第10話 夢追い人が発展させた別府 観海寺

「あれ?アンタらここで何してんの?」


 そう言われて振り返ると、ものすごいファッションの女性がいた。

 白いタンクトップシャツに短パン。草履。

 そして将棋の駒が書かれた金色と茶色の半袖半纏。別名『どてら』を着た20代前半くらいの女性である。

 皮肉ではなく純粋な好奇心から「その半纏、どこで買ったんですか?」と聞きたくなるくらい、悪趣味で悪目立ちするファッションに、狼のようにぼさぼさな腰まで伸びた長髪。

 山姥というか、山猿。

 世が世なら山賊と言っても違和感が無かっただろう。

「あ、大神さん」

「ん?朝美っちじゃねーか。オッス」

 と二人は挨拶をする。

「知り合い?」

 朝美氏とこの山猿のような女性は知り合いらしい。

「彼女はね。佐伯大神(さえき おおみわ)さん。窮屈な仕事に耐えられないって若いときから自覚してて、株に2百万円突っ込んで、その儲けで生活している人だよ」

 これまたすごいのが来たな。

「私たちは涼みに来てるんだけど、大神さんは?」

「今月は電気代が払えそうにないから、ここで涼みに来たのと、晩飯の調達だな」


 狩猟一族かなんかか。


 まさに野生児のような生活スタイルだ。片手にもつスマートフォンが最新型なのでよけいにギャップを感じる。

「ああ、これ?」

 彼女はたまにアパート代が払えなくなりホームレスとなることもあるが、スマホがないと株の売買が出来ないため、スマホだけは最新のものを所持しているという。

 お茶の間にはとても紹介できないようなダメ人げ…ギャンブラーだということは良くわかった。


「あっついけど、あと1時間もしたら雨が降りそうなんでな。アパートに帰ろうと思ったけど、それまでここで本でも読んでようと思ったんだ」

 彼女は基本的に暇を持て余しているので別府を散策したり図書館で本を読んだり、色々な暇つぶしをしていたのだが、それに遭遇してしまったというわけだ。

「ところで見慣れないのがいるけど、誰?」

 そこで朝美氏が私を紹介する。

「へえ。アンタ物書きかい。で、直木?芥川?」

 陸上やってますって聞いたら金メダル・銀メダル?って聞くレベルの無茶ぶりがきた。

「いえ、私は文学とかじゃなくて、文書を書いて日銭を稼いでいる程度でして…」

 と謙遜気味に言うと

「なんだ。アンタそんな不安定な状態で飯食ってんのか?大丈夫かよ?将来のこと真剣に考えてんのか?」


 おまえが言うな。


 その言葉、過剰包装してのしを着け、叩きつけてやりたい。着払いで。

「私はいいんだよ。将来なんて金が尽きたらあきらめるって決めてんだから」


 もうやだ、この人。


「ところで、一時間後に雨降るの?」

 滝の音を背景に朝美氏が尋ねる。

「ああ、志高のあたりからみたら雲があって霞んでいたんでな。あれは多分別府にくるぜ」

「だったら、車で来てるから乗ってく?」

「お、いいのかい?」

「どうせ市街地から歩いて来てたんでしょ。夏でも雨に打たれたら風邪引くよ」

「へへ、ありがとうごぜえます。旦那」

 江戸時代の町人のような口調で礼を言う大神氏。意外と礼儀は正しいようだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・


 帰りにあの高速道路の下をくぐり、急勾配の下り坂は木の幹に落下していくような感じで降りる。

 ふたりとも器用に木にぶつかり、落下の勢いを殺していく。

 階段状になってない単なる斜面だからちょっと怖い。


 汚れた靴は袋に入れて、新しいのと交換しいざ車に乗ろうとしたところ、大神氏はウエットポケットから緑色のゴミ袋(別府市指定30リットル10枚で220円)を2枚取り出すと、頭からかぶり、下からもかぶり、荷台に載り

