第9話 別府の避暑地 別府八景 乙原(の滝)

 地獄のように暑い夏。

 みなさまはいかがお過ごしだろうか?

 別府は海に近いだけあって潮風が涼しく過ごしやすい。

 読者のみなさまも是非来てほしいものである。


 ……ごめん。少し見栄を張った。

 別府は南国らしく暑い。

 さすがに内陸である日田とか玖珠ほど暑くはないが、照りつける日光に殺意を感じる。

(※ 日田は九州の観測史上最高気温39.9度になった事が有る)


 温泉に入ればさっぱりするが、一日中入っているわけにも行かないだろう。

「だったら、滝でも見に行かない?」

 と言われたのは、人の家の冷凍庫に残った ほぼ九州限定のアイス ブラッ●モンブランを勝手に食べてる大家殿である。

 あとで補充しといてくれ。

「滝?そんな場所あるんだ」

 別府というと温泉ばかり有名なのだが滝があるとはしらなかった。

「別府 滝」で検索するとたしかに乙原の滝というのが出てくる。

 もう一つ 白糸の滝というのもあるそうだが、避暑地としては乙原の方が良いらしい。

「乙原の滝はね、自然に囲まれた場所にある滝で滝のしぶきが涼しくて気持ちが良いんだよ」

 室温は30度を超えている。

 室内でうどんのようにゆだるより、自然の中で涼んだ方が良いだろう。

「じゃあ、虫よけスプレーかけて、蚊取り線香と殺虫剤をもって、汚れても良い服と泥だらけで捨てることになっても大丈夫な靴を履いて行こうか。私はスタンガンとテーザー銃とサバイバルナイフ用意しとくから」

「何かいやな予感しかしないんだけど…」

 涼しさと虫と泥と危険。

 天秤に乗せるには難しい4つだが、家に籠もっていてはネタも浮かばない。

 なによりクーラーが故障してて暑い。


 ここはとりあえず外出しよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 温泉道路をさかのぼり、杉の井●レスに向かって急な坂をさらに登り、左手にある赤い欄干の観海寺橋を越えたらさらに坂を上るとケーブル ラクテ●チという遊園地の乙原ゲートと呼ばれる場所に出た。

「伏せ字だらけだね」

「他に目印になるものがないから仕方ないんだよなぁ…」

 この乙原ゲートは切り立った崖の上にあり、いつもは見上げてばかりいた観覧車を見下ろせる、ちょっと変わった場所である。

「春だったら、ここに止めて滝見物の後にラクテンチの花見にしゃれ込むんだけど、今日はもう少し先まで行こうか」

 そういうと朝美氏はさらに先に進み、『滝見橋』と書かれた橋の所で止まった。

 橋の脇には一台だけ車が止められるスペースがあり、そこに停める。


「滝見橋って書いてるけど滝は見えないね…」

 川の上流は木々に隠れてみえない。

 そのかわり際だって見えるものがある。

 高速道路のアーチ橋である。


 別府駅から西に大型アーチ橋が見えたが、間近で見るとその大きさに圧倒される。

 東京に住んでいる人ならば『首都高道路が100m上を走っている状態』とでも言えば伝わるだろうか?

 大きなものがはるか上にあるというのは鯨を下から見るほどに圧倒的で衝撃的な光景だ。

「さて、ここから1km位歩くよ」

 そう言って朝美氏は急勾配の斜面を木々の幹を掴んで器用に上る。

 え?これを上るの?


