四話『カップル成立の噂』
────しまった、お弁当忘れた。
あたしは朝練が終わると同時にその事に思い至った。
やー、しまったなぁ。これはちょっとよくないぞ……?
あたしの所属する女子ソフトボール部の朝は早い。その影響で普段、自前でお弁当を用意しない。
しかも今日は普段と違って、美都を避けて行動していたので。何ということでしょう!! お弁当忘れてしまったのですよ!!!
あー、道理で全然球を打っても芯を外すと思った。なにか忘れてる気がしたんだよねえー、なるほどなるほどスッキリしたー。
「お昼無いのはキツいかもなぁ……でも、お金もそんなにないし……さすがにあたしだって今日に限っては弁えますぜよ。はぁ……」
その美都は、希と上手くやってるだろうか。
あたしは順当に部員にそれとなく「美都と希付き合い始めたんだってー」と噂を流してみせた。
なんたってあたしは希と仲が良い。控えめに言っても一番仲良いまであるあたしが流す希の噂だぞ?
その信憑性は嘘もホントになるレベルに高いはずだし、話題も元から異様に目立つ希の事だ。誰もが喋りたくなるような噂が、あたしの手によって完璧な形で流布されていく。誰も嘘とは思うまい!
…………でも、一つ問題がある。
美都だ。アイツは殆ど女子と話さないし、基本的に休み時間は勉強道具展開して話し掛けてくんなオーラ全開って感じで、美都関連で色恋にまつわる浮わついた噂なんて一つも聞いたことはない。本人からも特には聞いた事はないし。
まあ、あたしは美都が良い奴だって知ってるし、そんなアイツに楽しく高校生活過ごしてほしいと思ってるから積極的にそのオーラをぶっ壊しにいってるんだけど、成果は奮わず。
ちゃんとした友達の一人や二人くらいつくってほしいんだけどなぁ、心配だよあたしゃねぇ。
「…………アイツ、本当に希の彼氏役なんて務まるのかな。今更ながらとても心配になってきちゃった、見に行こっかなー?」
そしてあわよくば弁当……おっと、いけないいけない。さっき遠慮しとこうって考えたばっかなのに。
……………………。
……………ま、いっか。美都だし。
というか今日暑くない?
体育着だけでも汗が引かないんだけど、まだ五月半ばじゃないっけ??
ばたばたと体育着の襟元を扇ぎつつ、あたしは朝練の片付けを終えると同時に駆け足で教室へ戻ろうと、
「────ねぇヒラノン! 宝田さんと国本くん付き合ってるって本当!?」
戻ろうとする前に話し掛けられた。
私よりも少し高い背丈、茶髪のボブカット、幼い顔付きであたしよりも胸がデカい。そんな彼女は女子ソフトボール部の一年生。つまり同級生だ。クラスは違うけれど、それなりに話す仲である。
とはいえ、今朝その話を彼女には一言も話していない。
噂は拡散し始めている。内心ニヤつきが止まらんわこりゃあ。だったら希に纏わりつく男子たちの興味が剥がれてくれるまではきっとそう時間は掛からないだろうと確信して、あたしは心の底から嬉しそうに答えた。
「え!? 本当だよ!!」
「喜んでるの意外~、だってヒラノン国本くんの事好きだと思ってたから」
………………ん? あたしが?
「い、いやいや、美都を好き? あたしが? いや、あたしが??? いやいやいや。そんなの有り得ないって!」
「えぇ? そんなこと無いと思うんだけどなぁ……」
「いやぁ、有り得ないって。そんなことよりも希もようやく彼氏持ちだぁ、親友として鼻が高いなぁ!!」
「そう? ってかなんでヒラノンが誇らしげにしてるのさ?」
ふっふっふ……それは計画通りだからさ!!
◆◆◆
「────という訳であの、その美都様大変お二人で楽しそうにしているところマジ申し訳ないんですけどお弁当、持ってないですか?」
「はいよ。そう言うと思ってたから持ってきてるよ」
教室手前の廊下。宝田さんと並んで歩いていた俺は後ろからダッシュしてくる平乃に気付いて、持ってきた重量感のある弁当の包みを取り出した。
いつもなら平乃は俺が用意しておいた弁当を取っていくのだが、今日は珍しく忘れていたようだったから持ってきていたのだ。
「あ……平乃のお弁当、国本くんが作ってたんですか」
「うん。俺の親、夜勤だからさ。朝居ない時と多いし苦労かけるのも良くないから弁当自分で作ってて。んで、平乃の分はそのついで」
「ふっふっふ、美都の料理美味しいから助かるよー!」
弁当を両手で掲げてくるくる回る平乃。嬉しそうでなによりだ。
そして平乃は十秒ほど回った後、恥ずかしくなったのか鞄に弁当をしまい込んだ。
「流石に弁当のおかずの半分は冷食だから俺の料理って訳じゃないけどな」
「えっ」
平乃の通学時間に合わせて弁当作ると、お昼までの時間が掛かりすぎて腐りかねないからね。冷食なら、時間経過で勝手に解凍される物とかあるし楽だ。
そして冷凍食品はたゆまぬ企業努力により手料理と遜色ない美味しさを実現している。時短できて美味しい。つまり最強。現代日本万歳!!!!