「どうぞ。発進させてくれ」

 と言った。

 どうも車の座席が汚れないようにという気遣いなのだろう。

 それを見て朝美氏はにっこり笑うと

「おまわりさんに捕まるからふつうに乗って」

 と、慣れた感じで言った。


 結局袋に首を出す穴を開けて、死んでも車は汚さない。といった風で後部座席に座る大神氏。

 ラクテ●チを通り過ぎると、なぜか別府の将来についての話になった。

「別府は温泉で有名だけど、いつか枯渇するかもしれねーんだよな」

 と、いきなりの衝撃発言。

「だから温泉が枯れても観光客が呼べるような、こんてんつってやつ?それが必要だと思うんよ」

 と、原油国のような話になる。だが、そんなコンテンツがあればとっくに他の観光地がやっているだろう。

 結局、どんな手があるのかは見つからなかったようで、

「だからオメーさんが俺の話とか書いて一発当ててくれたら、そんときゃ売り上げの1割くれればいいよ」

 などと言いだした。


 世間様に出せねえよ。アンタみたいなの。


「なに言ってんだい。別府ってのはアタシみたいな山師で発展した町なんだぜ」

 はい?目を開けて寝言を言ってるの?

「ちがうちがう。たとえば、今通ってる観海寺なんて、多田次平って人が高級住宅地として売りだそうと3万2千坪を買い上げてから発展したんだよ」

 大神氏の話によると杉の井パ●スがある観海寺は市街地の喧噪から離れた風光明媚な土地だったが、交通が非常に悪かった。

 そこで大正9年(1920)にい多田氏はここを住宅地とするべくアーチ橋や道路の整備を始める。

 さらには吉野の2千本の桜を越えよと6千本の桜の苗木まで買ったらしい。

「花園都市の名で売ろうとしたんだよ。景色の良い、田園調布みたいな花の咲き誇る街って感じでな」

 いくら中心部から離れてるとはいえ、旅館のある土地を買しめたのだから莫大な金を払ったのだろう。

 そのうえ植樹までするとなると、これはもう投資というとよりバクチ。投機のような所行である。

「まあ結局住宅計画は頓挫して旅館街に力を入れるようになったけど、多田さんがいなけりゃ、ここがこんなに発展することは無かっただろうな」

 と大神氏は言う。

「だいたい、ケーブル楽天地だって金山を買い取ったら坑道から温泉が噴きだして使いものにならなくなった土地をレジャー施設に改装したし、油屋熊八さんだって、米の相場で大損してから別府に来たんだし、今はない白蓮さんの赤銅御殿は炭坑で一山あてた伊藤伝右衛門が別荘に建てた土地だろ。新別府や石垣の土地だって単なる原野を住宅地にすれば売れるとバクチを打ってそれに勝った結果だからなぁ」

 はい?そんな話初めて聞いたけど。知りとうなかった。そんな歴史。

「景気の良かったときとか暴力団が(以下検閲削除)」

「書けるかー!別府のイメージダウンになるわ!そんな真っ黒黒助な話!」

 仮に書籍化された場合、別のキャラに修正されて、好物のカレーがスパゲティに改変されたりメガネをかけたりかけなかったりする別物になるだろうし、間違って映像化されたら真っ先に存在が消されるだろう。

 存在自体が検閲対象といえる。


「昭和初期とか利権を求めて集まったから抗争が起こってたし別府市誌にも昭和の初めに暴力団の石田組が博覧会の時に暴れた事が書かれてたりするぜ」

 それが、不景気で今では絶滅の危機に瀕しているという。

 暴力団対策法が施行されているのに、まだ活動できていることの方がびっくりだよ。

「まあ、駅前通りの元町のあたりかな。あのあたりは風俗店が多いからまだ隠れ構成員はいるんじゃねぇかな。あのあたり夜中はぶっそうだから通らない方が良いぜ。」


 先日は暴力団組員が窃盗でつかまったそうな。

 そんな、不都合な真実を聞きながら私は家に帰った。


 もしも、女性の方で観光に来られた際は竹瓦温泉付近は夜中に通らない方が良いだろう。日中でも黒服の呼び込みが当たり前に立っていた…

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