十話『放課後と偽装カップル』

【前回のあらすじ】


 あたし赤城平乃!! 運動が得意なだけの至って普通な女子高生!!


 なのでドロップキックは初対面の怪しい人達にぶちかましたりしないし、ましてや幼馴染に向かって踵落とししたりしないもん!!


 …………え、あらすじを言え? ごめんあたし美都が美人の先輩に手を引かれて地下に連れ込まれてるのを見て慌てて追いかけたら美都が怪しいサイミンジュツ? を受けてるところに出会でくわしたからよく分かんないや!!!


 と言うわけで


 ◆◆


「いや、それでよくもまあ俺に踵落としなんてしたな」


「んー、なんとなく? なんかって気分になって」


 俺は気絶するほど思い切り蹴られたにしては驚くほど全く痛くない頭と首を擦りながら平乃の後ろを歩いていた。


 いや目覚めたときは保健室だったのだ。どうも俺を蹴って気絶させたという平乃は無理矢理風紀委員会室から俺を引き摺ってきたらしく、時間も既に放課後だという。つまり六限もパスですか。そうですか。


 まあそれよりも御姉様見守隊や風紀委員会との連絡手段を確立できてない状態で別れることになったのが不味い。というか気絶する寸前のことあんまり覚えて…………真理平乃? 平乃がなんだって?


「──美都ー、ダメだからね?」


「え、何が?」


「彼女放っぽって別の女の子と何してたの? 言ってみ??」


「……誘拐されてたんだけど?」


「仲良く手を繋いで地下に入ってくのをあたしは見ました」


「……そのときは催眠術掛かってたので不可抗力です」


「その先で女の子達とイチャイチャしてるのを見ました。あれって、うわ、浮気でしょ!!?」


「イチャイチャ……?」


 残念ながら俺の記憶にはあの部屋では隊長からのケツバットされた事、隊長の目だし穴に放り込まれる豆大福、そして隊長の頭へと飛んでくお盆くらいしか記憶にない。


 どこら辺だ……どの辺が浮気……女子と会う事がか? 少なくとも黒衣の人達ノーカンでは? 風紀委員さんは、もうなんかどうしようもないな。うわどうしようもねぇ!?


「いや、アレは浮気なんかじゃ、」


「美都あのときニコニコしてたじゃん」


「……それ間違いなく催眠術の影響ですね。記憶にございません」


「催眠術はそんな万能な訳ないじゃん!! っていうかあれ? あの状況下でニコニコするって……美都ってMだったんだ!?」


「違う!!! ……多分」


「やっぱり!!!!」


「違うって!!! 俺には蹴られて喜ぶような性癖はないし、殴られて喜ぶような性癖もない!!!」


「嘘だ!!! だって美都踏まれてるときスッゴい嬉しそうだったもん……っ!!」


「踏まれてるとき……???」


 あれ、もしや記憶が飛んでるところで俺は平乃に踏まれたりしたんですかしかも靴下で……?? なんて羨まけしからん。ところでどうしてそのあたりの記憶ないんだろ……(あれはよかったぞ。パンツまで見れ)オイ俺の記憶ぅッ!!!!?


 おっと不味い、変な幻聴まで聞こえる。これでは本当にマゾヒスト扱いされてしまう。そんな趣味は、ない。


 いや……平乃なら別に踏まれるのもいいけど、そういうのはあまり広まって欲しくない。そしてよしんばあったとしても誰でも良い訳じゃないし、ニーハイ越しに踏まれてもいいとしたら平乃限定だから……ん? なんでニーハイ越し限定なんですか。あれ?


「記憶無い振りしたって無駄だよ、催眠術なんて所詮錯覚とかそういう、えーっと、? を強く保ってれば効かないでしょ!!?」


「……メンタル?」


「うんそうそれ!!」


 いやそれ違う。催眠は化粧品作ってる会社を強くしても耐えられないし何より機械ではない。そんなもの強くしても一段と世界が美しくなるだけですね(月光蝶)。


「というか……えー……なんだっけ。そうだ。あ、あーあーっ!! 美都ってばサイテー!! まだ初日なのに浮気みたいなことするなんて思わなかったよ!!?」


「…………」


 Q.彼氏が恋人関係にになった翌日に彼女放置。その二人は本当に恋人関係でしょうか。尚今現在彼女は学校1と言っても過言ではないくらいに有名な美少女であるとする。


 A.ないわー。俺でもそいつ絞めるわ。


「……だよな」


 ……まあこちらの言い分としては、あの子の催眠術に操られていた部分が多いに存在することだろうか。あと黒い布被った集団が後を追従してたのは見えてな……かったんだろうなぁ。


 まあ催眠術という言い訳、平乃には通じまい。言ってもどうせ蹴られる。それはそれで構わないけど。


 よしんば信じられたとしても、平乃が昼休み俺達を目撃した、というのだ。要はそれ、その場に居た誰でも俺の姿を見つけることが出来たってことだからな。


 少なくとも、宝田さんも知ってるだろう。彼女はどう思っただろう。黒布集団が見えてたらとても浮気とは思わないだろうが……平乃がこうであれば、宝田さんもそうかもしれない。


 そうであれば『平乃の紹介した彼氏、いきなり浮気したんですけどどういうこと?』……と、宝田さんは思うに違いない、これは信頼関係にヒビが入るやつだ。ヤバい。


 そうなったら催眠術で惑わされてましたー、などという胡乱な真実なんて何の役にも立たない。ヤーさんも言っていた。これファンタジーじゃないって。じゃあアレなんなんだろうね……?


