二話『相談相手(身元不詳)』

『────あー。聞こえるかー? 高校生になった俺。俺は明日中学に入学する。……なんというか、今の俺は正直間違ってるかもしれないから、決意表明ってことで録音してる。こうでもしないと、俺途中でやめちゃいそうだからさ』


『俺は、将来が不安だ。将来安定した生活をするためには良い学歴があると便利だって父さんは言ってた。だから、その為に良い私立中学に受験して、それで学費免除で入……あー、えっと、わざわざ説明するのめんどくさいな、俺だろ? 分かってくれるよな、なんでそんなことをわざわざするのかって』


『隣の家のアイツの為だ。ほら、アイツ馬鹿じゃん? 勉強、頑張れば教えられるし。あー、えっと、改めて口に出すと恥ずかしいな……母さんが「タイムカプセルとして残しておく??」なんて言ったけどやる必要があるかこれ』


『いやまあ、急にどうでもよくなって道を見失うなんて事はよくあると思うし。こうして残しとけばなんか、あー。うん。明日の自分が同じとは限らないからな、何せアイツと違う中学に行くんだ。心変わりしないか、俺は俺が心配だって訳だよ美都君??』


『俺は平乃の事が好き。だからなんかこう、将来アイツにプロポーズして断られないようにしっかりと地盤を固めたい。そういう訳なんですよね!! ええ!! ……うわー、改めて言うのマジで恥ずかしいわ。これ残さない方が……ってうわっ!!?』


 プツン、と音声はそこで切れた。録音機にはそこまでしか録音されていなかったからだ。


「────で、これ今の君が聞いてどう思う?」


「死にます」


 俺は道路へ飛び出そうとした。ガシッと制服の袖を掴まれて阻まれてしまった。


「待て待て待て!!!? 早まるな美都坊!!?」


「いーや!! 死ぬね!!」


「ふざけるな死ぬなマジでおいらが殺した事になりかねんからさ!!」


「事実ですよねー、あー、ヤーさんマジで人の心がねぇっすわーっ、マジヤクザみたいな外見通りで人の心がねぇっすわぁ!! 」


「ヤクザみたいって言うなや!! 美都坊が暗ぇ顔で此処通ったからにはコレの出番やと思ったんや!! 他意は無いぞ!!?」


「その割にはゲラゲラ笑ってたじゃないですかヤーさん! 本当に励ましたいのか追い討ちしたいのか分からねぇんですよ!!?」


 俺は袖を掴むヤーさんを振り払って、向き直る。流石に死ぬ気はないし。


 彼は、そう名乗ったおじさんだ。俺はこの自称ヤーさんの本名は知らないし年齢を聞いたらはぐらかされたし、職業もよく知らない。知ってるのは見た目180センチ超えてそうな長身で細身、そしていつも小さな丸いサングラスを掛けていること。それと毎週金曜日、近所のこの寺で煙草吸ってることくらいだ。


 あとはなんか日によって違うけど、今日はそう……すげえラベンダーっぽい良い匂いがする。二十代っていっても通じる雰囲気のヤーさんだが本人曰くアラフォーだとか。


 で、ヤーさんとはさっきの音声の録音中に俺の手から録音機をブン盗りやがった時からの仲である。素性はよく分からないが相談に乗ってくれる。


 例えば、高校とか。……ヤーさんの助言が無かったら別の高校行ってたな。


 最初はマジで警戒していたんだけど、普通に近隣のおばさんと井戸端会議並に喋り込んでるのを見て諦めた。


 なんかこう……マジのヤバい人ならそういう付き合いは避けると思ったし、この寺の隣が交番だし俺が常に逃げられるようにすれば良いだけだよね? 尚ヤーさんからは逃げられない模様。あしがはやすぎるので……。