 帰りは無事帰れるのだろうか?と心配ながらも足を踏ん張って斜面を上る。

 するとモルタルセメントで舗装された、人一人分の幅の林道があった。

 あたりに家はなく、鬱蒼と茂る木々と川のせせらぎだけが見える。

 町中では暑すぎて聞こえない蝉の鳴き声が聞こえるくらいには涼しい。

 自然最高である。



 木陰で直射日光が遮られ、快適な状態で竹と木の道を進むと高速道路の下に出た。


「うわ!大きい!」


 語彙が死んでしまったが、そうとしか書きようがない圧倒的質量が目の前に広がっていた。

 自分の数百倍はある大きな物体が自分の頭の上にある。

「すごいね」

「うん」

 目をキラキラさせて朝美氏はあいずちを打ち


「ここはすごいんだよ」


 どうだ。と言わんばかりに言った。



 圧倒的な光景に暑さも忘れて見入ってしまった。

 これは、たぶん死ぬまで忘れない。

 そんな気がした。


 ・・・・・・・・


「ここから道が土道になるから気をつけてね」

 道が急になった後、葛折りの坂を上ってから朝美氏が言う。

 言われてみればセメント道は途切れ途切れとなっている。

 先に進めば、竹が倒れ、石が転がっている。

 手入れが行き届かなくなっているのだろう。

 途中で道がY字に分岐している。看板には右が志高湖

「ここは左だよ」

 右の道は崩れて進めなくなっているらしい。


 完全に土道となった通路を進むと、木が倒れていた。

「よいしょ」

 と下をくぐる朝美氏。

「よっと」

 上を股越す私。

 さらに先を進むと、石垣のようなものが崩れている。


「2015年の大地震の時に崩れたんだろうね」

「ちょっと待て」


 もう5年以上前の話だが、その時のがそのままって、どれだけ手入れが止まっているのだ?


 一抹の不安を覚えつつ先を進む。

 途中水路の残骸とか落石で道が半壊している部分があったり、かれこれ20分は歩いただろうか?

「あ、見えてきたよ」

 下り坂が見えてきた頃。滝の水音が聞こえてきた。


「……え?」


 そこには滝と言うには弱々しい、水の滴る壁があった。

「あー、最近雨が降ってなかったからかな」

 おおおおおおおい。

 自然の中だからか今でも十分涼しいのだが、せっかくここまできたのだから滝の一つは見ておきたい。

「こんなしょぼい雨水のしたたりを見るために私は来たんかい」

 がっかりである。

「普段はここの雌滝も、もう少し水量があるんだけどねー。」

 まあ水場だけあってひんやり涼しいのだが、流れ落ちる滝を期待していただけあって、がっかり感が凄い。


「…あれ?」


 変だ。


 たったこれだけの水しか流れていないのに、なんで滝の音だけははっきりと聞こえるのだろう。

「岩陰に隠れているけどね、この奥にもう一つ滝があるんだよ」

 ここは水源地だから、絶対に水の中に入らないように。と念押しされて、岩を飛び乗ると


 しょぼい滝の右。ほんの5m横に幅60cmくらいの鉄砲水が滝のごとく勢いをつけて流れている。

「凄い」

「ここの川は雄滝がメインだからね。岩陰に隠れて見えにくいけど、こっちが本命だよ」

 乙原の滝は2つの水流が混じって落ちる変わり種の滝らしい。

 壁をゆっくりと滴り落ちる雌滝。

 細い水流が勢いよくほとばしる雄滝。


 これは見事なだまし討ちだ。


 滝壺にあふれる水しぶきの蒸気が風にのって流れてくる。

 大自然のミストシャワーの中、暑い下界から切り離されて大自然の涼を楽しむ。

 なんとも雅な気持ちだ。


「ここは冬場になって氷点下になると雌滝が凍って氷の壁に水が流れるんだよ」

 と朝美氏がいう。

 元々、明治時代の絵はがきでは桟敷や小屋があり、滝を眺めるお客というのは結構いたらしい。

 だが、水害に巻き込まれたのかブームが終わったのか小屋は無くなり、一部の好事家だけが知る名所となったのだという。

 まあ近くに店はないし、車も通れない。水源地なのでキャンプも厳禁な立地では現代のレジャーとは相性が悪そうである。


 まあ、道は狭いし滝付近もそこまで人が入れない場所だ。

 これくらいの人数で楽しむのがちょうどよいのかもしれない。


「ちなみに、腐っても滝だからね。大雨が降った日は数日水量が増えて流されるかもしれないし、寒い日は路面が凍結して道から3m下の川に落ちるかもしれない。もしもくるなら十分注意して覚悟を決めてから来てください。って記事にするなら絶対に書いといてね。あと日が暮れると怖いから3時以降は撤退をした方が良いとか…それとそれと…」

「アンタは観光客を呼びたいのか、追い出したいのかどっちなんだ」


 よい場所ではあるが人通りが少なく、自然のままの乙原の滝。

 節度をもって、宿から出かけるときはいざというときの準備をしてごらんいただきたい。


 そんな事を考えていると


「あれ?アンタらここで何してんの?」


後ろに、ものすごいファッションの女性がいた。


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冬の別府乙原の滝は

『素晴らしく偏った大分をくらえ 別府乙原編』

というタイトルの電子書籍で実写漫画としてキンドル出版しています。

YOU TUBEのリンクを貼って動画も見れる実験作でしたが、見事なまでに売れてないので、ここで供養させて頂きます。

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