「……なあ平乃、実は俺、彼女出来るの初めてなんだ」


「うん知ってるよ?」


 即答だった。疑う余地あるの、とばかりに。まあ平乃は知ってるだろうけど、これはこれでなんか悔しいな……。


「……だから分かんないんだけど、こういう時どうしたら良いと思う?」


「謝れば良いんじゃないかな?」


 謝る……正直なところ現状やっていた事は告白祭の首謀者を捕まえようと御姉様見守隊と風紀委員会との共謀(しかも未遂?)だ。宝田さんに対して何一つやましいことはしていないと断言できる。昼休み終わるまで体育倉庫で拉致監禁されてたし……あれは不可抗力だ。


 しかし風評被害は別だ。俺は昼休み宝田さんの元に居なかった。それだけで彼氏の噂の信憑性は悪くなる。そうなるとどうなる? 知らんのか?


 ────告白祭がまた始まる。


 だからつまり、俺の行動は宝田さんへの不利益となっている訳だ。


 それは、マズい。


「謝らなきゃ……」


「うんうん、美都が分かってくれてあたし嬉しいよ!! じゃなきゃあたしだってし!!?」


 困る……?


 いや、そうか。平乃と宝田さんの仲が俺のせいで悪くなるのは俺としても辛い。あの二人端から見てても分かるくらいすごく仲が良いし困るというのも納得だ。


「というわけで」平乃は突然背後へと振り返り、廊下の柱の影に隠れていた人の両肩を掴んで引っ張り出した。


 宝田さんだ。


「えと…………あの、国本くん……謝らなくて大丈夫だから」


「いやいやなに言ってるの希。こういう時甘やかすと付け上がるからね? でもー、こっからは、水入らずの方がいいよね希? そんじゃっ、あたし先に帰ってるね」


「そ、そうね……これは……二人っきりの方が話しやすいかも。ありがとう、平乃」


「えっ」


「それほどでも~。んじゃ!!」


 脱兎のごとき勢いで走り去っていく平乃。……マジで行っちゃったよこの状況で。


 …………。


「あの、宝田さん……昼休みは、ごめん」


「だから……あの、国本くんはなにも悪いことしてないよね? 平乃が『浮気だーっ』て騒いでたけど……まあ平乃だし」


 そういって宝田さんはスマホを取り出して、操作する。「ほらっ、これ見て?」と見せてきた画面に写っていたのは、


『 緊急連絡

 @白浪墨渦

 風薫るすがすがしい季節となりましたが、宝田様にはお元気でご活躍のこととお喜び申し上げます。


 さて近頃不穏な輩が宝田様は粘着している訳で何ぞ祭事かと騒ぐ不愉快な輩には迷惑被っているのではないかと思われます。その心情口惜しいことに私めには到底理解することは叶いません。彼氏借ります。


 季節の変わり目ゆえ、どうぞご自愛ください。今後ともよろしくお願いいたします。』


 見せられたのは……ネットの時候の挨拶コピペしたみたいな前後文に、唐突にと書かれているメールだ。


 白浪墨渦……隊長か? あの過激派ぽい集団、ちゃんと宝田さんとは連絡を取ってるんだ。


 ……っていうか取れるのか連絡。てっきりこそこそしてるものかと。


「ね? だから大丈夫なの。平乃っていつも早とちりしちゃうから……でも、そんな反応するってことはひょっとして私の知らないところでそういう間違いがあったのかな?」


「それはない、けど約束した通りに俺は彼氏の役割をちゃんと果たしていなかった、もしかしたらそこに漬け込まれて、また告白祭が再開してしまうかもしれない、せめてお詫びになにかしなきゃ俺の気が済まないから」


 一度引き受けた約束は破るな……『人は嫌な出来事は無限に覚えてるからな、約束破ると一生文句言われる上に信用も失うぞ。人生には1UPキノコとかないからな』ってヤーさんが。


 まったくもってその通りだ。……1UPキノコはなくてもこの間軽くとはいえ車に跳ねられてピンピンしてたヤーさんなら残機くらいありそうだ。


 閑話休題。


 宝田さんはそんなことないという風に首を横に振った。


「役割……って、一日二日私を放置したくらいでどうもならないよ、まったくもう、そんなことで謝らなくていいんだよ? 国本くん、お詫びとかも考えなくて良いの。あくまで私たちは……その……えっとぉ……」


 急に宝田さんの歩調が遅くなる。振り向くと、宝田さんの視線が天井をぐるぐると彷徨っていた。心なしか顔が赤いようにも見えた。そればっかりは夕陽が射しているから、かもしれないが……。


「こ、こここ、こ…………………」


「こ?」


 不自然に言葉に詰まる宝田さん。あれ…………?


