五話『体育の時間と偽装彼氏』

 ────説得力。


 手を握って、はにかんだ宝田さんの顔は俺の目から見ても明らかに真っ赤で、つい、俺もはずかしくなってしまって、彼女の顔から目を逸らして。


 ふと気付いた。


 握られた手、その握り方が何処かよそよそしいことに。


 ……まあ、そりゃあそうだろう。俺は形だけの彼氏だ。しかも昨日までは道で会えば挨拶する程度の間柄だったのに。


 少し、いやかなり自惚れていたらしい。


「どうしたんですか?」


「……ああ、いや。なんでもない」


 そう聞いてくる宝田さんはまるで恋人と一緒で思わず嬉しさが溢れてしまっているように見える。


 だがそれはである。繋いだ手の感触がなければ、その熱が偽りであることに俺は気付けなかっただろう。それほどに、宝田さんの演技力は高かった。


 宝田さんは本気で周囲を騙すつもりなのだろう。少なくとも彼女側からこの関係が偽装であることがバレることはほぼ有り得ないだろう。


 となると俺の方が問題だ。


 平乃の頼み事は毎回それなりに無茶なものだが今回は群を抜いて無茶苦茶だ。


 俺からみればあの時第一話の宝田さんは困惑ぎみだったから、平乃が無理矢理決めたと思い込んでいたが、その割には宝田さんの偽装が本気度が高いように見える。


 その見立てが間違っていたと。そういうことなのだろうか。



 ────間違ったということは、俺は彼女たちをみくびっていたってことじゃないか?



 そういう考えはよくない。


 ……少し反省しないといけないなぁ。



 ◆◆◆



 噂話に疎い俺でも分かるくらいに、クラスは宝田さんの話で一杯だった。他のクラスからどんなやつが彼氏なんだって俺を見て帰っていく人がちらほら。中には写真を無許可で撮って走り去っていく人も居た。


 一人で廊下を歩いているときにも「宝田さんの彼氏見た?」「見た~、あんまりパッとしないよね~」「っしょ、釣り合ってないというか~」などと俺に対する辛辣なコメントも戴きました。


 えー。その件につきましては企業努力には努めているつもりではございますが、その、現状を鑑みるに全くもってその通りであることは一切の否定が出来ず。はい。……あとでお洒落とか勉強するね。


 というわけで噂の内容は俺への批判的な意見がいっぱい。うわぁ想定内だね。


 そこから噴出する悪意から宝田さんを守る盾になる事が今の俺の存在価値だ。それが平乃のためになるのだと平乃が言ったのだ、そのくらいなんだって耐えて……いや薄々感じてるがこれ、本当に平乃のためになるのかこれ?? ならんのでは??




「────というわけで美都には死んで貰います」


「なんでさ!!?」


 今日は体育があった。というか今体育だ。体育なう(死語)。


 準備体操で二人組を作ってーって体育の内藤先生(27)(女性)は言った。言われるがままに二人組作った────で、その相手方からいきなり殺害予告だ。


 そんな発言をして俺の反応をゲラゲラ笑っている彼の名前は鎧塚よろいつか珠喜たまき。明るい茶髪で童顔の男子である。


 準備体操での二人組は身長順に隣り合った男子と、なので背丈は俺よりも若干高い位だ。


 誤差とはいえ身長が百七十代に突入しているのは個人的に憎いところだが、まあ、俺も今成長期だからすぐに百七十代入るだろう。たぶん。成長期入るまでドチビだったからその辺は不安だなぁ……一気に伸びすぎたからってそのままノッポになれるわけではないし。


 脱線してしまった。


「はぁ、美都くんや、本当にわからないと申すかえ?」


「……いや薄々は気付いてるけど、それはそれとしていきなり殺すとまで言われるとは思ってなかったのですよ。あと何故喋り方がじじいなのさ」


「どっちかっていうと婆ちゃんかな。あ、背中押して」


「どっちだって良いわ」


 そう言い返して地面に足を閉じて座って前屈の姿勢になった珠喜の背中を押す。


「あとてっきり美都って赤城さんのこと好きだと思ってたん────あああああああ痛いいた痛い背骨はそんなに曲がりませんがなああああ」


 どこでバレたんだそれ!!!? ヤーさん以外の誰にも言ったことないのに!!?


「……て、悪い、つい。あと、どっちかっていうと腰だな」


「ど、どっちだっていいでしょ……そんなの……つい、でこんな思い切り深くしなくても……あいたたたたた……」


「マジ悪い」


「悪いと思ってるなら美都、質問に答えてよ。ほら座って」


 はい、柔軟交代。


「美都って、ふんっ、赤城さんの、事っ、好きじゃ、なかった、の!!」


 ……滅茶苦茶強く押してくるところ悪いが、柔軟なら毎日風呂のあとで欠かさずやっているので俺の体は滅茶苦茶やわらかいのだよ。珠喜クン。ていうかこれで全体重? 君身長の割に滅茶苦茶軽いね。ちゃんと食べてるかな珠喜クン??


