告白は魔王戦のあとで

 私の名は、フィーア。

 勇者アインが率いる魔王討伐のパーティのヒーラーである。

 私はパーティの仲間に一つだけ隠し事をしている。

 それは、私が魔王に遣わされた魔族のスパイであるということだ。

 人間に化け勇者の仲間として今日まで旅をしてきた。

 だが、この旅も今日で終わる。

 ついに勇者は魔王城までたどり着いたのだ。


 私が正体を明かすのは、彼らが魔王様のもとにたどり着いたその時。

 ずっと旅をしてきた仲間が、パーティ唯一のヒーラーが裏切り者で、魔王に相対するその瞬間に離反する。


 彼らはどんな絶望の顔を私に見せてくれるだろう。

 楽しみで楽しみで仕方ない。


「すまない、みんな。僕はこの城に入る前に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」


 城門の前で、勇者が口を開いた。

 なんの話だろう。早く魔王様のもとまで行きたいのに。


「ほんとはもっと早くに言うべきだったのかもしれない。けどずっと言えなかった」


 もったいぶってないで、さっさと言ってくれないかなあ。


「勇者様?」


 魔法使いのトロワが勇者の神妙な面持ちを見て言葉をもらした。


「実は僕は、神剣に選ばれた勇者じゃないんだ」


 え? なんだって。 


「僕はただの盗賊で、この神剣は旅人からくすねたものなんだ」


 固まるパーティを気にすることもなく、勇者は告白を続ける。


「だからずっと、この剣を使ってこなかった、いいや。使えなかった、鞘から抜けなかったから」


 たしかに、私は勇者が神剣を使っているところを見たことがない。

 これはラッキーなのか?

 私のひそかな計画は潰えるかもしれないが、魔族にとっての脅威が取り払われた訳だし。

 なんにせよ、結構重い告白だ。

 舞い上がっていた気分が沈んでいく音が聞こえる。


「神剣を使うほどの敵じゃない、とか言って短剣でごまかしてきたけど、魔王にはそんなの通用しないと思って。こんな大事なこと今まで隠しててごめん!」


「そんな……」

「今までずっと嘘をついてきたのか!」


 当たり前だが、トロワもドゥーエもかなりのショックを受けているようだ。

 しかし、ここでトロワが冷静な口調で話し始めた。


「いえ、わたしに勇者様あなたを責める資格はありません。わたしだって……」


 勇者の告白で辟易していたところに重そうな雰囲気の語り口、もうお腹いっぱいだからやめて欲しい。

 私のささやかな願いをよそに、トロワは話を続けた。


「わたしだって、魔法使いを名乗ってきたけど、魔法……使えないもの」

「なにを言っているんだ、トロワ! 俺はお前が炎魔法で戦ってきたのを見てきた。魔法を使えないなんて、そんなことがあるものか」


 食い気味にドゥーエが噛みついた。

 彼のの言い分はもっともだ。

 彼女が炎を自在に操って魔物と戦ってきたのは私だって見てきた。

 実際に神剣を使ってこなかった勇者と違って、この告白は冗談にしか聞こえない。


「いいえ。わたしの炎は火吹き芸、本当はわたし旅芸人なの。魔法なんて高等なもの、使えないのよ」


 そうきたか。

 言われてみれば彼女の炎からは魔力を感じなかったような気がしないでもない。


「アインもトロワも何を言ってるんだ。ずっと嘘をついてきたっていうのか。フィーア、お前もなんか言ってやれ」


 ドゥーエが二人に突っかかった。

 気持ちはわかるけど、私に話を振らないで欲しいなあ。

 こんなの困惑するしかないでしょ。言葉なんか出てこないわよ。


「まさかフィーア、お前もか?」


 げっ。これはバレる感じ?

 どうやら疑心暗鬼になっているようで、私にまで噛みついてきた。

 隠し事があるのは事実だけど。


「いや、俺だってそんなこと言えた義理じゃないよな」


 あんたも何かあるんかい。

 心の中でそっとツッコミをいれた。

 こうでもしないと、やってられない。


「この際だ。言うよ」


 はよ。

 お腹いっぱいだからさっさと済ませてくれ。


「俺はしがない街の防具屋さ。ちょっと商品の鎧を着つけたら気分があがっちゃて、調子に乗って騎士だって名乗ってさ。嘘をついてきたのは俺も同じだ」

「僕に、トロワとドゥーエを責めることはできないよ」

「わたしもよ。嘘をついてきたのは私たちも同じだもの」


 なんかいい雰囲気になってんじゃないわよ。

 盗賊、旅芸人、防具屋のパーティとか、ふざけてるの?

 魔族としてはありがたい限りだけど、こんなの詐欺じゃん。いんちきじゃん。

 頭の中でひたすら悪態をつく。

 ふと、我に返ると皆が私の方を見ていることに気付いた。

 お前も何か隠してるんじゃないか、とでも言いたげな目でじっと私を見つめている。


「これは、私も何か言う流れかな……?」


 こくり、と皆がうなずいた。


「そういえばお前、仲間になったころに『今は言えないけど、いつかみんなに話さなきゃならないことがあるの』って言ってたよな」

「ああ、それわたしも聞いたわ」

「今以上のタイミングはないと思うぞ。俺たちに話してみろ」


 そんなこと言ったっけなあ。

 今日のための布石に言ったような気もするけど。

 けどまあ、このタイミングでいうのも悪くないかもしれない。

 うまくいけば笑い話みたいな感じでまとまるかもしれないし。


「実は私は……、人間じゃなくて」


 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえてくる。

 言うなら、今しかない!

 思い切って変身も解いちゃえ。

 ええい、ままよ!


「ま、魔族のスパイ……なの」


 秘密を言うよう囃したてていたのが嘘のように、皆が押し黙った。

 一瞬の沈黙がとても長く、そして重く感じられる。

 あれ、空気変わった?


 ……これ、ダメなやつじゃない?

 皆の雰囲気というか、私を見る目が変わったような……。

 いや、けど「冗談でしたー」ってごまかせば何とかなるかもしれないし……。


「なんだと! ずっと俺たちをだましてきたってのか!」

「うそでしょ。信じてたのに」

「フィーア、お前……」

「これは、許される流れ……じゃ、ない?」





「魔王様聞いてください。勇者が盗賊で、旅芸人と防具屋が――」

「すまん、フィーア。さっきの流れを魔法で透視していたのだが」

「なんです?ちょっと私混乱してて、大事な話なら後にしてくださいよ!」

「実は我は……」

「ちょっと待ってください!魔王様もですか!?」

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