一話完結短編集「いろいろ」
笛吹ケトル
ホテル・ダンジョン
「申し訳ございません。当ホテルはランダム生成ダンジョンを改装したもののため、お客様のお部屋が移動してしまったりなくなってしまうことがあります。どうかご理解下さい」
受付の回答はすげないものであった。
さて、俺は今、ホテルのロビーにいる。
外で食事を済まし、ホテルに戻るとさっきまで自分の部屋があった場所に部屋がない。いったい俺の806号室はどこへいったというのか。フロントに戻り問い合わせると冷淡な回答。かわりの部屋を用意するでも謝罪するでもなく、そういうものだから自分で部屋を探せ、なければ諦めろというのだ。なんと無責任なことか。ランダム生成ダンジョンを改装したホテルだというのなら、こういう時のためのサービスを用意しておくべきではないのか。
クレームを飲み込み、現実逃避にロビーで新聞を手に取ると、一面の記事はあるホテルで起こったモンスター襲撃事件についてのものであった。
ダンジョンを改装したホテル、というのは最初は画期的だと冒険者に受け入れられたものの、結局こうした事件や今まさに俺が体験している不便さによって今では下火になっている。一説によると、ランダム生成ダンジョンの部屋移動の事故で元の部屋を見つけられる確率は4割程度らしい。低いのか、高いのかいまいち分からないが。面倒なことだけは確かだ。
分かっているなら、なぜ泊まったのかって?
答えは簡単。ダンジョンホテルは安いのだ。
サービスが悪くても野宿よりはマシだから、こんなホテルでも文無し冒険者には必要なのだ。
一通り新聞に目を通し、重い腰をあげる。
いつまでもロビーにいるわけにはいかない。
部屋には荷物もあるのだ。なんとか探し出すほかあるまい。
俺だって冒険者のはしくれ。
このダンジョンホテルを攻略し、自らの荷物という宝を手に入れなければなるまい。あの部屋には、武器も防具も明日の着替えもそのままなのだ。商売道具はもちろん、清潔な衣服は、冒険者に限らずあらゆる人間にとっても必要不可欠。宝といっても差し支えなかろう。もとは自分の持ち物であるが、ダンジョン最奥に鎮座する宝物と比べても遜色ないはずだ。きっとそうだ。
自分を鼓舞しようと、腰に下げた剣に手をかけ、深く呼吸しようとした……が止めた。周りの視線が気になる。小さく息を吐いてソファに座りなおした。
新聞を広げ直し、さっきは飛ばした投書欄を読む。
ちょうどタイムリーな話題があった。
『ダンジョンと宿屋 考え直して』
23歳の冒険者による投書で、ダンジョンと宿屋のあり方について、冒険者の視点から論じたもののようだ。
曰く、サービスの悪さや環境問題といった課題があるにもかかわらず、ダンジョンをホテル化しようというのは冒険者からすると稼ぎ場が減り粗悪な宿屋が増えるだけで、こんなものをありがたがる冒険者はミーハーくらいだ、とのことだ。
きっとこの人は稼いでいるのだろう。こんなホテルに救われる貧乏冒険者なんて知らないんだろう。思わずため息をついた。
投書欄にはほかに冒険者の素行の悪さや、モンスターの生態系の破壊を危惧する投書があった。それも一通り読んでしまうと、ケチな冒険者をしている自分がどうにも矮小な気がしてきて新聞を閉じた。
冒険者なんて廃業して実家に帰り家業でも継ごうか。
結局、俺は勇者になれなかった有象無象の一人でしかなかったのか。
何をするでもなく逡巡していると、後ろから突然肩を叩かれた。
「すみません。あなた、部屋がなくなった人ですか?」
声をかけてきたのは若い女性だった。
紫の宝玉がついた杖を持ち、いかにも魔法使いといった黒いローブをまとっている。
彼女も部屋がなくなったのだろうか。
「はい。食事から戻ると部屋がなくなっていたんです。あなたもですか? ……よければ一緒に探しに行きませんか」
貧乏冒険者の仲間だろうか。
傷をなめ合いながら、一緒にこのダンジョンを攻略しましょう!
「あ、いえ。私はダンジョンホテルの部屋移動事故の取材に来た記者です。もちろんここに部屋とってますけど、私の部屋は移動していないので、それは大丈夫です」
期待していたのにがっかりだ。
一人で探しに行くのも虚しいし、同行者を確保できたと思ったのに。
「けど、お部屋探しはお手伝いしますよ。……それで取材は受けていただけますか?」
「はい。是非お願いします」
俺の返事は早かった。普段俺が振るう剣よりも早いくらいだ。
〇
結果から言おう。
幸運にも俺の部屋は見つかった。
部屋が見つかるまで、いろんなことがあった。
彼女の取材に答えたり、駆除から漏れたモンスターに襲われたり、ホテル化されてない区域に入りドラゴンに追われたり。今回は本当にクレームをいれてやろう。
ただ、冒険者としては正直悪くはない冒険だった。もちろん良くもなかったが。俺の剣技と彼女の魔法、どっちも半端で戦闘は散々だったし、冒険より彼女の話や取材の方が興味深いものだった。冒険者を廃業するものが増え、その受け皿が社会問題になっているだとか、こうしたホテルは今後訴訟問題になるだとか、決して明るい話題ではないが、このまま冒険者を続けたら俺の未来だって明るくない。
冒険者業を続ける気も削がれているし、記者という職はどうなんだろう。
このまま続けても冒険者は稼げないし、辞めるなら早い方がよさそうだ。転職を考える時期に来てるんじゃないか。
彼女の部屋は1021号室であるらしい。
尋ねていって記者について聞こうか。
転職先としては悪くないだろう、たぶん。
806号室を出て彼女の部屋に向かう。
先ほど冒険した廊下を歩く。気分は晴れやかだ。
元冒険者記者という肩書きは悪くないかもしれない、記者の実入りはどれほどなんだろう。
取らぬ狸の皮算用、そう揶揄されそうだが結局この時間が一番楽しい気がする。新しい生活を夢想し、成功した自分の姿を想像するのだ。
「さて、このあたりだったか」
冒険中に一度、1021号室の前を通った。
このあたりにあるはずだ。
1017号室、1018号室、1019号室、と部屋を確認していく。
そして、1020号室の隣の部屋は……1134号室!
「移動しちゃってんじゃん!」
思わず驚きの声をあげた。
やはり俺はとことんついてない。というか、あの記者は大丈夫なのだろうか。
部屋が見つかったのを幸運といったが、そもそも幸運なら部屋が移動してしまうこともない。そしてこんな不運な奴はやはり冒険者に向いてないのだろう。たぶん記者にも向いてない。運が無いのは百害あって一利なし、だ。
一瞬でマイナス思考に染まってしまった。さっきまでの楽しい皮算用はどこへいってしまったのか。輝かしい記者の未来も1021号室とともにダンジョンの闇へと消えてしまったようだ。
天井を仰ぐとダンジョンのゴツゴツした岩肌にシンプルなシャンデリアがぶら下がっている。その非対称さに苦笑しながら1134号室に背を向けた。
――結局、俺はしがない冒険者のままらしい。
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