「この、くそ、死ね!!」


「全然痛がらないからって死ねは酷いんじゃないかなぁ珠喜クン??」


「いいや、酷くないねッ!! 君と赤城さんはお似合いの友達以上恋人未満のカップルとして尊死ながら柳の陰から推していたと言うのに!!」


「死ぬのは勝手だが化けて出るなよ……て、は? 友達以上恋人未満のカップル?」


 なにそれ俺知らない。


「それを、横からかっさらった泥棒猫……もとい宝田希……あいつさえいなければ……!!」


「「────おいおい聞き捨てならねぇな」」


「「誰だ!!」」


 俺と珠喜は突然会話に割って入った声のした方へと、顔を向ける。


 俺たちと同じように前屈の柔軟をしていた二人組が、珠喜と俺を睨み付けていた。


 体が固いのか、つの字よりも曲がってない浅黒い肌の男が百瀬大一ももせ ひろかず、それを上から押す色白の男が合川 広一あいかわ こういちだ。


 彼らは同時に叫びを上げた。


「「何もわかっちゃいねぇな珠喜。泥棒猫はそこのガリ勉野郎じゃねぇか、知ってるか? 百合に挟まる男は死刑なんだよ」」


 ゆり……? 何かの隠語だろうか。


 珠喜は何の事か通じたようで、俺を押し潰すのをやめてその二人に向き直った


「な、何が言いたいッ!!」


「「俺たちが言いたいことはただ一つ────」」


「────赤城×宝田こそ至高!!!」

「────宝田×赤城こそ究極!!」


 …………???


「「あ???」」


 同時に別の言葉を叫んだ二人の間に険悪な空気が流れ出す。「あーあ、二人揃って地雷踏んだね、やーい仲間割れなら離れてやれやー」と珠喜が囃し立てるのをガン無視して二人は激しい言い争いを始めた。


「おいおいおい、お前は同士だと思ってたんだがなぁ」

「そりゃこっちの台詞だよ。なんだお前言うに事欠いて宝田×赤城ってよぉ。失望したぜ」

「お前こそ、見損なったぜ。究極の組み合わせだろ宝田×赤城、いや……のぞ×ひらってのは!! 普段宝田を引っ張るトラブルメーカーの赤城が、ふと宝田が見せる攻めっ気にどぎまぎする!! これがいいんだろうが!!」

「なんもわかってないなお前は……!! お前は意外性というものを履き違えている!! 宝田はいつも笑顔だが、それでも赤城と一緒の時だけ笑顔の質が違う。これはつまり赤城にしか心を許していないのだ。良いよなぁこういうの!!?」

「は???? 違うだろ???」

「あ???? お前の方こそ違うだろうが???」

「ああ???? やろうってのか???」

「あああ???? やんぜ??? こっちはお前の背中に掛ける圧……お前の命を握ってんだぜ??」

「やってみろよ、やったら俺の解釈が正しいってことにするがな!!」

「あ"んだと!!?(背中を踏みつける)」

「あ"あ"ああああ!!?(バキバキバキィ)」


 何の話をしてるんだこいつらは……。少なくともまともな話じゃないのはわかる。だってなんかこう、熱量がおかしいしさ。


 俺が理解してないことを理解したのか、珠喜が呟いた。


「あれはね、美都。百合豚だよ、それも現実にもその記号めいたカップリングを見出だす……生モノ、ってやつだったかな。しかもこの二人はそういう性癖を本人たちの近くで堂々と開示する傍迷惑な部類のヤベー奴等さ」


 心底嫌そうな口振りで珠喜が語った。まるで親の仇でも見るような目で百瀬と合川の二人を見ながら。


「あんだと!!? 偏見と悪意に塗れた解説やめろや珠喜お前も似たようなものだろがよ!! あと別にそういう性癖だったって良いだろうが!!?」と、百瀬大一。


「百合豚じゃねぇし!!? 俺自身は極めて普通の性癖してるし、赤城と宝田に関してはその関係性が……尊い……というか、別に女子同士の恋愛が大好きな訳じゃねぇ、あの二人が特別なのであってだな、つまり俺は……百合豚じゃねぇからな、な!!?」と、合川広一。


 あ、百合って女子同士の恋愛がどうこうっていうやつか。言われてみれば聞いたことがあるような、ないような。


「どうだか。君たちの性癖自体は否定しないが、出来るだけ本人の目につかないところでやってくれよ?? 例えばそう……、とかね」


 ────宝田さんへの告白祭り?


 宝田さんは美人で好い人だ。大量に告白されることもおかしくはないと思ってはいたけれど。もしかして、あれらは誰かがわざと起こしていたってこと?


