三話『通学路と偽装カップル』

 早朝、平乃から送られてきた地図(遠すぎて日本が写ってるスクリーンショット)をどうにかこうにか検索に掛けて平乃と連絡を取りながら宝田家を探すこと数分。電話が来た。


『国本くん、おはようございます。……国本くんの携帯で合ってますか?』


「あ、合ってるよ」


『合ってる? よかったです。私も平乃から連絡あったんだけど……その、ごめんね? うちには来ないでほしいの』


「え」


『実はお父様が「彼氏とか許さんからな……連れてこい、二度と日の目を見られなくしてやる」って感じに引くくらいに怒ってて。なんとか私達が偽装だって、説明しようとしたんだけど聞いて貰えなかったんです。だから、うちに来るのはナシでお願いします』


「なるほど」


『でも平乃が言うには「二人バラバラで来たりしたらあたしが噂流してもあんまり説得力ないから」って……だから、あの。どこか……駅に集合でいいですか?』


「そう、だね。うん。そうしよう」


 ……平乃が機械音痴で助かった。俺はその話を聞いてから速攻でその画像を処分した。


 まあ、住所とか普通に個人情報だからね……本人の許可は必要だと思うし。




「────国本くん!!」


「宝田さん、おはよう」


 先に駅に着いていた制服姿の宝田さんが俺に手を振りながら近付いてくる。


 街中で見掛けたら十人中十人に『美人』と思われるだろう宝田さんである。あまり仲良くなかった俺でも遠目から一目で宝田さんだとわかるくらいだ。


 そんな宝田さんは俺の前で立ち止まると、長い黒髪を纏めている後頭部を見せてきた。普段の彼女は飾り気のない茶色のヘアゴムで纏めているのだが、今日は珍しい事にそれはピンクのシュシュだった。


「あの、どうでしょうか……?」


 どう、というと、似合ってるかどうかか……? たぶんそうだ。どう似合ってるかどうか曖昧な返しだと妙に不機嫌になるんだよなぁ、平乃。


「…………だいたい、何着ても似合ってるからなぁ」


「えっ……?」


「……?」


 いや今は平乃は関係ない。宝田さんの質問に答えろ。


「あーっと、そう、宝田さんっていつもは目立たないヘアゴムしてるよね。普段のやつと違って、それも似合ってると思うよ」


「変じゃないかな?」


「変じゃないよ」


 即答。迷うと平乃ポイント-2ですよ。ここ、テストに出ます。


「よかった……平乃が『付き合って初日なんだからちょっとくらいお洒落しなきゃ!!』って言うから、お洒落ってなにしたら良いのかなって、こういうのはじめてだったから不安だったんだ……」


「無理に普段通りを崩す必要は無いよ、俺はそもそも宝田さんが告白されないようにするためだけの壁役でしょ? 壁にどう思われても関係ないと思うし、それに、そもそも平乃の言うことなんかいちいち真に受けてたら身が持たないよ」


 気にする必要はない、と俺が言うと宝田さんは呆れた、と言わんばかりの目で俺を見た。


「あの。壁って、そういう言い方は無いと思います。私、これでもこういうの憧れてたんですよ?」


「こういうの、って?」


「なんかこう、男の人とお付き合いする、みたいな……えーっと……お洒落してデート、したりとか……?」


 恥ずかしそうに宝田さんはそう言った。


 なるほど。宝田さんの言ったことは俺にもよく分かる。というか俺も平乃と……とかは考えたことは無数にあるし。


 なおイメージトレーニングしたところで俺がイメージしたデートプランのありとあらゆるパターンで最終的にぶち壊していく女が居たらしい。想像上ですら自由でよろしいですねははは。


 だからまあ、俺には宝田さんの言うような事を実現させてあげられるような自信はあまりないのだ。


「俺は所詮偽物の彼氏だし、本物の彼氏っぽいことなんて到底出来ないよ。その、期待してるところ悪いけどさ」


「……そんな事、ないと思いますよ?」


「えっ」


 何を根拠にそんな事……ああ、平乃か。あいつ、そういや俺のことどう話してるんだろうな。


 そんな風に動揺する俺を見て、クスリと宝田さんは笑った。


「ふふっ、じゃあ、別々に行きますか?」


「……別々に行ったら平乃になんて言われるかわかったもんじゃない」


「そうですよね? そう言うと思ってました。だから私、きっと国本くんはちゃんとやってくれると思ってますよ? ……という訳で……あの、手、繋ぎませんか?」


 宝田さんは嬉しそうに手を差し出してきた。…どういう訳で『という訳』なのかちょっと良く分からないけれど断っても良いことはない。


 俺はその手を取った。すると、宝田さんはしげしげと興味深そうに俺の手を見て、握る力を強弱させる。


「国本くんの手……大きいですね」


「…………そりゃ男子だし」


「ふふっ、そうですよね」


「…………」


「…………えっと」


 手を握った状態で動かない二人。


 話が途切れた。


 俺はそもそも宝田さんがどういう人なのかすらよく知らない。小学校では一緒だったらしいけど奇跡的なレベルでクラスは一緒にならなかったし、中学は別だったから。


 平乃曰く『ずっとクラス一緒だから仲良くなったけど良い子だよ!!』とのこと。平乃は仲良いやつ大体そう言う風な反応なので参考にはならない。


 つまり俺と宝田さんの共通の話題となると、『赤城平乃』のことだけだろう。いくら俺でもその話題は避けるべきじゃないかと思う。


 女子と二人っきりの時に他の女子の話はしない方がいい、みたいなのはよく聞く。偽物の彼氏だから別に気にしなくていいのかもしれない……それを気にしているのは多少なりとも浮かれている証拠だろうか。


 いやまあ平乃以外の女子の手を触ることは殆どなかったからね!!


