十一話『相談相手(ニアミス)』

「──初デート、だぁ???」


 いつものお寺。タバコを片手にしたヤーさんが眉根にシワを寄せて聞き返してきた。


「…………はい」


「例のファンネル扱いしとくる女にか?」


「いやファンネル違うしなんならそれは平乃が言ったからで──」


「こ・と・わ・れ・や!!!!!!!!!!」


「おっしゃる通りで面目次第もございませんかしら!!!!」


 ヤケクソに叫ぶ俺。切れるヤーさん。まったくもってその通りでございますがねぇ、これまた気が付いたら首肯してたんですよねぇ。意思が弱い? おっしゃる通りすぎて返す言葉がないやー。


「つか何や? 美都坊、平乃一筋やなかったんか? 一筋ならガン無視でええやろが。揺らいどらんか?」


「……いやこれ一応! 一応平乃の頼みだから……」


「……ハァ」


 ヤーさんは露骨に溜め息を吐き、


「なんやっけ……あれやな、美都坊。平乃が寝取られでしか興奮出来んとかで別の女と寝ろ言うたら寝ちまいそうやなぁ……」


「うげ……寝るとかそういうのいきなり言わないでよ」


「……ピュアやなぁ美都坊は。こんなん例え話やろが。んで、そこんとこどうなん?」


「それは…………多分、ない」


「ハッ。多分て言う辺り美都坊やな」


 鼻で笑われた。返す言葉は無いです。


 ……っていうか、ヤーさんの足元に矢鱈とタバコの吸い殻が転がっている。おかしい……普段なら吸い殻入れに入れて全く散らかさないこの人が、十以上地面に……いやちょっと吸いすぎじゃないか?


「ヤーさん……荒れてない? これは流石に散らかしすぎじゃない?」


 こんなに散らかして、寺の人に怒られないのだろうか。


「許可は貰っとる、おいらたちがいくらこの敷地で荒しとっても、全部片せばええってな。あっこに箒あるやろ?」


「……」


 指差す先に二組の箒。


 ヤーさんの話に嘘はないだろうが些か変な話なように思えた。許可って……それで良いのか寺の人は。


「まあ聞いてくれや美都坊。お前も大変やろうがなぁ……おいらやって大変なんやぞ……?」


「へぇ」


「娘がなぁ、急に『』言うてなぁ、そんで……ちと娘と喧嘩中なんよ」


「え、ヤーさん結婚してたの??? っていうか娘?」


「そっからか……結婚? ちゃんとしとるわ。言っとらんかったか? 子供は一人、娘の年は美都坊とタメやな」


「……誘拐?」


「あ"???」


「いっ、たぁ!!!!!!?」拳骨を喰らった「すいません冗談ですのでそのシャドーボクシっ痛っ違これ執拗な蹴りだからボクシングじゃな痛っ、そうやって足の甲で俺の脛ペチペチするの止めていただいても良いです!!?」


 普段なら言わなかったが……もしやこれは催眠術が残っている? おのれあの黒布お化け外套集団め……全員のリアル割り出してやろうか……!!?