 そう思って百瀬と合川の方を見るけれど、彼らも少し困惑しているようだった。


「いや、俺たちはあれに関与してねぇよ。確かにああいう男が嫌いになりそうな事が起こったらあの二人の距離はゼロを越えてマイナスへ……って感じになりそうだけども。俺達は百合を見守る観葉植物みたいなやつになりたいんだよ。な、広一」


「いやまあやってないのはそうだが、お前と一緒にしねぇでくれよ。俺は別に観葉植物にはなりたくないからな? つか珠喜こそお前自体NLカップリング過激派じゃねぇか、珠喜こそ控えろよ。なぁ大一もそう思うだろ」


 どうやら彼らの目指す先は違うらしい。……いやどこ目指してもらっても構いはしないけれども。


「確かに美都が平乃好きなのは誰の目から見ても明らかだったけどよ。あ、珠喜、お前ならそういう流れ、作れそうじゃねぇか?」


「は? 確かに誰の目から見ても美都が赤城平乃を好きなのは疑うべくもない事実だが……バカいってくれるなよ百合豚ども。こっちは『茶々入れるとすぐ照れて悪態を吐き合うようなカップル』を応援する仕草は母親の腹の中にいる頃から弁えてるっての。こちとらしてもくっつきやしない二人をここ一ヶ月ずーっと見てるんだぜ??? そんな無粋なことをするわけないじゃんかよ。お前らみたいな百合豚かちくと違ってな??」


 どうも、珠喜的にはあの二人のようなやつが許せないらしい。言葉の端々に同級生に向けてはいけないような憎悪が見えた気がする。


「お、おい、珠喜? 言い過ぎじゃ────」


「「んだと珠喜言わせておきゃ家畜だ何だってお前みたいなNL厨ッ!!! 一匹残らず駆逐してやらぁッ!!!」」


「おうよ掛かってきやがれ豚どもがよぉ!!! なあ美都!! 美都はこっち側だよな!!?」


「広一右から詰めろ!!」「大一は左な!!」


「おや右手と左手を取ったところで構いはしないさ。なあ、美都。やってやれ」


「……根回しって何だ?」


「噂を流しているのさ、例えば今日は『宝田は偽装彼女』だ、とな────」


「合川くんと百瀬くん」


「「…………」」



「え、ちょ、美都くーん、うわこれガチだ待って話せば分かる百合好きコンビ───」


「言い訳無用!!」「腹から裂けろやNL厨が!!」


 ヒートアップする三人。俺は珠喜へ肩を竦めて呆れたとアピールしてから目を逸らして立ち上がる。


 うわー、仰向けの珠喜が合川と百瀬に両手掴まれて下から背中を足で押されて悲鳴を上げてら……プロレス技かアレ??


「────はーい、次は一人一人ボールを持ってドリブルからねー」


 ちょうど準備運動も柔軟も終わったので、体育の先生から声が掛かったからだ。声で隙が生まれたのか、俺が目を離した隙に合川百瀬のホールドから脱している珠喜が叫んだ。


「まずはお前をボールにしてやるよぉ百合川ァ!!!」

「混ざってる混ざってる!!!」

「おい今容赦なく股を蹴りやがったな珠喜ィ!! 金的はねえだろ金的は!! お前の事は一応友達だと思ってたんだが!!?」

「ボールは友達!!! 翼さんもそう言ってたからな!!! あと避けやがったろう!!? じゃあ良いじゃねえか!! 食らえ!!」

「友達のボールは蹴っちゃ駄目だってパパに教わらなかったんでちゅかぁ~、あっ、やめ、無言で迫るのは禁止だぞ!!!? こっわ!!!」

「俺より足の遅い広一を狙うのは理にかなってる。良いぞ珠喜!! もっとやれ!!」

「大一てめぇ!!!」


 ……ゲラゲラ笑いながら珠喜をあしらう二人。お、なんだなんだとばかりに騒ぎに気付いた男子たちが集まってきて────


「じゃあ美都鬼な?」


「なんでさ!!?」


 ────いつの間にか鬼ごっこが始まっていた。サッカーはどこ行ったんですか???


 うわあ滅茶苦茶じゃねぇか。男子たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていっているのを眺めている俺に、ふと声が掛かった。


「あ、内藤先生」


「美都くん、手を出して」


 ……?


 先生がそう言うので俺は手を出したら、先生がその手を叩いてきた。


「せ、先生? まさか」


「ふふふ……そうだ、先生も混ぜてよ、鬼ごっこなら年頃の男子生徒に触れても教育委員会に怒られない……でしょう!!? 今度こそは大丈夫!!! ねぇ!! そうでしょ国本美都くん!!?」


「過度な接触じゃなきゃ……って怒られたことあるんですか先生!? 」


「知ったことか!!!! 私はやるぞ!!!!」


 と、こんな感じで体育の先生が何故か全力疾走で鬼やりだして大変だった。それとなんかこう、先生から鬼気迫るなにかを感じた気もした。


 ……あ、あと名誉のために明言しておくが、豚だなんだと言われていたけど合川も百瀬も全く太っていないぞ。うん。


 ボールは最終的に蹴られてたけど。

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