十二話『大注目と幼馴染み』

 家に帰って明日の弁当の仕込みをしてから明日の予習をし、寝る前に父親が買って三日で飽きたリング型コントローラーで筋トレしながら筋肉ムキムキなドラゴンを追い掛けるRPGをやる。


 ここ最近の日課である。ヤーさんと話しても考えが行き詰まってる感じがして、体を動かしながらだったら結構良い考えが浮かぶのではないか……と思ったんだけど。


「……デートってどこ行けばいいんだろうな……?」


 そんなことを考えながらやっていたせいで、画面では空飛ぶマットの手によってHPがドットで残っていたダンベルを持ったカニが全快していた。


「あ、ターゲット変えるのわすれてた……!?」


 なんとか倒したものの程なく力尽きて俺も倒れた。


 考えながらやるものじゃないわ……ぐぇぇ。


 ◆◆◆


 翌朝。無事何事もなく宝田さんを学校まで送り届けたあと、俺は自分の席に着いてボヤーっとメモ帳を広げていた。


 デートなるものについて俺は一晩かけて色々考えた。考えすぎ? こういうのは考えておいて損はない。教室にテロリストが入ってきたときの妄想とかと同じ……いや同じではないな!!?(寝不足)


 ともあれ一晩考えたおかげで、要は俺が囮兼壁役として、宝田さんに対して手出ししにくく捕捉されやすいようなデートコースを組むべきという結論が出た。囮として全力を尽くせば早く終わるんだから、とにかくなのだ。


 問題はそんな場所俺には思い付けなかったことだが、あんまりお金に余裕はないので近場であればおおよそ大丈夫だろう。その上で宝田さんに楽しんで貰えたらいいよね!!


 ただ、その、それが一番難しいことなんだけど。





「────あたしになにか言うことないかな美都くん??」


 俺の机に手をついて、そう詰めてくるのは平乃だった。


 平乃は満面の笑みだった。かわいい。だがなんでだろう、俺は胸が苦しいような、胃の辺りが痛いような感覚に襲われていた。


 平乃に裏はない。裏がないからこそ、現状に満足したような笑顔を浮かべられるという事実は俺にとって良いような、良くないような……いややっぱ良いかもしれない。平乃が幸せそうならそれは良いことだ。


 原因は、今朝弁当を作った後に俺が平乃へと送ったメールだろう。


『平乃が近づいてると偽装と疑われるかもしれないから、これからなるべく俺を避けて行動してほしい。

 なので弁当もしばらくは自前で用意して貰えるとありがたいです。宝田さんにもお弁当用意するのなら、似たようなメニューだと疑われるかもしれない。さすがにこれ以上種類増やせないです。

 分かったら返信をお願いします、あるいは電話で見たことを伝えてきてくれるとありがたいです』


 ……と、内容はこんな感じだ。


 返信は来なかったが、平乃にメールが書けることを期待はしていないので、こうして部活の朝練終わって直談判してくることは想定内だ。


 そして、笑顔というのは……この偽装の関係が平乃にとっては好ましいものである、という事実を裏付けているのだ。つまりは脈なんてなかった、と。


 俺はそのショックを出来るだけ隠して、平乃にこう言った。


「そ、その様子だと、メールは見れた、みたいだね……」


「……メール? なにそれ、知らないけど……えー。どれ?」


「…………え」


 見てないの? じゃあ何で来たの……?


 俺は戸惑いつつも、送信済みのそのメールを画面に表示してスマホを平乃へと渡す。


「ほーこれが。ほー? ふーん?? ふんふん?? ……んんぅ??? そうかなぁ……ちがくない……?」


「…………」


 スマホと一緒に首をかしげる平乃。スマホを逆さにしても書いてある文章は同じです。


「美都。これは一理、いや百理くらいあるよ」


 おっと、手のひら返しか。


「うん。千くらいある。あるある。でもねぇ、美都? その上であたしになにか言うことないかなぁ?」


「……もしかして、あれか?」


 俺は自分の荷物から弁当を取り出した。


 ……本当はメールを送る段階で『弁当は作らない方がいいのでは??』と思ったが気付いたのは仕込みが終わったしばらく後だった。


 そもそも平乃に無断で止めるのもな、と。


 まあ、弁当作るのはいつでも止められるし、それは今じゃなくても良い。そも、ここ連続して平乃が弁当を持っていくのを何故か忘れて受け渡ししてる場面を見られてさえいなければ、そう疑われるものではない。


 今後宝田さんにも弁当を渡すのであれば、その中身が一緒だったらさすがに不味いだろうけども。


 ……冷蔵庫の中に残ってる平乃の弁当用の食材の残り具合を見て『どう考えてもこの量食べられねぇな』という考えが浮かんだのも理由のひとつとしてはあるが、それは今はどうでもいい話だ。だから、弁当作るのいつでも止められるよ?


