第5話 ブラ○モリの風景を訪ねて…2019年の流川と暗渠の今(前編)

 小説家の朝は遅い。


 主に深夜まで原稿を書いて、気がついたら うたた寝という惨状になることが多いからだ。なので

「やあ、おはよう!朝だよ!気持ちいい朝だよ!さあ冒険の旅に出よう!」

 などという、うるさい声がぼろアパートに響き渡るのは労災クラスのダメージになると思う。

 別府の観光大臣を自称した大家の声である。

 猿轡でもかましてやりたい。


「こんな朝早く(10時)に起こすんじゃねー!!!!」

 と言いながら、布団の上でわめく見た目幼女の成人女性の頭にチョップをかます。


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別府は文人、織田作之助や大仏おさらぎ次郎たちが愛した街でもある。

 織田は夫婦善哉を執筆し、死後に別府を舞台とした続編が発見された作家で大仏は別府の紀行文を書いている。2人とも志賀直哉や太宰治とも交流があり、一時代を風靡した小説家である。

 そんな偉大な先輩の愛した街の今を伝えたいと思う。

「でさ、お姉さん。この別府でみんなに伝えたいならどこを伝えたい?」

 まるで散歩をせがむ子犬のようなキラキラした目で、朝美氏が言う。まだ私は、別府にきて二日目なのだが…

ぱっと言われても起きたばかりの頭は動かない。

「あ、そういえば」

 私は移住に当たりあらかじめ購入しておいた、ある一冊の本を取りだして言った。


「N○Kのブラ○モリで登場した場所にいきたいな」



※ブラタ●リとはお昼のお茶の間を楽しませてきた人気TV番組の司会を務めていたため、東京を出られなかった有名芸能人が番組引退を期に日本全国を旅して紹介する旅番組である。


 そんな有名スポットを提案すると、朝美氏は少し渋い顔をして

「あー、そっかー。そうだよねー。県外の人たちってテレビで放映された場所の話とか興味あるよねー」と言った。

 え?ふつうそうだと思うけど、一体どんな所を案内しようと思ったのだろう?


「じゃあ手元にある『ブラタモリ12巻(NHK「ブラタモリ」制作班 (監修))P31(番組名ではなく)』の地図を辿る感じで歩いてみようか」と朝美氏が言う。

 おい、そんな便利な方法があるなら先に教えてよ。

 色々配慮して伏せ字にした意味がないではないか。


 というわけで、2017年2月4日に放映されたブラ○モリから、現在の別府はどう変わったのか?

 2019年の現地調査をしてみよう。


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「さて、それでは資料に書いてある最初のポイント、不老泉に行こうか」

 そういうと我々は別府駅まで歩く。

「ここからタモ●さんたちは亀の井ホテルの方へ進んでるね」と朝美氏が言う。

 駅の東口から南へ歩いていくと、左手に2階だての温泉施設不老泉、右手の先に亀の甲羅のようなマークの大型ビルがある。


 この不老泉という温泉の手前に左折する小さい道がある。

朝美氏はその小道を指差して「ここの下が流川だよ」と言った。

「え?ここが?」

 そこには、どこからどう見てもふつうの道路にしか見えないアスファルトの小道があった。

「道しかないじゃない」

 私はおもわずつぶやいた。

 この下を温泉の川が流れていますと言われても信じられないくらい、そこはふつうの道路でしかなかった。

「まあ、ガラス張りでもないと暗渠って普通わからないからねぇ…」

 ふう、やれやれと言った表情で朝美氏がいう。案内を渋ったのはこれが原因か。


 はっきり言えば地味。


 看板でも無いとここが撮影地だった事すら分からない場所である。

 参考図書の地図によると『不老泉から海のゆめタウ●までを暗渠は流れている』らしい。

 地図の記述通り、くねくねと曲がった道を東…海側へ進むとY字路にでた。

「右と左どっちかな?」

「どっちでも大通りに出るけど、地図だと右の道を進んでいるみたいだね」

 左のコインランドリーがある道ではないらしい。

 まあ20m進むとすぐに道が合流した。

意味あるのか?このY字路。

「これが暗渠のせいで不自然に出来た道だからねぇ」と朝美氏は言う。

 江戸時代まで別府は川などの地形にそった道や住宅が立ち並んでいた裏路地だらけの町だったという。

それが明治時代に区画整備をされ、碁盤目状の道を強制的に作ったらしい。

 実際に歩いてみると「何でこんな道を作るの?」と思うが、納得である。

「この小道を、さらに進むと『別府●央ビル』という名の建物があり、シャッターがしまっている。『手●りの店 夢じ』の文字が往時を偲ばせる。入口のシャッター前には観葉植物のプランターが置かれているのだが、テレビでは写せない景色の一つだろう…」

「…そんな観光とは無関係な場所を、地の文のように語らないでくれる?朝美氏」

 この大家、ノリが良すぎである。というか読み手はそんな細かすぎる情報はいらないと思うよ。

「いや、こういった文書に残しておかないと、街の記録なんてすぐに消えちゃうからね」些細な事でも記録する事は大事だと朝美氏は言う。

 …私のエッセイはメモ帳じゃねぇ。

まあ昔の小説などは現在だと「文体は古いが当時の社会情勢が分かって興味深い」と評価される場合もあるし、ありといえばありなのだろうか?もしもこのエッセイが書籍化されたりしたら平成時代の流川を記録した文章とでも言えるかもしれない。