 …………もしかしてなにか発作とか持ってたりしてないか!? ああそういえば平乃にちゃんとそういうこと聞いてなかったなもしなにかあればあいつに申し訳立たないしこういう発作とか初期症状の対応で決まるとか聞いたことあるしまずそもそも顔赤いのだって息とか苦しいからかもというか立ち止まったのも何やらかの発作であれば────。


「宝田さん!?」


「こ、こい、恋人だkみゃっ」


 盛大に噛んだ。


「…………そ、そうだね」


「…………ぃ」


 …………よ、よかったぁ……!!


 普通に言葉に詰まっていただけだったようだ。俺の考えは杞憂だったらしい。なにか発作とかあった訳じゃないんだな。よかったよかった。恋人ってわざわざ言うの結構恥ずかしいよね。俺も言うとき五回くらいイメトレをしてる。


「えー、こほん」


 宝田さんは何故か俺に背を向けて、咳払いをした。


「あの、さっき国本くん何かを言おうとしてなかった、かな?」


「いや、特には。強いて言うなら、体調不良とかじゃなくてよかったよ」


「え、体調不良……?」


「え?」


 何か変なこと言っただろうか? いや、だって顔真っ赤だったし……。


「……ところで平乃はもういない、よね?」


 そういってぱたぱたと手で赤くなった顔を扇ぎながら平乃が走り去っていった方向、つまり俺たちの進行方向を気にする宝田さん。


「えーっと」


 俺は振り返った。


(柱の陰から『いけーっ!! そこで手を繋げーっ!』とばかりのジェスチャーをする平乃)(その後ろで釘バットをブンブン振ってる黒布お化け)(『プランG:デートに誘え』の看板を掲げる風紀委員)


 ……えぇ……??? なにこれぇ???


「国本くん?」


 振り返る宝田さんに見られること無くビュンと廊下の柱の後ろに隠れる三人。結託してたのか平乃???


 ……待てよ? 結託してたならなんで平乃はあんなことを言って……?


「あの、国本くん。どうかした?」


「後ろに、平乃が見えた気がして」


「後ろに? 平乃は前に走っていったから後ろに居るわけないよ」


 前へ顔を戻す宝田さん。後ろから姿を表す三人。なんでホームラン予告みたいなポーズを俺に向けてやるのかな隊長??? そしてその下でしゃがんで人差し指立てて『静かに』のジェスチャーをする平乃と、後ろで『押せ押せ』のプラカード掲げる風紀委員さん。


 …………。


「私たちのことを知ってる平乃がわざわざ後ろに回り込むのも変だし、それよりも、えと……その、国本くん、今週末空い──」


「ちょっとごめん宝田さん。平乃に電話する」


「え?」


 どういうこと? と、ぽやっとした顔で首をかしげた宝田さん。いやまあそりゃまあ後ろで騒がしく(あいつら無言だが)してれば何のつもりか聞きたくもなろうよマジで何のつもりだあいつら!!?


 ……1コール……2コール…………『お掛けになった電話は通話中か────』


 ……後ろでスマホを風紀委員さんに強奪されてどうしてかカバディを始めた三人を後目に、俺はスマホをしまった。


「えと、ごめん。電話出ないや……って宝田さん?」


「……つーん」


 宝田さんは何故か腕組んで明後日の方角を向いている。まるで『私は君の話を聞くつもりはありません』とばかりに露骨に不貞腐れている宝田さん。不覚にも可愛いと思ってしまったけれど、どうして不貞腐れて……?


「あの、宝田さん?」


「国本くん。あの、今、私と二人っきり、じゃないですか」


「え、まあ、そうかもね」


 背後の三人衆さえいなければ二人っきりだと思う。三人居るからめっちゃ居るけど。


 ともあれ、そんなこと宝田さんは知らないだろう。宝田さんはもじもじと視線を彷徨わせ、どことなく恥の感情を滲ませながら消え入るような声音で。


「それなのに、その、えと、平乃の事ばかり考えているのは、ダメ……だよ?」


「」はい。


「その、もう一度聞くけど国本くんってさ、今週末空いてるかな?」


「」あいてるよ。


「く、国本くん? ど、どうしたの急に天井眺めて」


「」え、そりゃ今週末のバイトの代わりを探すための算段を……って。あ。←言えてねぇやこれ!!


 い、いや、落ち着け。俺達は偽装カップル。告白が迷惑なので取り敢えずで選ばれた彼氏が俺で今の『私だけを見ていて欲しい』みたいな発言は、文字通り偽装のボロが出てしまうから普段から気を付けろという忠告であり別にそういう意図があったわけじゃない!!よな??? あぶないあぶない勘違いしそうになったわ。平乃を三回心に念じろ。平乃平乃平乃。OK落ち着いた。


「デートのお誘いですか」


「…………はい」


「週末は空いてますから大丈夫です」


「…………そう、ですか。でしたら、土曜日の朝十時に、駅前で集合でどうでしょうか」


「いいですよ朝十時ですねわかりました」


「…………じゃあ、そゆ、わけで……」

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