九話『風紀委員会と偽装彼氏』

「──へっくしっ!!? ……うぅ、なんか美都が勘違いしてる電波を受信した気がする……」


「なにそれ」


 くすりと笑った希。それから気に入ったのか唐揚げをもう一個あたしの弁当箱から持っていった。かなり美味しいんだよねぇ、美都の料理。毎日食べても飽きないもん。


「あたし花粉症じゃないし風邪っぽくないんだけどなぁ。これはあれだ、誰かの陰謀……美都の勘違いの波動!!」


「えぇ……?? あ、平乃が言おうとしてるの、誰か噂してるときにくしゃみが出ちゃうってやつだったりする?」


「そうそれ。出てこなかった」


「……せめて電波なのか波動なのか統一した方がいいと思うの」


 それなー。あたしも思った。


「あれ? でも噂と国本くんが勘違いしてるのはあんまり関係ないような……?」


「こまけぇこたぁいいんだよ希チャンー、という感じで」


「そうなの? ……噂という線はない?」


「ないない。今日あたしの事をわざわざ噂する奴なんていないっしょ。つまりあたしの経験則が正しい! あ、希その鮭の切り身半分ちょうだい、あたしのステーキと交換で」


「どうぞ」


「ありがとねー……ん? 何の音?」


「私のケータイだね。メール……あ、国本くんからだね」


「え……あたしにはメール来てないや。あたし結構メールしたのに……???」


「えっと、『多分平乃はすぐに見ないと思うのでもし宝田さんがよかったら平乃に内容を伝えといてもらえますか?』……ということらしいけど」


「なるほどね。分かってんじゃん」


 あたしのスマホは通知音を消している上に普段からスマホを使う習慣もないので、しまい込んでいる限り連絡に気が付くことはない。美都に文句言われたけど通知音の戻し方分からないし。


「えーっと、『』……これだけ? えぇと、何を……?」


 希がスマホの画面を見せてくれたのであたしも確認する。あ、本当に何を任せろって言ってるか書いてないやあいつ。


「……さぁ? でも美都の事だから心配要らないでしょ。ただ美都が希をしれっと伝言役扱いしたのは許さないけどね???」


「『──って平乃は言うだろうけど勿論埋め合わせするので要望があれば』……だって?」


「むぐぅ……」


 あいつに先回りされたことはなんかムカつくが、それならば許そう。あたしは寛大なので。はい。


 あとはまあ……何やら勘違いしてるっぽい美都が昼休みに彼女っぽってやってること次第かな。下らないことなら許さないけど……。


「もしかして、あれ国本くんかな?」


「えっどこどこ!??」


 窓の外を指差した希。あたしはその指の先を目線で追いかけて────。




 ◆◆



 風紀委員さんの後を追う俺。


 その後を追うように黒布で全身を隠したお化けみたいな集団がついてくる。


「──入れ」


 風紀委員さんが校庭の隅、朝会で校長が夏野菜を育てていると語っていた荒れ果てた花壇の土を掘り返して、埋まっていた取っ手のついた鉄の扉を開ける。


「国本、お前が最初だ、いいな?」


 中には地下へと続く梯子があり、それを無言で降りていく集団。


 一分くらい降りて漸く地面に辿り着くと、背後に天井から等間隔に裸の電球が吊るされただけの円筒状の薄暗い道が続く。


 その先に、果たして風紀委員会室はあった。


 教室の扉と似たような引き戸、その上に横長の『風紀委員会』の看板。扉をくぐると、二畳ほどの下足置き場に、畳が敷かれた十畳ほどの和室。壁にはご丁寧に達筆で書かれた『風紀厳守』の掛け軸。



「お、これでちょうど十分っす」



「ぇ────なんだここ!!!?」


「とりあえず座るかしら!!!」


「いってぇ!!!?」


 縛られている手。薄暗い和室。ケツバット。勿論ぶっ叩いたのは釘バットではないが……なんで……??? なんでぶったの???


 というか、あれ。そうだ、あの後メールを宝田さんへ送ってから風紀委員の人が『着いてくるなら目隠しをしろ』って言うのに合わせて『目隠しはないだよ』『だったら催眠術できるかしら?』『っす』って所までは覚えてるけど。


 ……ああはい、そういうことね。


「つまりここが風紀委員会室?」


「理解が早いな。そうだ、ここが風紀委員会の活動本部だ。今は5限目が始まってしまっているから誰もいないがな」


 ……始まってるかぁ……だよなぁ。


「って、御姉様見守隊の人達は大丈夫なの?」


 俺は授業よりも平乃のお願いRTAの方が重要だからいい。兵は拙速を尊ぶ、ってやつだ。時間が経つ程に不利な状況になってしまうのは往々にしてある……告白祭なんて大掛かりなものを起こしてしまうような首謀者を相手にとるなら警戒して損はない、と俺は思っている。


 ただ、御姉様見守隊は事情をある程度知っているはずで。じゃあわざわざ授業をサボらなくても後で聞けばよくないか?


