緑の葉っぱ。教室にあふれてる。

 


「なんていうか、あれだよな、物腰がやわらか?」

「ああ、わかる。口調も丁寧だし」


 机の上にうつ伏せになっていたら、周囲から声がきこえた。のそのそと顔をあげて、なんとなく会話の主達を目で追った。「あ、起きた? おはよう」 挨拶をされたので頷いて、椅子に深く腰掛ける。欠伸をした。「もしかして、どっかの社長令嬢とか? お嬢様なのかなあ」 もしかしなくとも、うちのお姫様のことか。


 確かに彼女は中学生にしては落ち着いている、ように見えはするが、過去の彼女と比べてみると、お貴族様とほがらかな一般人だ。漂う雰囲気もどことなく違うのは当たり前のことだが、改めて考えた。彼女は彼女であるけれど、違う人間なのだ。



 この生は、決してあのときの続きではない。わかってはいる。けれども俺が彼女を助けることができなかったそれも、紛れもない事実だ。今度こそは彼女に幸せになって欲しい、と願う気持ちは仕方がない。「かわいいよなあ。彼氏とかいるのかな」 だから男のチェックも少々厳しい。


「いないよな。だってまだ入学したばかりだし」

「それは知らないけど。でも別にお嬢様とか、そんなんじゃなかったよ。普通の家だったと思う」

「お前小学校同じだもんな! 敷居が高いのも嫌だし、そっちの方が逆に嬉しいよ、なあ……って目ぇコワッ!!!」


 目の前で繰り広げられる二名の会話をじっと見つめていた。


「なにがだよ。いつもとかわんねぇよ」

「嘘だよ! お前はもっといつもは優しい目をしているよ! 眠そうな顔だよ!」

「してねぇよ。普段とかわらねぇよ。けどお前は坊主ってだけで減点だけどな」

「何の点数をつけられているの!?」


 お姫様は一度、男にはこっぴどい目を見ているのだ。妙な男に引っかからないようにと、彼女に近づく男はとりあえず採点する。ちなみに減点式だ。とりあえず何でも減点するところから始まる。


「俺は満点以外は許さねぇぞ」

「一体なんのお話なの!?」

「そろそろテストも近いもんね」


 そういう話じゃないけどな。




 ***





 わいわい楽しげな兵士さんたち三人を見ながら、「ねえ、どう思う?」 聞かれた言葉に、「え?」と首を傾げた。「きいてたでしょ、うちのクラス、かっこいい子って誰だと思う?」 まったく聞いていなかった、なんてことは言えないので、うふふと笑って誤魔化した。


 春も過ぎて、このクラスも少々馴染んできた。持ち上がりの小学校以外の友人も増えて、少しずつ本音を話し合えるようになってきたらしい。


(かっこいい、男の子……)


 ぼんやりと私が考えている間に、目の前の女の子たちは凄まじいスピードで名前を交わし合っていく。うちのクラスなら、あの子、とか。野球部の子、とか。隣のクラスにちょっとお金持ちな人がいるらしい、とか。でも中学生の女子と言えば、そんなことはさしてどうでもいいようで、気づけばやっぱりお顔の好みの話に移っていた。


(思い出すわ。昔行ったお茶会も、こんな感じだったような気がする)


 女の子はどこの世界も変わらないのだろうか。微笑ましい、とほっぺたに手を当ててみた。こんな空気も、なんだか楽しい。以前はあまり味わえなかったものだ。「で、誰がかっこいいと思う?」 なのでもう一度回ってきた話題には、幾度か瞬きをしてしまった。


「えっ。かっこいい?」

「何をそんな初めてきいたみたいな反応を。さっきからしてたじゃない」

「うーん……」


 そうだ。そういえば考えていたんだった。どうにも昔と比べて、思考がぼんやりしているような気がする。環境も体も違うのだから、当たり前と言えなくもないかもしれないけれど。それでも兵士さんに出会うまで、心の奥ではどこか張り詰めていたものがあったのだ。それが気づけばやわやわになっていて、彼と出会えたことが、本当に嬉しかった。


「で、誰なの?」

「えっと……」


 兵士さんのことばかりを考えていたから、いつの間にやら彼に目線を移動していたらしい。三人組に目星をつけた彼女は、一人ひとり名前をこっそり呟いていく。先程名前が出た男の子もいたから、少しだけ神妙な空気になってしまった。首を傾げ続けて、最後に兵士さんの名前が出たとき、思わずにっこりとしてしまった。「あいつ!?」 小声なのに驚くという技を彼女たちはやってのけて、「いっつも寝てるじゃん!」 否定ができない。「そしてその割にはちびじゃん!」 そこは別にいいと思うけど。


 どこがいいのよ、と詰め寄られた。なのでとりあえず笑ってみた。「うふふ」 だいたいこれで何でもごまかせるから便利である。なんてことを考えているのは秘密で、ほてほてしてみた。


 兵士さんの素敵なところなんて、きっと語っても尽くせないし、それを伝えることは、なんだかもったいないような気がしたのだ。それは私にとって、とても大切な言葉になるような気がしたから。


 ごまかし続ける私を見て、だめだこりゃ、と呆れたような声が聞こえたけれども仕方がない。


「口が堅すぎ。もうちょっと柔らかくなりなさいよ!」

「ふふふ」

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