「で、何があったんや? 美都坊、あんまし顔に出さんのに珍しい……先週意気込んでたが、失敗したか??」


「……実は、付き合うことになったんすよ」


「あー、ってこたぁ告白は出来たんやな!! んでOKと、よかったな美都坊!!」


「いや、ちゃいまして。その、平乃じゃなくて……」


「はぁ!!? 美都坊平乃一筋やったやろが!!? どないしたん!!?」


「……先週、ヤーさんには『来週会うまでにアイツに告る』って言ったじゃないですか」


「おう、ゆーとったな。やけに意気込んでたが、おいら的にはなんか空回りそうな空気感じとったわ」


「え、マジっすか……?」


「せやな。平乃とやら、恐らくは美都坊の事を全く異性とは意識しとらんやったろ。しかし、やる前から口出しは悪いと思てな。ま、続き聞かせてや?」


 うぇ……なんでそんなことがわかるんですかよ。


 俺はげんなりしつつも、促されるままに続きを話す。


「で、『大事な話がある』って送ったんですよ。メッセージで」


「…………」←おう美都坊平乃はメッセージ見んって言っとらんかったか?? という顔


「…………」←いや面と向かって言えないじゃないですか……?? という顔


「まあ、ええわ。オチが読める読める、あれか、平乃のご友人にが居る言うとったな? んで、言わばその女のファンネル扱いっつーことか?」


「そう……だけど、ファンネルて」


「都合良いように使われとるだけやな、あーあ、美都坊が可哀想やでぇ」


「都合良いように、って。いやでもアイツの為にもなるって言ってたし……それでもいいかなと」


 そう言ったら、ヤーさんは呆れたように肩を竦めた。


「そう言うところが都合が良いっつー所やって言っとるんや……美都坊、こんな扱いで嫌とは思わんのか? 悠長なことやっとっても良いことは無いっておいら言ったやん。なんか願望とかないんか??」


「俺は……アイツと話せればそれでいいんですよ。アイツが真っ直ぐに生きていてくれれば、俺が関与してなくても」


 それは紛う事なき本心だった。だが、俺だってヤーさんが言わんとしていることは想像がつかないわけではない。


「志が低いわ!! そも美都坊そこまで卑屈になるほど見た目は悪くないし喋れん訳でもないやろ」


「まあ、努力しましたし」


「なんならクラスで数人密かに『彼狙ってるんだよねー』って言われとる気がする。どや?」


「…………? ないですけど」


「ま、本人にゃわからんやろなぁ。告る、られるのハードルの高さは美都坊も分かっとるやろ? アプローチとしてはそこまでやあらへんパターン……例えばそやな、『勉強教えてーっ!!』みたいな事を女子から言われたりするやろ?」


「いや、平乃が我先に来るしアイツアホだから掛かりっきりになって余裕がないから分かんないです。アイツ、テスト前になると休み時間俺の机に貼り付き出して大変なんですよ、マジで」


「……そなんか」


「しかも夜なんか寝間着で俺の部屋まで突撃してくるし、それで勉強教えてーって零時過ぎまで居座ったあげく俺の部屋で寝るわ、それだけの労力払ってもアイツ成績上がらねぇし……」


「お、おう……?」


「大体平乃は目離すとすぐに勉強止めて俺の部屋のマンガ漁り出すし、わざわざ参考書持ってきたと思ったら詐欺みたいなバカ参考書掴まされてたり、この間のテストなんか解答欄ミスって零点だしてたんですよ!!? あんなやつに勉強教える身になってほしいっすわ……あれ? 俺じゃなきゃ相手するの無理じゃないかアレ?」