 と、俺が逆恨み気味にリアル割れ計画を画策する間もなく、ヤーさんはやけにタバコの散らかった石畳から吸い殻を一ヶ所に足で集めて、空いたスペースに胡座で座り込んだ。


 ヤーさんが座っているのに立っているわけにもいかない。俺は階段、数段下に座り込む。


「ハァ、美都坊、おいらァ割りと真面目に切り出したつもりなんやがなぁ。つーか、これおいら言っとらんかったか?」


「はい、ヤーさんにも色々あるだろうし、とかありますから。余計な詮索とかして口出しとかまあ駄目だろうなって」


「なんや、んな事か。こちとら娘と同い年で、他人の気がせえへんのや。身内、息子みてぇなもんやねぇか? なんも遠慮することない、ってな」


「ヤーさんに息子って言われるのなんか嫌」


「あ"???」


「すいませんでした!!!」


 発言三秒で即土下座。諸行無常。


「んでな、娘と仲直りしたいねん。どないしたらエエかな?」


「あ、この話続けるんだ」


「ったりめぇやろ。娘より大事なもんがこの世に存在するか??」


「えっと」


「そんなん存在するわきゃねぇやろがい!!」


「まーだなにも言っとらんけど!!?」



 ◆◆◆


 結局ヤーさんが終始「娘に嫌われとうない!!」と言ってるのをなんとか宥めるだけ宥めていたら辺りは真っ暗になってしまって、今日はお開き。


「……なんや、美都坊。悪かったな?」


「本当だよ、ヤーさん仮にもひとの親でしょ。『俺はそんなやつ認めないぞ』って言っといてそれじゃあ……」


「うるさいやい!! おいらにも親としてのプライドがあるんやぞ!! 一生に一度は言ってみたい台詞やろ……大事な大事な一人娘やぞ………ってもなあああああああなんでそないなこと言ってしもたんやろおいら!!!? なぁなんでやろな!!?」


 ずっと叫んでるなこの親御さん……。


 頭を抱えながらも、律儀にさっきまで荒れていたヤーさんが散らかしていた吸い殻を片付けるヤーさん。


「……いっそ美都坊がおいらのかわりに応対を」


「娘さんに? それはさすがにヤーさんの頼みでも嫌だよ??」


「そこをなんとか頼みたいんやけど。これ、幼馴染みと行ってきいや」


 そう言って取り出したのは、『白光峰温泉旅館宿泊ペアチケット』と書かれた……しゅくはくぺあちけっと?


 これを受け取ったらヤーさんの言うとおり娘さんとの間に入るの?


 ……………平乃と温泉……???


 脳内で片方の皿に平乃、もう一方にヤーさんを載せた天秤がぎゃりぎゃりと音を立てて観覧車のようにぐるぐる回っている。あ、真ん中の留め具が吹っ飛んで勢いよく皿から投げ出されたヤーさんが星になった……。勿論天秤から平乃は守ったので大丈夫です。


「…………ぐ、ぬぬぬ」


「……冗談や。そないなこと頼まれても面倒やろ。おいらだって流石に家庭内の問題に他人を巻き込むなんていかんのは分かっとるからな、これはナシだ。もし、そいつと本気なら娘にでも渡すわ」


「え、えぇ……? 大丈夫なの??」


 描写カットされてますけどさっきまでこの人半泣きで彼氏殺しておいらも死ぬぅ言ってたんですけど……大丈夫? 渡した瞬間身体中から血を吹き出して死んだりしない??


「せやなぁ、期間は無期限やからなぁ。美都坊的には欲しかったか?」


「…………そこ、結構良いところでしょ、白光峰ってなんかすごい大企業じゃなかった?」


「らしいな、偶然くじ引きで手に入ったときはひっくり返ったな。ま、おいらには無用のチケットやけど」


「なんで?」


「年パス持ってる」


「………………なんでくれないの?」


「さっき即答しなかったやろ」


「ええぇ……」


 ヤーさんは箒と塵取りで周りまで掃除し始めた。ヤーさんの言い分に不満はあるが、温泉ペアチケット無理に欲しいものでも……欲し……欲…………欲しいが!!?