 ……自慢げに言うことではないけど。


「……そ、そろそろ行きませんか?」


 そう言った宝田さんは顔が赤くなっていた。どうやら数分握りっぱなしだったようだ。


 手汗がヤバい気がする。その事に思い当たった俺はバッと手を離すと宝田さんから一歩距離を取った。


「あっ、ごめんね手汗いやそうだよね遅刻しちゃうから早く行こっかねぇ!!?」


「え……手、離しちゃうんですか……」


 宝田さんが名残惜しそうに呟くのが聞こえた気がするが、俺がそもそもこれ以上手を繋いでいたら平乃への気持ちが揺らいで俺が俺を殺そうとするから危険が危ないのである。


 男子高校生のチョロさを舐めるなよ……あと俺の意志薄弱さも……!! ちょっと優しくされたらコロッと行っちゃいそうな気がする……気を、気を強く持たねば……っ!!!


「ほら、遅刻しちゃうよ!? 俺がいつも乗ってる電車が行っちゃうからね!!」


 俺は宝田さんから逃げるように駆け出す。


 しかし、まわりこまれてしまった!!


 ……正確には右手を掴まれたんだけど。宝田さんの反射神経が良かったのか、逃げる前には掴まれていたレベルである。


「あの国本くん、電車は沢山来るのであと三本あとでも余裕がありますから!! だから焦らなくても大丈夫ですよ!? あの、ほらっ! これ電車のダイヤ表です!!」


 そう言って宝田さんはスマホの画面を見せてくる。見れば、確かにかなり余裕があるようだ。


「え、そうなの??」


 知らなかった。いつも早く行くので別の時間に乗ったことがなく、帰りのときの電車の頻度は少ないのでそれ基準で考えてたから。


「でもこんなところで立ち止まってるのも良くないですよね。さ、行きましょうか、国本くん?」


 そう言いながら宝田さんは俺の手を引いて改札を通った。


「えっ」


「どうしました、国本くん?」


 ……あの、手握られて改札通るんですか俺。


「ふふっ」


 いや、ふふっ、じゃなくて。駅員さんが変な目でこっち見てきてるんですけど。めっちゃ恥ずかしいんで手を離してほしいんですけど。


「国本くん」


「はい」


 返事。宝田さんはニッコリ笑って。


「平乃に言い付けますよ……『一緒に行くって約束したのに、国本くんは逃げたんです。酷い人ですね』って」


「さあ宝田さん行こうかさあさあ行こうか宝田さん!!」


「っ……はい!!」


 ニコニコ笑顔で返事した宝田さん。もしやこの人、平乃発案偽装カップル作戦にすごい乗り気だな?


 ……ってこれ、俺が平乃のこと好きだってすごく言いにくくないか??


 ヤーさん!! 助けて!!


 ◆◆◆


 ともあれ、あのあとすぐに右手を解放してくれた宝田さんと、付かず離れずな距離で移動する。


 電車の車内は流石に混んでいたので宝田さんを背中に庇うように意識はした。壁役なので。


 そうなると宝田さんと背中合わせの形になるのだろうか。それでは恋人のようには見えなさそうだけど、混雑してるからどうせ見てるやつなんかいないから大丈夫。……大丈夫だよね??


「あの、国本くんは平乃とお家が隣、なんですよね?」


 ふと、宝田さんがそう言ったので、俺は答えた。


「そうだよ」


「それにしては、小学生のとき国本くんらしき人を見なかったような……」


「ずっとクラス別だったし、だいたい俺、小学生の頃は背の順、前から数えたら一番目か二番目か、って身長だったからね」


 今年頭の身体測定だと169センチだったかな。中学のときに滅茶苦茶身長が伸びたから多分今小学校同じだったやつと会ってもすぐには思い出されない自信がある。


 ……成長期来るまでは平乃の方がずっとデカかったからな。なんかすごいガキ扱いされるんだよな、今もまだ。


「ほぇ……そうなんですね」


「だからまあ分からなくても不思議じゃないし、怒らないよ。だいたい俺も宝田さんの事をろくに知らないしね」


「知らない方が、楽しそうじゃないですか? だって────ふふっ」


 そう悪戯っぽく笑うと、宝田さんは俺の両肩に手を乗せ、真横から俺の顔を覗き込んできた。


「これからいろんな国本くんの事、いっぱい知れるんですから」


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