「でも二人分って大変じゃないですか?」
「別に。平乃だからいっかなって」
「そですか……」
「あれ、もしかして希も美都の弁当ほしい感じだったりしちゃう? なら美都、折角だから作ってあげなよ」
「それ、平乃が提案することか……?」
「えー、あたしは切欠だけ用意してるだけだもん、嫌だったり無理なら断ってくれて良いんだからね。で、希はいつも学食だし、手作りとか気になるでしょ? 何より彼氏お手製お弁当……よくない??」
「え、まあ欲しくないかどうかで言えば……って、そうやって作ってもらおうとするのはやっぱり国本くんの負担が大きいですし、食費だってタダじゃありません。だいたい、時間だって掛かります。だから、その、無理に作っていただくわけにはいきません」
「そうは言ってものぞみくぅん……体は正直だねぇ。おべんと、欲しいんだろぉ? 遠慮、しなくて良いんだよぉ?」
やたらねっとりした手触りで平乃が宝田さんに纏わりつき、弁当を宝田さんの頬に「ほれほれ、これが欲しいんだろぉ?」と押し付ける。
平乃の手が肩や腕、頬に這わされていてなんかちょっと触り方が気持ち悪かったので「やめい」「んにゃー……」平乃の両腕を引っ付かんで持ち上げた。
「えーっと……まぁ、平乃の言うとおり、俺の負担なんて気にしなくて大丈夫だからね宝田さん。お金は平乃に請求するから」
「えぇ!!? なんで!!? そもそも美都はバイトしてるじゃん!!」
「言い出しっぺの法則。あと俺バイトしてるけどそれで稼いだお金の使い方を平乃に強制される筋合いはない」
「えーっ!!? あたしの時はタダで良いって即決だったのに、希にはそんなに渋るんだー!? 希の彼氏なのに!?? あたしよりも扱い悪くない……??」
うわ……こいつ、断りにくくなることを!!
だいたい俺は平乃だからOKを出したのであって────いや、別に、宝田さんに作るのも吝かではない。
吝かじゃない……んだけど、平乃のこのさも『当たり前』のような姿勢がどうも今はキツい。ほら偽装彼氏ってそもそも平乃の言い出した話だし、その責任くらいは持って欲し────いや違うな。
平乃が全く俺を意識してないからだ。逆恨みも良いところだが、それはかなり俺の頭に来ているらしい。
平乃は俺の事をなんだと思っているんだ。奴隷か下僕か、はたまた舎弟か? そんなところだろうか。
ただ、宝田さんには全く罪はないだろう。
……だって平乃だし。半分以上思い付きのゴリ押しで提案を呑ませたんだろうし。コイツの押しの強さはよくわかってる。
一応平乃も善意でやっているだという事は分かっている。意地悪はもう止そうと思ったところで宝田さんが平乃に向かて訝しげな目を向けてることに気がついた。
「あの、平乃? なんだか少し怒ってないですか?」
「え? 怒ってない怒ってない。どうしてそう思ったの?」
「平乃、怒ってるとき右手の親指の爪を人差し指で思いきり押す癖あるから」
「え、嘘っ」
平乃は誤魔化すように右手をブンブンと振る。宝田さんはにこやかに笑いながらその様子を暫く眺めると。
「……ええ、嘘ですよ」
「…………のーぞーみぃー??」
平乃は宝田さんへとにじりよる。宝田さんは余裕な様子で言い返す。
「でも、そんなに右手を振っちゃったら怒ってないって言ってもあんまり説得力がないですよ」
「いやいやいや、怒ってないよ? うん。全く怒ってないからね! いや希に乗せられたのは怒ってるけど!!」
「そうなんですか」
「そうだよ! そもそもどうしてあたしが怒る事があるのさ!? 意味わかんないからねっ!?」
「うーん……私にもちょっと分かりませんね。国本くんは分かりますか?」
「だからぁ、あたし怒ってないって。ねえ美都? あたし怒ってないよね?」
平乃が聞いてくる。今完全にムキになってるじゃねぇか、というのは脇に置いといて。
俺には、平乃がいつもの調子ではない事くらいしか分からない。怒っている、というのはちょっと違う気がするけど。
平乃の様子はどこか変で、かなり不機嫌なのはわかる。
なんとなくそれはわかる。ただ、何が原因だとかそういうのまではわからない。
……いや、まさか平乃、宝田さんより扱い悪いから怒ってたりとか────ないわー。ないな。こいつがそんなことで怒るわけがないじゃん。
不機嫌な原因は俺にはわからない。こういう時は、総じて何を言ってもややこしくなるだけだ。
だから俺は話題を切り替えた。
「ところで、平乃って宝田さんの彼氏が俺だって噂流し始めたんだよな?」
「……そうだよ、取り敢えず朝練に参加した人達には話したよ。そっちは手応えアリだね」
え、突然どうしたの? とばかりに平乃が怪訝そうに答えた。
「どうなの? 宝田さんへの告白は減りそう?」
「あ、そうだ。希、下駄箱どうだった?」
「何もありませんでしたね、珍しく」
珍しく。と、宝田さんはさも当たり前のように言ったけれど、下駄箱に普通靴以外は入ってないものだ。
「まだ噂流し始めたばっかだけどあたしの美都が役に立ったみたいでよかったよかった」
「いや俺は平乃の所有物になった記憶はないぞ……まあ、宝田さんの役に立ててよかったけどさ」
告白されまくりモテまくりが精神衛生面にどのくらい影響があったのか俺にはわからないけれど、それが軽減されたことは喜ばしいことだろう。
「という訳でお二人には今後もそれっぽく振る舞っていただければ良いかなぁと思いますねぇ……そんじゃ!!」
「おう、またな。平乃ー」
「えっ、平乃、行っちゃうんですか!?」
「んにゃー、あたし居たら二人が付き合ってるって説得力でないからね────」
そう言って平乃は俺を追い抜いて走り去っていった。
「せっとくりょく……」
宝田さんはその言葉を噛み締めるように呟くと、何故か俺の手をまた握り締めた。
「説得力ですよ!!」
「どういうこと!?」
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