」


「安心? なんで?」


「え、だって美都ぼっちだったじゃん」


「そうだけど……それで安心?」


 なんで俺がぼっちじゃないと平乃が安心するのかは、ちょっとよく分からなかった。


 ただ、聞き返した時に、平乃は苦笑していた。


「分からないならそれでもいいんだよ。美都、こんなときに言うのは変だと思うけどさ……デート、頑張ってね」


「………………ま、出来る範囲で頑張るよ」

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