 ……本当に??? むりかも。


 平乃は弁当を受け取り、その重量感を確認すると満面の笑みで、


「おや美都、察しが良いねぇ、そうそう、お弁当……──違うよ?? お弁当ちがうね。お弁当じゃない」


「じゃあこれは要らないの?」


「いらな……いる、いりますいりますからそれないとあたしのお昼ないからね美都ねえ美都取り下げないで美都? ごめんね、取り行くの忘れちゃって持ってきて貰っちゃってるのは悪いと思ってる! 思ってるから取り下げないで……ね!?」


 ぐぐぐぐ……と平乃は俺が再びしまおうとした弁当箱で綱引き開始。ただ、変に力加えてひっくり返してほしくないのですぐ返した。


 正直手元に残しても処分にも困る。食べ切れはしないし、捨てるのはどうも勿体ないからね。


「ふぅ、良かったぁ、お昼ナシで午後の授業受けるところだったよ」


「弁当を二日連続で忘れるとか平乃にしてはすごく珍しいけどどうした?」


「何よ、あたしだって弁当取りに行くのを忘れたのは悪いと思って……あれ? もしかして美都、あたしのことバカにしてたりする?」


「…………、……、………………ふっ」


「嘲笑った!!?」


「いやだって平乃、四月の頭、毎日朝一で弁当だけかっさらって部活に行く上に『少ない』って毎晩毎晩文句を、」


「うげっ、そ、そんなことないよ? あたしそんなに食い意地張ってないからね?」


「いや平乃に食い意地が欠片もなかったら何が残……いや色々残るな……色々」


 考え無しで突撃する行動力とか、女子の範疇から考えてあからさまに高い運動神経とか底無しの体力とか、かわいい容姿とか……食い意地だけの女ではないのはよーく知っている。


 言えないですけど。言えてたらこんな状況になってないですね。はい。


「色々? 具体的に何かなーあたし気になるなー?」


 んんーっ? どうなのかなーっ!?とばかりに机に手をついて前傾姿勢で俺の顔を覗き込んでくる平乃顔が近い額当たりそう目が綺麗呼気が当たる吸って良いですかいや駄目です(呼吸停止)。


 一旦落ち着けと距離を取るべく後ろに仰け反れば、平乃はまた同じだけ距離を詰めてくる。


 やー待って平乃制汗剤か何かのいい匂いする気がする息を止めてるので分からないですが??? 嘘です鼻から平乃吸いました、いや待て平乃吸いましたって何さ、嗅がせに来てるのは平乃だ、いやそれは違うな、あっでもいい匂いだねこれは桃かな……もしや朝桃食べてきたなこの匂い。桃、桃か。そういえばそろそろそんな時期か。平乃って桃も好きだもんな。弁当にも入れておこうかな。


「まあ俺(も、桃は)好きだからな」


「ふひゃ?」


 しかも平乃は他にもほらこの髪とか今日は下ろしてるだけだけど、茶色かかった、すこしばかりはねっ毛な髪は平乃の快活さを表してるとは思わないかしら? というか桃の匂い髪からしませんか? 何かそういうシャンプーだかを使ってたりするのかな……あれ、だとすると桃食べてないよな。いや、匂いにつられて買ってきたとか有り得る。まあ桃美味しいよね。


 にしても……思わずさわりたくなっちゃう髪の毛ですね、もちろん俺は紳士なので触りませんが。


「ぴゃ」


 ぴゃ? 今のは何の声? あわあわしてるようにも見えるけど平乃……どうかしたか?


 手? 俺の手を指差して……? 平乃の耳の横にまで伸ばされてる俺の手が……あっ、危ない危ない、無意識に触るところだったみたいだ。……あれ、待てよ、この手に残る感触はいったい? て、くし?


 ……じゃなかった、触ってないし。触ってたら一生手を洗わないし、そも、無意識で触るなんてそんなことをそうそうやりませんよ俺は高校生ですよ???


 気のせい気のせい。さては本題を切り出したくないからって変なところに意識を向け始めたな俺?


