十三話「偽装彼女と」
私が赤城平乃とよく話すようになったのはいつ頃だっただろうか。
平乃との仲は、いつの間にか出来ていたものじゃない。そのことははっきりと覚えている。絵で金賞貰ったときだから……あれは、小学四年生の頃だ。
それからの友達付き合いだから、五年は一緒。それだけ一緒だから平乃の事なら色んな事を知っている。嘘が嫌いな事や、正義感が強い事に、文字が好きな事とか。
イチオシは字の綺麗な友人が万年筆で書いた『み』、らしい。一時間は見てられるとか。私と平乃はちょっとは長い付き合いの筈なんだけど、こればっかりはよくわからないよ。
「……」
なんて事を考えていた理由はひとつ。
『────ほ、ほら!! デートプランとか恋愛初心者なあんたじゃ分かんないでしょ!!? 親友の希のことだから色々しってるし、あたしは協力するから!! 当然だよねあたしがお願いしたんだから!! だから……えーと、そう、頑張ってね!!? そんじゃっさよならまた明日!!!』
教室からまるで全力疾走した後かってくらいに顔を真っ赤にして転げ出てった平乃。
ぽかんとしている国本くん。
暫くして祭りみたいに騒がしくなる教室から私はぼんやりとした足取りで出て、気付けば平乃の背中を探していた。
薄々気が付いてはいたのだ。
────ガコン
「平乃」
「……あー、あれ!!? 二本買ってる!!!? ていうか希だ、どうしたの……あ」
食堂の自動販売機の前、缶コーラを何故か二つ買った上でぼやーっとコーラのボタンを指差していた平乃へと近寄ると、その手のコーラを一本差し出してきた。
「……え」
「あれ? 欲しかったからついてきたんじゃないの? 希、炭酸は飲めたよね」
「……まあ、そうだね」
滅茶苦茶な言動している自覚はあるのかな。なさそう。言葉の合間に(ぽやー)って表情が混ざってるし。それってさっきの事を思い出してるよね。絶対そうだ。
だってほら、平乃って国本くんの事が好きだし。
完全にそうだって私は最初から気付いてた……
……訳じゃないです。実のところついさっき気付いたんだよね、ずっと一緒だったのに。
けど薄々はずっと思ってた。思ってたよ。これは本当だよ?
「……普通に考えて好きな人を偽装彼氏にしてねってしてくるなんて思わないよね」
「ん? なんか言った?」
「何にも??? あっ、コーラ貰うね? ありがとう」
そう言って一緒に教室に戻る。
私はもともと誰とも付き合うつもりはなかった。お父様は猛反対するのは目に見えているし、告白祭りなんてものを起こしてしまったこんな私の相手なんて、その人が可哀想になってしまう。あの状況では、誰かをOKしたりしようものなら、その人がどうなるか……きっとあの人の事だ。軽い暴力で済めばいい方だろう。
私はこの件に関してはひたすら耐えればいいかな、と思っていた。剥き出しの好意を立て続けに向けられるのが無理、という訳じゃなかったから。時間の拘束も、誰かに迷惑が掛かるわけじゃない。
けれど、このままだと向こう一年は続いたかもしれない。平乃が言い出した偽装カップルという話は目から鱗な話だった。
国本くんは大丈夫、そう念押しする平乃を信じて受けた。いざとなれば、その関係性を暴露して彼を守ることくらいは出来る。
国本くんの事好きなのにどうして彼氏として推したのか、なんてこと別に平乃に問い詰めたいとは思わない。意図は分からないけれど、告白の騒ぎが終われば元通り、偽装カップルの関係は終わり。そうじゃなくても暴露してしまえば、そこで終わり。きっと今週中はなにも起こせないだろう。手回しが済んでいないから、へんな情報が回っていて、混乱もしてるかもしれない。
────そういう話だから、今だけ私はあなたの彼女でいいですか?
◆◆◆
「だから今だけ目を瞑って黙ってついてきてください(催眠)」
「はい分かりました俺黙ってついてく!!!(ぐるぐる目)」
「……相変わらず一瞬で掛かる」
学校に不似合いなホッケーマスクを着けた女子生徒が、催眠を掛けた相手へと憐れなものを見るような眼差しを向けてため息を吐く。それは相手への呆れか、それともこんなことをしている自分への呆れか。彼女には判別がつけられなかった。
そんな彼女の肩を誰かがポンと叩いた。
「君の腕が良いからだよ、睡蓮」
「そうそう、腕がいいって誇っていいよほんとに」
「…………っすか。いや国本サンまで言ってたらワケわからないっすよ……?」
◆◆◆
「あれ、国本くんは?」
放課後、私は彼の姿を探したけれど見付からない。帰りのホームルームで先生と一緒に職員室へとプリントを持っていく手伝いをしていたのは見ていたけれど。
帰ってきてない……?
そのことを怪訝に思っていると「やー、見たよ、見た見たウワキゲンバってやつ?」と声が掛かる。
「佐良合さん……浮気って?」
作ったような喋り方、中途半端に金色に染めた黒髪。彼女の名前は
平乃と仲がいいクラスメイトの一人で、彼女はこの短期間で平乃と並ぶほどの追試を受けている猛者。たぶんそこで仲良くなったのだろう。平乃、私もこのクラスの中で彼女とはよく話す方だと思う。
「さっきそこで。やー、ヤベベのベよ? 白い穴だらけの……なんだっけ変な仮面なんだケド」
ヤベベのベ……? まあよく分かんない言葉はいつも通りなんだけど。
「白い……ホッケーマスクみたいな?」
「そうそれホッケーマスク!! それ着けたオンナと手繋いでどっか行ったね。ありゃあセーフクの色違うしパイセンにちげーねぇ!! と思ったワケですよ、はい」
「そ」
その仮面は知らないけど、仮面をする女子生徒には心当たりがある。それは浮気じゃないだろうけど…………だとしたら少し、不味いかもしれない。
私が立ち上がると佐良合さんが私の手を掴んで引き留めた。
「あの、マジで浮気だったらとっちめるの手伝うケド……けどさ、希っち……ダイジョブ?」
一聞(?)ふざけたような喋り方だけど、声音は私を慮るようなもので。
本気で心配してくれているのだろう。 もしかして、浮気に怒ってる彼女、みたいに見えているのかも。だとしたらちょっとだけ楽しいかも。それは先週まででは誤解すらもありえない事だったから。
「ん。大丈夫だよ、ありがと教えてくれて」
「そっか、ならいいケド困ったことあったらいつでも言ってよね? ウチいつでも力になるし!!」
「それじゃあその時はよろしくね!!」
私は駆け出した。
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