 欲しいが!!!? 欲しいが、ここは血涙を飲んで堪えよう……ぐぬぬぬぬぬ。


 何故かヤーさんは二本目の箒を持っていたので気紛れに俺も掃除に加わる。掃除は良い。場所と一緒に心も綺麗になる。


 今日は色々あったからなぁ……。


「……ペアチケット……ペア……」


「まだ言っとるんかよ」


「言いますがー? もう一ヶ月くらいずっと言いますがー?? ヤーさんだって何時間言ってたんだよ、これだけの吸い殻……肺がんになるよ?」


「…………はぁ、美都坊」


 あれ、言い過ぎた……? いやでも今日は明らかにタバコの吸うペースが早すぎる。それは心配なんだよな。


「なあ……美都坊かて幼馴染みが肌黒ぅて金髪のチャラっチャラした野郎を『彼氏です、私達激ラブなの』って連れてきたらこうなるやろ?」


「平乃が肌黒くて金髪のチャラ男を連れ??? は??? 殺、いや平乃がそれを望むなら……いや、は????? むり……しぬ……」


「美都坊がバグった」


「いや。待て。は??? ヤーさんそれはマジで、え???? 金髪のチャラ男に取られる、だって??? そりゃあ俺でもキレる」


「いやおいらは娘の彼氏の顔知らんけど」


「知らんのかい!!!」


「それに関しては今、子飼いの便利屋に調べて貰ってるんやけど、ま、普通に同級生やと思うわ。じゃなかったらコンクリに埋めて……じゃなかった八つ裂きにするわ」


「どっちにしろ怖いよヤーさん」


 目はマジだったし、ヤーさんならやりかねない。それなら俺が間を取り持つしか……ない?


 いや、いや、まあそれは一旦置いとこう。ヤーさんの娘の彼氏の話は大事だけど、現状信用できるやつかどうかも不明なそれと同等以上に気を揉むべき事態が目の前にはあるのでした。


「…………デート、ねぇ……」


「そない考えるようなことか? どうせニセモンやろ?」


「そうだけど、そうだけどさぁ……人生初デートがこんな打算とか建前とかでいっぱいになるなんて思ってなかったんだからヤーさんにも愚痴というか、相談というか……」


「しようと思っとったけど、おいらが死ぬほど悩んでたから、」

「いやヤーさんがしょうもない脱線をしたので」

「あ"??」


「ナンデモナイデス」


 ガチめに睨まれた。こわ。


「まあええわ。せっかくや、かいつまんで今日何があったか言うてみい?」


「まず平乃に言われてその子と朝一緒に登校して、平乃に弁当渡して、今度作るかどうかって感じ」


「ほうほう」


「そして昼休みになったと思ったら、気が付いたら黒い布被ったお化けみたいな集団に体育倉庫に拉致監禁されてた」


「ほうほ……ほう??」


「それから催眠されたり催眠されたり催眠されたりしながら、向かった地下にある風紀委員会の部屋で、その告白祭の主犯についての話をして、俺が囮になって犯人を釣り出すって話のあとあたりでまた記憶飛んでて……なんかその意識ない時に平乃に顔踏まれてたらしくて」


「……?」


「そのあと目が覚めたあと平乃と入れ替わるように来たあの子と今週末デートの約束を……これ聞いてどう思うヤーさん?」


「……普通に生きててそうはならんやろ」


「なっとるやろがぃ!!!」


 両手で持った箒を振り回してヤーさんに打ち掛かる。


「おーさすが元剣道部良い打ち込みやな、それだけ腕っぷしがあればデートくらいどうとでもなるやろ」


 何、二回くらいフェイントいれた箒を素手で……片手で受け止めた……だと!!? 力を込めてもびくともしない。それが分かってたから打ち込んだんだけど、それでも力強いなこの人。


「でも腕っぷしとデートはあんまり関係がないよね……!!?」


「だから悩んでるって? いやいや、おいらの問題よりも美都坊の方が簡単やし、何より結局そっちの方が単純やん」


「え?」


「美都坊ははよ偽装恋人関係を解消したい。関係解消には幼馴染みが納得することで、それは告白祭とやらが再発する可能性がゼロになればいい、やろ?」


「多分そう」


「デートで釣りだした犯人ボコって終わりでええやん?」


「ああ」


 確かにデート自体が囮ではある。釣りだした犯人をちゃんとボコって再犯をしないようにすれば、俺は偽装彼氏をやらなくてすむようになるわけだ。なるほどヤーさん頭いいーっ!!


「………………って、いやいやいやいや暴力はダメですって暴力は!!!」


「今結構考えたやんな美都坊、普通にやったら警察が来るでそんなん」


「自分で言ったくせに正論で罠に嵌めるのやめてよヤーさん……ん、警察……?」


「高校生かて、人殴ったら指導はいるで??」


「それだ!!」


「どれや!?」


 俺は思い付いたままに宝田さんに電話を掛けた。


「もしもし、あの、告白祭の件を警察に通報するってのはどうだと思う?」


『っ……突然電話掛けてきたから何かと思ったけど……それは、うーん……あんまり騒ぎを大きくするのはよくないと思う、かな?』


 即断られた。

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