 というわけで、本題へ戻ろう。


「…………あのな、平乃、近い」


「うやっ、え!? こそちかくない!!?」


「みー……、なんて? 何が? むしろ平乃の方が近いって話、」


「な、なんでもないっっ!!!」


 そう言って後ろへと下がろうとする平乃。


「平乃下がると危な」ごっふぇ」


 制止する間もなく、ブンブンと手も首も振って平乃は下がって背中を机に思いきり打ち付け「~~~ッ!!!!!」声にならない悲鳴を上げていた。


「ひ、平乃、今思いきりぶつかってたけど大丈夫か……!?」


 今の勢い、下手にぶつかっていたとしたら痣位できるかもしれない。俺は駆け寄ってどんな具合かと背中に触れようとし、


「いにゃあっ!!?」


 ゴロゴロゴロゴロッ!!!


「!!?」


 えっ、逃……ちがうか。逃げる理由なんてないし打ち付けたところが思わず転がるほど痛いんだ。そうであって。平乃が俺から触られるのが死ぬほど嫌だとかだと立ち直れないから……。


「ほ、本当に大丈夫か?」


 平乃は、廊下と教室を隔てる壁に背中を付けて座り込んで、どういうわけか必死に自分の髪の毛をがしがしと整えようとして思い切り荒らしていた。


 何で……?


「だ、だいじょぶ、そんなに痛くないから!! そんなことよりっ、そんなことより、ほらっ、みー、美都、美都ほら、こんしゅーまつ、で、デートなんじゃないの!?」


 壮絶な程に噛みながら平乃はそう言った。


「ほ、ほら!! デートプランとか恋愛初心者なあんたじゃ分かんないでしょ!!? 親友の希のことだから色々しってるし、あたしは協力するから!! 当然だよね!! だから……えーと、そう、頑張ってね!!? そんじゃっさよならまた明日!!!」


「えっまた明日って何!!? 平乃ちょっと!!? ちょっと平乃さん何処行くんですか!?」


 言うなり、廊下側の壁のどうして付いてるかよく分からない足元の窓を潜り抜けて平乃は廊下を全力疾走でどこかへと行ってしまった。


「え、えぇ……」


 どうしてそんなことをしたのかよく分からないし、出来れば平乃と話さない予定だったけれど────と、そんなことを考えていると後ろから肩を叩かれた。


「よっ」


「珠喜……?」


「良かったなお前、宝田希さんと、デート、なんだってな?」


「…………え、あ?」


 なんだか笑いをこらえるかのように肩を震わせた珠喜が回りを見ろよとばかりのジェスチャーをしていたので見た。クラスメイト全員こっち向いていた。


 ……え、なんで????


「その顔、状況が良く分かってないようだねぇ?」


 その顔、めっちゃ面白がってるみたいですね珠喜さん。


「そんな美都に教えて差し上げよう、赤城平乃を追い掛けなたらね」


「嫌です」


「そうかいい返事だ。これだけ注目されてるのはね? クラスでも目立つ可愛い女子が今学校で一番有名な女子と最近付き合い始めた男子に絡みに行って顔真っ赤にして逃げ出し────って嫌ですだとおまえ!???」


 ほぼ全部言ってるじゃないか。


「だってなんか珠喜の指図で動くの嫌だし。あ、問答無用の解説ありがとう。俺はもう行くね?」


「二股ゲス野郎(ボソッ)」


 …………こういう時言えよって、言われた台詞があったっけ。


「確か……。……だっけ?」


「美都……それは誰に吹き込まれた?」


「(無言で百瀬と合川へ指をさす)」


「よし分かった闇討してくる」


「「おい国本!!!!!? なに教えてくれちゃってんだ!!!?」」


 飛び掛かる珠喜に、百瀬と合川が逃げ出すのを何故か他の男子がブロックした。


「お、楽しそうだな」「ここは俺たちに任せて先に行け!!」「顔は止めな、ボディにしなボディに」


 なんか良く分からないけどヨシ。


 取り敢えず平乃を追い掛けに行くだけの余裕が生ま────その時ガラガラ、と教室のドアが開く。


「おはよう……ってあれ?」


「……うわ、みんな何してるの?」


 宝田さんと一緒に平乃が教室に戻ってきた。平乃の手には500mlのコーラ缶が二本。自販機で買ってきたのだろう。あれだけ様子が変だったのにそれだけで戻ってきたことにちょっと違和感があると言えばあるけど、何もないならそれでいい。


「国本くん? なにこれ」


 振り向く。「クソっ、こんなところにいられるか、俺は出るぞ!!」と言う叫びが聞こえたかと思うと珠喜と百瀬と合川が両手を交差して開いた窓から飛び出していっていた。「おい止めろ珠喜を逃がすな」「可能ならアイツからあのひら×のぞの写真を奪ってこい!!」そして男子が列を成して追い掛けていく。


 なんかまた……いや。ヨシ、何も俺は見てない。


「俺が聞きたいよ、本当に……」

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