「せやな、多分美都坊以外には教わる気無いんやろなぁー……」


 ヤーさんはやけに適当な感じで言った。


「いやマジで大変なんですって!!」


「ははっ」


 返ってきたのは乾いた笑いだった。なぜだ。


「で、美都坊はこれからどうするんや? 彼女が出来たんやろ? ファンネルとは言えど。発案者幼馴染。…………じっしつふられたようなものでは?」


「やめろ!!!」


「ククッ……少年、奴に復讐してやりたくはないか?」


 ヤーさんは何故か演技がかった様子でそう言った。外見自体がヤク……悪い人みたいだから尚更怖い。


「ふく、しゅう……?」


「ククッ、そうだ。鈍感な幼馴染にフラれたら復讐するのが世の定め。最近話題のラノベにもそう書いてあるんやで」


「ヤーさんラノベ読むんだ……」


「あー!! おいらだって人だぞ、ラノベ読んで悪いかよぉっ!!」


 いやラノベ読まない人は人に在らずなんて聞いたこと無いんですが……。あと別に世の定めでもないですよね、復讐。


 ともあれ。


 復讐してやりたいか、と聞かれると────。


「別に……復讐するほどのことはされてないっすよね」


「おいおい、幼馴染にファンネル役押し付けられておいて酷いことされてないはないやろ?」


「直接フラれた訳じゃないですし、これも平乃の為と思えば偽装彼氏役位なんでもないですよ」


「ファンネル役……いや偽装彼氏役か。それやってる間はその幼馴染とは結ばれることは無いのは分かっとるんか? 美都坊が二股って思われても怖くないならええんやが」


「……そこなんですよねぇ。ヤーさん、ちょっと時間巻き戻せる物とか……」


「あるわけないやろ、ファンタジーちゃうで」


「ですよねぇ……実は『あたしも大事な話がある』って返信が来てこの展開だったので、衝撃的すぎてあんまり屋上でのこと覚えてないんですよ。気が付いたらこう、付き合うことになってて」


「純情弄ばれとるやんけ。美都坊、やられっぱなしでええんか? ムカつかんの?」


「……ちょっと。でも、平乃、たしか俺の事を信頼して頼んでくれたって言ってて、だとしたら俺は信頼されてるなりにちゃんと全うしないと……」


「ちょい美都坊、落ち着け。まず深呼吸。はい、すって、はいて、すってー、はいてー」


 深呼吸。


「よし、美都坊。だ」


「……青春?」


「深く考えるな。青春を感じろ。今を楽しめ、美都坊、走れ」


「え? どういう……」


「おいらだって若い頃があったわけやけど、正直美都坊程面白……厄介な状況になった覚えは数度あるかどうかや。とにかく、そんなレアな状況、楽しまにゃ損やろ!」


「ねぇ今面白い状況って言い掛けませんでした? 俺めっちゃ悩んでるんですけど??」


「難しく考えるな、美都がその幼馴染が好き? 偽装彼氏をしなきゃいけない? 大いに結構!! その二つは相反しねぇやろ! 美都坊は頑張ってその意思を貫き通せばいい!! 偽装彼氏役なんてのは所詮演技、その子に事情を話してみたら案外上手く行くかもしれんやろ?? っつー訳でおいらはちょっとその辺一走り青春してくらぁ!!」


「は!? どこ行くんですか!!?」


「明日は良いことあるやろから気にすんなやー!!!」


 色々無責任なことを勢いだけで喋ってた気がするが、それっぽいことを言ってヤーさんは急に走り出した。


 ……やっぱ速いなー。普通に高校生の全力疾走レベルすら霞むレベルの足なんだよな、ヤーさんのダッシュ……。


「……ってうわ!!? ヤーさんもしかして逃げた!!? 」


 俺はその事に気が付いて、つい叫んでしまった。幸い寺の境内には誰もいなかった。その事に安堵して。


 ────でも、確かに俺は難しく考えすぎていたのかもしれない。


 正直、平乃が好きだという感情は宝田さんと偽装でも付き合う上では不義理だと思っていたけれど……そうだ、話す前からぐちゃぐちゃと考えていてもしょうがない。


「にしても青春を感じろって、何だよ」


 俺は荷物を纏めて、全力で階段を蹴り飛ばすように走り出した。


 青春って……ひょっとして、走ったら分かるのか……?


 ◆◆◆


 翌朝。


 平乃『いつもあたしがやってるんだけどちゃんと希を迎えに行ってね!! 希の彼氏クン!! あたしは学校でちゃんと一緒に来るかちゃーんと見てるからね!!』


 早朝からメッセージで平乃から追い討ちが来た。あの……ヤーさん、朝から全然良いことないっすけど。ヤーさーん??

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