 そう思っているのを察したのか、薄い座布団に正座をした風紀委員さんが口を開いた。


「どうもそいつらはなんやかんやと貴様仕掛けてはいた癖に一丁前に期待なぞしてるらしい。良かったな」


「そうでもないかしら!!?」


 口で否定しつつもえへん、と胸を張る黒衣が一人。釘バット持っているので多分あれは隊長だ。いや期待してることは分かった(?)けど、だからどういう……?


「あー。答えになってない裾野サン代わりに言っちゃうと退したっす、まあ手回しは簡単っすからね。十分だけ誤魔化せれば授業に集中した友達は気付けないっす。そもそも一斉に早退してもクラスはバラバラっすから……万全っす!!」


「ということらしいぞ。良かったな、期待大だ」


 風紀委員さんがそう付け加え「いえ別に期待なんてしてないかしら、成り行きかしら!!」風紀委員さんは無視しろとばかりに横に首を振った。


「記憶違いじゃなきゃ俺って信用されてないって話じゃなかった? それなのにそこまでする?」


「それ言ってたのだいたい隊長だけっす。こっちとしては進展があるかもって思ったっすから。是非もないっす」


 黒衣の一人が、やけに真剣な声音で断言した。


「まあ、そういうわけだ。国本美都。座るといい、貴様には茶菓子もある「やったーかしら。ここのお菓子おいしいのよね!! かしら」なんだ白浪、物欲しそうにして……ああ。勿論? 貴様らに出すなぞしないが。粗茶すらないぞ」


「ケチ!! 守銭奴!!! 巨乳!!」


「余程懲罰を受けたいと見えるが、風紀委員会は貴様の罪を証明する物証なら腐るほどある。警察署に叩き付けてやってもいいのだぞ?」


「冗談の通じない女かしら本当にそれで風紀委員なんて務ま──ほひゃぁっ!?」


 俺は風紀委員さんに差し出された木製のボウルに載ったたくさんの茶菓子のうち、個包装された豆大福を一つずつ隊長の目元の穴に投げ入れた。


 少し大きめに開けられているから、簡単に入りそうだったし実際綺麗に入った。


「し、失明させるつもりかしら!!!? あっぶないわねぇ……!」


 勿論そんなつもりはないし、出来ると思ったからやったけどこれ合図もなしにやればそりゃビックリするよな。……まあこちとら滅茶苦茶叩かれたしイーブン。


「あー、喧嘩は話が終わってからやって貰えるとありがたいかな、と」


「ぐぬむぐもぐ……ひはははひはへしかたないわね……はひはかしら


「それもそうだな。悪かったな」


 もぐもぐと豆大福を頬張る隊長を呆れた様子で風紀委員さんが見ていた。緊張感が絶無。あー、ほら風紀委員さんがめっちゃジト目で見てる。あー、わざとらしい咳払いした。顔を伏せてお茶運ぶ用のトレー投げた「かしらっ!!?」ナイスヘッドショット。隊長はたおれた。


 それからもう一度咳払い。


「えー。という訳で貴重な捨て駒エサが手に入った。これで首謀者を釣り出しサーチ&対話で解決デストロイを試みる……良いな?」


「字面が凄い物騒だな!!?」


「ああ、風紀委員会の会議では私語厳禁だ。発言は挙手制を取っている。つまり発言権はない。お手付きは一回休みだ」


 いつの間に会議だったんですか?(一回休みにより封じられた発言)


 まあもとより囮でも盾でも肉壁でもなんでも来い、とこんなところまで来ているのだ。俺に反対の意思はない。


 ない、とは言え────。


「異論の無い奴は拍手で賛同だ。拍手」


「「「「パチパチパチパチ(万雷の拍手)」」」」


「ここまで圧倒的賛同だと流石の俺でもちょっとばかり反発してやりたくなる「そこの低身長、やりなさい」


「えー、こほん。風紀委員会に協力して首謀者を捕えれば告白祭は確実に終わるっす(催眠術)」


「分かりました!! 俺は風紀委員会の犬!! 風紀委員会万歳!! よしやろう、すぐやろう、餌でもなんでもどんと来いですよ!!(ぐるぐる目)」


 あーはいはいやれば良いんでしょやれば!!! 馬車馬のように働いてやりますよ!!! ええ!!!