 このコンクリ製の幾つかテナントが入っていたような感じがする、空き家だらけのビルの情景に、どこまで資料的価値があるのかは不明だが…。


 そのビルから左に伸びた小道を進むと、『ブラタモリ12巻(資料名)』に写った写真通りの路地があった。

『三味線の店 つ●や』という看板があれば正解らしい。

 この店、変わった像が店先にあるのだが狭い小道の風景に溶け込み過ぎて、見落とす所だった。(実話)

 だが、こうしてみるとテレビで放映されていた場所を辿っている実感が湧く。

 番組で放映されたのと同じ場所。

映画のロケ地の様な、聖地巡礼をしている気になって来た。


 だが、ここまで来て、私は重要な事に気が付いた。


「……この道って水音がするわけでも、地下がのぞけるわけでもないから、


 そう。最初にも書いたが、この道、辿のである。


 周りにも同じ狭さの道が何本もあるし、特別な道を歩いているという感覚があまり感じられない。

 ここが暗渠の上だと知らないと、何も楽しくないのではないだろうか?


「そんなの『歴史ある小道をあるけば、明治の頃から変わらず流れる暗渠の水音が地面の下から聞こえてくる。…気がする』とでも書けば良いんじゃないの?」

 ねつ造じゃねぇか。


 まあ私の場合テレビで登場した場所を追跡するという目的があるから良いのだが、資料なしで歩いたら、ちょっと地味な気がする。(※個人の感想です)


 そう思いながら先に進むと流川通りに戻ってきた。


 目の前には『エディ●ン』という大型家電屋さんのビルと伊能忠敬の石碑がある。

『エディオ●』の上には芸能人の美術品を展示する『別府アートミュージ●ム』という私設の美術館がある。

「あと、ここに時間貸しで遊べる、カラオケや漫画にドリンクバーが完備された『世界寿』ってイベントスペースがあってね。土日とかイベント開いている時があるから、お姉さんもよってみると良いよ」と言われた。

「あの、高齢者向け…って看板に書いてあるんだけど」

「うん。初めは暇を持て余している高齢者にパチスロとかスポーツジムもできる漫画喫茶として運営してたみたいだけど、そういった人達ってパチンコ屋に行ってるみたいで顧客層を広げたみたい」

 欲に正直だな、別府のおじいちゃんたち。

 ちなみに朝美氏は土曜に開催されるゲーム大会やアニソンカラオケなどをしたという。まあ、普段は閉っているので行くならイベントを確認したほうが良いらしい。

 なんとも、のんびりした感じだ。


 ちなみに、伊能忠敬の別府での測量地記念碑の方は高さ1m、20cm四方の大理石っぽい石碑には方位と簡単な由緒が書かれている。

「この付近は江戸時代の別府の中心でね、四つ角には旅籠があってマルショクの駐車場には高札場(幕府や領主が決めた法度などを木の板に書いて張りだす場所)があったらしいんだよ」

 今で言う市役所の前の掲示板のような所か。

 開発されて現代建築が立ち並ぶ通りには、当時の建物は一切ない。

 また、流川通りのという通りの名前の由来となった川は

「ちなみにこの場所、目の前のビルに登って高い位置から見下ろす形で撮影させてもらった写真が『ブラタモリ12巻』にも掲載されてるね」と朝美氏が語る。

 言われてみれば俯瞰的に撮影された写真と、今立っている流川の合流場所は全く同じ場所である。

 だが、何か違和感がある。


「歩道の色が違くない?」

そう、写真には鮮やかな緑色の歩道がある。

「たしかに、写真だと歩道は緑色だね」

 写真と現況の差。それは当時は目の覚める緑色で塗装されていた歩道が色あせて、今では目をこらさないと緑色だったとはわからない点だ。

「流川は車の通りも多いし、祭りの御輿も通る道だけど、段差のない歩道だから安全のために色分けしていたんだろうね」という。

 建物や道は変わっていない中、微妙な変化があることがわかった。


「少しくらい違うところがないと記事にならないもんね」

 …おう、裏事情をネタバレすんなや。

(後編に続く)

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●余談~流川の名物店だったニュードラ●ン流川店


「ちなみに、さっき通ったエディオ●ってお店と流川暗渠の交わった所の右手に、2018年までニュードラゴ●っていう有名なケーキ屋さんがあったんだー」

 という。

 クリームは甘すぎず。スポンジも絶妙で創意工夫に富んだケーキが店頭に並んでいたらしい。

 しかし先ほど通った時には空き店舗となっていた。


「原因は雇用形態の変化と人手不足だったんだって」

 昔は臨時で朝早く手伝いに来たり、残業などでお客さんに対応していたが、今はそんな時世ではないので残念ながら閉店となったらしい。そう張り紙に書いてあったという。

 とても上品な味の店だったらしい。

「あー、せっかくのお店だけどもう食べられないなんて残念だねー」

 こうして時代と共に、地域の味と言うのは消えるのだろう…



「食べられるよ?」

 はい?

「閉店したのはニュード●ゴン流川店。んだけど、遠いんだよねー。前は気軽に買いに行けてたのに少し面倒でさー。また戻ってこないかなー」

 私のしみじみを返せ。


 後ほど買ってきたケーキは、お話の通り絶品だった。

 もしも別府に来たときには一度は食べてみるだけの価値はあると思う。

 地元の味が消滅せず残ってくれて本当によかった。住んでる所からかなり遠かったけど。

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