 そうやって俺がヤケクソに叫んで見せれば、風紀委員さんが催眠術使いの小柄な黒衣ちゃんに白い目を向ける。


「……おい?」


「き、効きすぎてるっすね……こんなに強く効かないはずっすけど……? というかそんな催眠掛けてないし……??」


 まあ実際催眠術なんて微塵も効いてないからね。うん。俺は至って正気のままわざとらしく叫んで掛かってる風を装った。だから風紀委員会の為だけに働けるだなんて最高ですね!! あれ、そもそもなんで早めに告白祭終わらせたいんだっけ……ひらの……? 平乃のために終わらせる告白祭を終らせたい風紀委員会は実質平乃……?? そうか、星とは……宇宙とは……真理とは……平乃だったのか!!!


 ……そうか? ちがくね?


「…………うーん。まいっか!! 風紀委員会ひらのサイコー!!」


 なんか叫びたくなった。そしたら何故か小柄な黒衣の子が震えだした。


「こ、これヤバいっす。混ざってるっすおかしなルビ付いてるっす。これは間違いなくっす」


「うむ……すーぱー、何?」


「自分で掛からないからよく分からないけど……分かんないっすけど、なんか催眠術を通して真理に行き着いた気分になる状態らしいっす。こうなるとやたら真理を広めようとするっす」


「具体的には何をするのだ?」


「叫ぶっす」


「叫ぶ?」


「めっちゃ叫ぶっす」


 …………へぇ。それはそれは。


「それは厄介だな!!!!」


「なるほどな?」


「っす……めっちゃ迷惑っす。あ、解除は経験上頭の上斜め四十五度からチョップするしかないっす。言っても言わなくてもたまに必殺のタイミングで行間に逃げられるのでムズいっす」


「俺は砂嵐映したアナログテレビか何かか!!?」


「現実に行間なんて無いぞ?」


「そこはこう、真理っす」


「そうか平乃真理か!!! 」


「いや違うっすよ!? やっぱ変な聞こえ方するっすね……あ、因みに追い詰めると真理がどうとか考えなくなるみたいっす。真理を広めたがってる割に簡単に阻止されるとは浅い真理っすね。というわけで隊長、カシラやっちゃってくださいっす」


「斜め四十五度袈裟斬りかしら!!!」


「おいここに来て釘バット振り抜くカシラ────ぁっぶねぇ!!!? 今の顎砕く軌道だったろ!!?」


 隊長の釘バットの振り下ろしを避けたと思ったら鼻先を折り返すように振り上げた釘バットの先端が掠めていった。なんでや今の斜め四十五度関係ないやろ!!?


 そうやってわたわたと下がりながら隊長に目線を戻すと、パシパシと手と釘バットで音を鳴らして威圧して歩み寄ってきていた。


「チッ、避けないでほしいかしら。的」


「的じゃねぇよ人間だぞ!!!?」


「隊長たしかマンハントに興味あったっすよねー。これ豆知識マメっす」


「べ、別に人間狩りなんて興味ないんだからね、かしら!!」


 ───ガラガラガラ。


「ツンデレ風に言われたって嬉しくないわ!! 知りたくなかったそんな豆知識!!!」


「そんなあなたにもういっちょ催眠術。動くなっす」


「きかなーい!!! 通信教育で得る!!鋼の精神(毎月送られてくる動画で精神を鍛えよう。月額380円)のお陰でね!!!」


「────……みつ?」


「やっすい鋼で弾かれたっす……ぁ、スーパー催眠状態って重ね掛けムリだったっすね、失敬……ぇ? げ、お前は、」


「────あんた、女に手を引かれてこんなところで何してるのかと思ったら……に何してくれとんのじゃボケーッ!!!」


「なんで赤城平乃がここに────ぎゃーっす!!!?」


 突然空いたドアから突入してきた人影が小柄な黒衣へとドロップキック「ギリギリ催眠受身成功っすぁぁぁぁぁぁぁぁ」くの字に折れて吹っ飛んでいった。


「あんたもよ美都っ!!!」


「えっなんで俺まd──ごはぁ!!!?」


 何故か怒り狂っている平乃斜め上からの踵落としが脳天にヒット。あまりの勢いに倒れる俺。踏みつけられる俺。平乃は靴を脱いでいた。


 ……靴下、黒のニーハイソックス。踏みつけ。ご褒美か??


 いや待ってくれ安心してくれドン引きしないでくれ、俺には別に被虐で興奮するようなドM趣味はない。これは平乃限定だ。平乃限定……のはず!! というか今初めてそう思ったから分かんないね!!!


「美都。弁明は?」


 雑念を振り払うように目を瞑る。弁明? いやというか任せろってメールをしなかったか? どういうわけでここに来た?


 それらの疑問を口にしようと、何の気なしに平乃に見上げる。


 ────だが、俺の頭は今踏みつけられている。平乃を見上げると位置関係上視界に何が映るのか、このときの俺はどうも失念していたらしい。


「───白……?」


「ぇ────見るな変態ッ!!!!?」


 見事なもう一蹴ストンプ。俺は一撃で気を失った。

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